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番外編 五年目の彼ら。あるいは牧野司へのご褒美。
3 末永くお幸せに
窓の外が白んできた。どちらのものともつかない体液で、ベッドがぐっしょり濡れてしまった。シーツは外して洗濯機に放り込んだが、マットレスまでが何となく湿っていて、その上で横になると不快であった。今日一日、陽に当てて干すしかない。
「伊吹ちゃんが何回も潮吹くから」
「そんなことしてない」
「してたよ! いっぱいしてた! だからこんなにびしょびしょになっちゃって」
「してないものはしてない。びしょびしょになったのはお前の精液のせいだろ。男が潮を吹くなんて聞いたことがない」
「もぉー、またこれだよ。潮吹くまですると記憶飛んじゃうんだもんなぁ」
「飛んでない」
「まぁいいよ。そのうちね、そのうち」
何がいいのかわからないが、どうでもよくなるくらい疲れた。湿ったマットレスでも仕方がない。今すぐにでも休みたくて瞼を閉じる。
「ねぇ、伊吹ちゃん」
「なんだ……俺はもう寝たい」
「結局、なんで積極的だったのかって答えを聞いてないなと思って」
「あぁ、それ……」
「いやホント、マジでエロすぎだったぜ」
「えろ……?」
「そう。エロすぎ」
それは褒められているのだろうか。どちらにしても、惚けた頭ではまともに物事を判断できない。
「……先輩と飲んでる時、お前の話をしたんだ」
「えっ、どんな?」
「別に、普通の……一緒に住んでて、どんな感じか、とか……。それで、お前この間、雑誌に載っただろ? 先輩も一冊買ってくれてて、一緒に読んだんだ。キンキラの金髪はやめて、茶髪に落ち着いたんだな、とか話して……」
「ふーん……」
「それで……雑誌に写ってるお前見てたら、急に会いたくなった」
牧野がいきなり身を起こす。本当? と心底嬉しそうな声で言う。俺の一言で不貞腐れたり喜んだり、素直で可愛いやつだ。
「会いたくなったの? オレに? それで急いで帰ってきたって?」
「調子に乗るな、別に急いで帰ってきてない。それにお前以外の話だってしたんだぞ。仕事のこととか、実家の話とか」
「でもオレに会いたくなったのは事実なんだろう? エッチしたくなっちゃったの? だからあんなにご機嫌だったのかい?」
喋りながら、なぜか上に圧し掛かってくる。膝裏を掴んで、股を開かせようとする。
「別にエッチとかじゃ……おい、何してる」
「だって、こんなかわいいこと言われちゃったらねぇ……」
「ばっ、バカっ、もう無理だ、やめろっ」
「お願い、一回だけ。先っちょだけだから」
「そんなこと言って、絶対もっとやるだろ……ぁ、も、腰立たないのに……っ」
この歳になっても、俺は結局流されやすいままだ。けれど、時間を忘れて身も心も溶けてしまうくらい愛され尽くすのも、ごくたまになら悪くないのかも。目を瞑り、降りしきるキスに耽溺した。
*
「おい! 何だこれは!?」
昼過ぎに起き、シャワーを浴びようと思って脱衣所に入り、鏡に映る己の姿を見て、俺は大声を上げた。大声で何度か呼ぶと、眠そうな瞼を擦って牧野が現れる。
「ん……何だい、朝からうるさいよ……」
「もう朝じゃないぞ! そんなことより、これは何だ!」
「これ……? あぁ……」
俺の胸元――胸だけじゃない。首や肩や脇腹に至るまで、あらゆる場所に真っ赤な鬱血痕が無数に散りばめられている。犯人は一人しかいないが、そいつは悪びれる様子もなく呑気に欠伸なんかしている。
「大袈裟だなぁ、ただのキスマークだろう。そんなことでいちいち騒がないでおくれよ」
「おまっ、お前っ、見えるところにはつけるなとあれほど……! というか何なんだこの数は……」
「えー? 見えないよ。隠せる隠せる」
「隠せない! 首にも何個もつけやがって、どうやって隠すんだ! もしも生徒に見られたら俺はどう説明すれば……」
