好きな人に好きな人がいるとしたら

小貝川リン子

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番外編 五年目の彼ら。あるいは牧野司へのご褒美。

1 結婚生活

 大学を卒業し、五年の歳月が流れた。俺は念願叶って中学校の体育教師として働いている。牧野も教員免許を取得したが、教師になるつもりは毛頭ないらしい。今は片手間にモデル業をやりながら、株式などの投資で稼いでいる。
 
「聞け、牧野! 重大ニュースだぞ!」
 
 仕事から帰るなり、俺は牧野の書斎に押し入った。牧野は俺の方を振り向きもせず、パソコンの画面と睨み合っている。
 
「牧野! 聞いてるか?」
「んー、ごめん。今忙しいから、後にしてくれ」
「株価が暴落したのか?」
「そうじゃないけどさ……」
 
 呟いたきり、黙りこくる。仕方ない。俺には牧野の仕事はわからない。わからないので、台所に引っ込んだ。今夜は俺が夕食当番だ。米を炊き、味噌を溶き、挽肉を捏ねて丸めてフライパンで焼く。
 
 香ばしい香りが書斎まで漂っているはずなのに、牧野はなかなかリビングへ姿を見せない。俺は焦れて、部屋まで呼びに行った。
 
「おい、飯できたぞ」
「うーん……」
「夜は一緒に食べる約束だろ」
「そうだね、ごめん」
 
 牧野はパソコンをスリープモードにし、キャスターの付いた椅子を回転させて、ようやく俺を見た。
 
「早くしろ。冷める」
「ごめんごめん」
「……眼鏡」
「ん? あぁ、忘れてた」
 
 長時間パソコンを使う時、牧野はブルーライトカットの眼鏡を掛ける。食事の時は必要ないものだ。俺が指摘すると牧野は思い出したように眼鏡を外し、素顔に戻った。
 
「それじゃ、ごはんにしようか。伊吹ちゃんのハンバーグ、大好きなんだ」
「ふん。有難く味わって食べろよ」
「もちろん。薄味の味噌汁も好き」
「味噌をケチって作ってるからな」
「オレはこれくらいが好きだよ? 出汁の味が染みてて美味しいよ」
 
 そう褒めちぎられると照れる。しかし牧野には絶対気づかれたくない。俺は白米を掻き込んで誤魔化した。
 
「今日はデザートも買ってきたからな。駅前に新しいケーキ屋さんができたから、試しにと思って」
「本当? 嬉しいな。しかし今日は随分豪勢じゃないか。何かの記念日だっけ?」
「別に記念日じゃなくてもケーキくらい……」
 
 と、そこまで言って、そういえばとある嬉しい連絡があって気分が上がっていたからケーキを買ってきたのだった、ということを思い出した。嬉しい連絡というのは、あの人のことである。
 
「叡仁先輩が、今度こっちに来るって」
「えっ……」
 
 るんるんとハンバーグを切り分けていた牧野の箸が止まる。
 
「……なんで?」
「まとまった休みがもらえたらしい。それで、せっかくだから久しぶりに会おうかという話になった。もちろんお前も一緒にだ」
「……いつ?」
「来週の土曜。俺ももういい大人だから、本格芋焼酎でも飲んで先輩を驚かしてやろうかと」
 
 想像だけで気分が弾み、笑みが零れた。しかし牧野は険しい顔をしてスマホを開き、スケジュールを確認する。
 
「ごめん、その日はちょっと……」
「仕事の打ち合わせか?」
「うん……」
「じゃあ、仕方ないな。すぐ断りの連絡を――」
「待って」
 
 スマホを開いた俺を、牧野が制止した。何やら複雑な表情をしている。行ってほしくないけど、行かせないのも心が狭いみたいで恰好悪い、オレはそんな男じゃない……と、こんな感じで悩んでいるのだろうか。様々な感情が面に出ている。
 
「……伊吹ちゃんだけで行ってきなよ」
 
 言った。
 
「いいのか?」
「遠慮しないでよ。伊吹ちゃんは会いたいんだろう?」
「まぁ……」
 
 一色先輩が学生だった頃はもちろん、附属病院で研修医をしていた頃も、お互い忙しいとはいえ距離的には交流しやすかった。しかし二年前からは実家に戻って病院の手伝いを始めたので、めっきり会えなくなってしまった。
 
「積もる話もあるからな」
「そうだろうそうだろう。オレに気を遣わなくていいんだぜ」
「同期で暇なやつを誰か呼んで、数人で飲むことにするか」
「伊吹ちゃんの好きにしたらいいよ」
 
 行ってほしくない、と目が訴えてくる。しかし行っていいと言ったのは他ならぬ牧野だ。積もる話があるのは事実だし、次いつ会えるかもわからない。俺は結局、牧野の言葉に甘えることにした。
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