「適当に蚊に食われたとでも言っておけばいいじゃないか」
「お前、他人事みたいに……!」
牧野は再び大きな欠伸をする。飽きたから二度寝していい? とでも言わんばかりだ。元はと言えばこいつのせいなのに……
「――もういい! しばらくエッチ禁止だ!」
脱ぎたての下着を牧野の顔面に投げ付けて俺は叫んだ。さすがの牧野もこれには怯むだろう。
「え、な、なんでパンツ……しかも顔に……」
「バカっ、ちょっと嬉しそうにするな! 俺は怒ってるんだ!」
言い捨てて、浴室の鍵を締めてしまった。よし、これにはさすがの牧野もたじろいでいる。すりガラス風の半透明のアクリル板の向こうで、困ったように右往左往している。シャワーの音に掻き消されつつも、平に謝る声が聞こえてくる。
「ね、ねぇ、ごめんよ。そんなに嫌だったなんて」
「そうだぞ、俺は怒ってるんだ。俺はこれでも一応教育者なんだぞ。キスマークつけて学校に行けるか」
「そ、そうだよね、ごめんね。でも伊吹ちゃんだって喜んでたし……」
「それにしても限度ってものがある。あと喜んだ覚えはない」
「あぁ、また記憶が……」
「わかったらそこでじっくり反省していろ」
「反省したら許してくれる?」
「許すがしばらくエッチは禁止だ」
「そんなご無体な! オレが干からびて死んでしまってもいいのかい?!」
「今日だけで一か月分はしただろ」
「一か月分もしてない! せいぜい一週間分だよ」
「たまには我慢も大切だぞ」
「今夜は我慢するよ! キスマークもつけないし……」
「……マーク自体は別にいい。首とか見えるところが駄目なんだ」
「じゃ、じゃあもっと気を付けてつけるようにするから! エッチ禁止だなんて酷いこと言わないでおくれよぉ」
「ふふっ……さぁ、どうだろうな」
「伊吹ちゃんってば~!」
こんな意地悪を言っていても、きっと夜までには牧野に絆されてしまうのだろう。今晩くらいは我慢してほしいが、果たしてどうなることやら。こういうことの繰り返しで、俺達の日常はこれからも続いていく。
「伊吹ちゃんが何回も潮吹くから」
「そんなことしてない」
「してたよ! いっぱいしてた! だからこんなにびしょびしょになっちゃって」
「してないものはしてない。びしょびしょになったのはお前の精液のせいだろ。男が潮を吹くなんて聞いたことがない」
「もぉー、またこれだよ。潮吹くまですると記憶飛んじゃうんだもんなぁ」
「飛んでない」
「まぁいいよ。そのうちね、そのうち」
何がいいのかわからないが、どうでもよくなるくらい疲れた。湿ったマットレスでも仕方がない。今すぐにでも休みたくて瞼を閉じる。
「ねぇ、伊吹ちゃん」
「なんだ……俺はもう寝たい」
「結局、なんで積極的だったのかって答えを聞いてないなと思って」
「あぁ、それ……」
「いやホント、マジでエロすぎだったぜ」
「えろ……?」
「そう。エロすぎ」
それは褒められているのだろうか。どちらにしても、惚けた頭ではまともに物事を判断できない。
「……先輩と飲んでる時、お前の話をしたんだ」
「えっ、どんな?」
「別に、普通の……一緒に住んでて、どんな感じか、とか……。それで、お前この間、雑誌に載っただろ? 先輩も一冊買ってくれてて、一緒に読んだんだ。キンキラの金髪はやめて、茶髪に落ち着いたんだな、とか話して……」
「ふーん……」
「それで……雑誌に写ってるお前見てたら、急に会いたくなった」
牧野がいきなり身を起こす。本当? と心底嬉しそうな声で言う。俺の一言で不貞腐れたり喜んだり、素直で可愛いやつだ。
「会いたくなったの? オレに? それで急いで帰ってきたって?」
「調子に乗るな、別に急いで帰ってきてない。それにお前以外の話だってしたんだぞ。仕事のこととか、実家の話とか」
「でもオレに会いたくなったのは事実なんだろう? エッチしたくなっちゃったの? だからあんなにご機嫌だったのかい?」
喋りながら、なぜか上に圧し掛かってくる。膝裏を掴んで、股を開かせようとする。
「別にエッチとかじゃ……おい、何してる」
「だって、こんなかわいいこと言われちゃったらねぇ……」
「ばっ、バカっ、もう無理だ、やめろっ」
「お願い、一回だけ。先っちょだけだから」
「そんなこと言って、絶対もっとやるだろ……ぁ、も、腰立たないのに……っ」
この歳になっても、俺は結局流されやすいままだ。けれど、時間を忘れて身も心も溶けてしまうくらい愛され尽くすのも、ごくたまになら悪くないのかも。目を瞑り、降りしきるキスに耽溺した。
*
「おい! 何だこれは!?」
昼過ぎに起き、シャワーを浴びようと思って脱衣所に入り、鏡に映る己の姿を見て、俺は大声を上げた。大声で何度か呼ぶと、眠そうな瞼を擦って牧野が現れる。
「ん……何だい、朝からうるさいよ……」
「もう朝じゃないぞ! そんなことより、これは何だ!」
「これ……? あぁ……」
俺の胸元――胸だけじゃない。首や肩や脇腹に至るまで、あらゆる場所に真っ赤な鬱血痕が無数に散りばめられている。犯人は一人しかいないが、そいつは悪びれる様子もなく呑気に欠伸なんかしている。
「大袈裟だなぁ、ただのキスマークだろう。そんなことでいちいち騒がないでおくれよ」
「おまっ、お前っ、見えるところにはつけるなとあれほど……! というか何なんだこの数は……」
「えー? 見えないよ。隠せる隠せる」
「隠せない! 首にも何個もつけやがって、どうやって隠すんだ! もしも生徒に見られたら俺はどう説明すれば……」
「適当に蚊に食われたとでも言っておけばいいじゃないか」
「お前、他人事みたいに……!」
牧野は再び大きな欠伸をする。飽きたから二度寝していい? とでも言わんばかりだ。元はと言えばこいつのせいなのに……
「――もういい! しばらくエッチ禁止だ!」
脱ぎたての下着を牧野の顔面に投げ付けて俺は叫んだ。さすがの牧野もこれには怯むだろう。
「え、な、なんでパンツ……しかも顔に……」
「バカっ、ちょっと嬉しそうにするな! 俺は怒ってるんだ!」
言い捨てて、浴室の鍵を締めてしまった。よし、これにはさすがの牧野もたじろいでいる。すりガラス風の半透明のアクリル板の向こうで、困ったように右往左往している。シャワーの音に掻き消されつつも、平に謝る声が聞こえてくる。
「ね、ねぇ、ごめんよ。そんなに嫌だったなんて」
「そうだぞ、俺は怒ってるんだ。俺はこれでも一応教育者なんだぞ。キスマークつけて学校に行けるか」
「そ、そうだよね、ごめんね。でも伊吹ちゃんだって喜んでたし……」
「それにしても限度ってものがある。あと喜んだ覚えはない」
「あぁ、また記憶が……」
「わかったらそこでじっくり反省していろ」
「反省したら許してくれる?」
「許すがしばらくエッチは禁止だ」
「そんなご無体な! オレが干からびて死んでしまってもいいのかい?!」
「今日だけで一か月分はしただろ」
「一か月分もしてない! せいぜい一週間分だよ」
「たまには我慢も大切だぞ」
「今夜は我慢するよ! キスマークもつけないし……」
「……マーク自体は別にいい。首とか見えるところが駄目なんだ」
「じゃ、じゃあもっと気を付けてつけるようにするから! エッチ禁止だなんて酷いこと言わないでおくれよぉ」
「ふふっ……さぁ、どうだろうな」
「伊吹ちゃんってば~!」
こんな意地悪を言っていても、きっと夜までには牧野に絆されてしまうのだろう。今晩くらいは我慢してほしいが、果たしてどうなることやら。こういうことの繰り返しで、俺達の日常はこれからも続いていく。
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