先生×生徒

小貝川リン子

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5 友人①

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 期末試験の前後は家でも忙しなく仕事をしていた准一だが、いよいよ年の瀬が迫ってくると途端にだらけ始める。それは俺も同様で――夏休みと違って補習授業もなかったため――冬休みの初日は夕方まで惰眠を貪っていた。

 不意に、玄関のチャイムが鳴った。新聞か宗教の勧誘だろうと思って放置する。もう一度チャイムが鳴る。放置する。さらにもう一回。放置。四回目以降は間を置かずに連続でピンポンピンポン鳴らし始めた。

「枇々木ぃ~? おらんのかぁ~?」

 仕舞いにはドアをドンドン叩かれる。あまりにもしつこく、うるさいので、諦めて起き上がった。眠りを妨げられた苛立ちもあって勢いよくドアを開ける。ゴツン、とドアの向こう側で何かがぶつかる音がした。

「ってぇ~……なんや、やっぱり起きて……」

 額を押さえてよろめきながら男が顔を上げる。俺の姿を見るとはたと動きを止め、首を傾げた。

「あっあー、ここは枇々木准一さんのお宅で合ってますかね。違う?」
「准一なら今いねぇ」
「え! 今冬休みと違うの?」

 准一に負けず劣らず長身の男である。肩幅はこいつの方が広い。

「冬休みでも教師は学校行くんだよ。アンタ、何者だ。まず名前を名乗りな」
「えへへ、坂本龍馬」

 くだらない冗談だ。無造作な髪型は確かに龍馬っぽいが、冗談は髪型だけにしてほしい。ドアを閉めようとすると、男はぎりぎりで足を滑り込ませて閉めさせまいとする。

「待て待て待て、冗談! 冗談やんか。そう怒らんといて。あと部屋入れて」
「嫌だ。アンタ、どっからどう見ても怪しいぜ。強盗なら高級タワーマンションにでも行きな」
「誰が強盗や! いやほんと、違うから! 枇々木とは地元が一緒の幼馴染っちゅうか」
「准一は関西弁使わねぇ」
「それはほら、ワシだけ向こうに引っ越したから」
「んなこと知るか。准一に用があるなら夜になってから出直してこい」

 玄関先で悶着する。俺も踏ん張ってドアを引くのだが、それ以上に男の力が強い。ドアに手を掛けて無理矢理こじ開けられ、隙間から覗いた顔はまさに映画シャイニングのそれである。目が血走っている。

 もうやばい。そろそろ腕が持たない。准一、すまねぇ。俺には家は守れないみたいだ……

「何やってんの」

 場を白けさせる淡泊な声。准一のものだ。やっと帰ってきたのかこの野郎。

「枇々木ぃ~! どこ行ってたんや、探したで」
「いやお前こそ何やってんの。なに家まで来てくれちゃってんの」
「准一! 早くこいつ追い出せよ! 誰なんだよ、こいつ!」
「怪しいやつじゃねぇよ。オレの昔馴染み」

 それを聞いて気が抜け、引っ張っていたドアノブを手放してしまった。ドアは勢いよく開き、再度男の額にこぶを作った。

 男の名は長谷遼馬というらしい。結局リョーマなんじゃないかと言ったら、「リョーマはリョーマでも字が違うのや」と求めてもいないのに得意げに教えてくれた。准一と幼馴染というのは本当で、家が近所だった上に小中高と同じ学校に通っていたらしい。

 遼馬さんはかなりの大荷物を抱えていた。十日分の荷物は入りそうな大きいスーツケース、その上にボストンバッグを載せ、さらにリュックまで背負っている。夜逃げでもしてきたのだろうか。

「で? なんで家まで来ちゃったの、お前」
「なんでって、お前が来ていいって――」
「言ってねぇよ! 家には来んなっつったんだよ」

 荷解きをする傍ら、准一が仁王立ちになって問い詰める。しかし遼馬さんは全く動じず、陽気に笑うだけである。

「そうやった? ほれ、お土産あるから、機嫌直しや」
「あぁ、いつもの豚まん……」
「好きやろ?」

 手土産に絆されたらしい准一は、もらったばかりの肉まんをいそいそとレンジにかけた。ほかほかと真っ白な蒸気を上げるそれを、一つは自分用に、もう一つは俺に手渡してくる。

「どうせ何も食ってねぇんだろ。朝と同じパジャマだし」
「パジャマじゃなくて部屋着だ」
「同じようなもんだろ。ったく、オレは仕事なのに一人だけだらだらしやがってよぉ。これだから学生は」
「アンタだって最近だらけてんだろ」

 遼馬さんは荷解きをしながら静かに俺と准一のやり取りを見ていたが、ほんの少し躊躇いがちに口を開いた。

「ところで、さっきから気になってるんやけど、おたくら一体どういう関係? 一緒に住んどるよな? まさかの隠し子――」
「ちょっとちょっと、変な妄想はやめろよな! ただの教師と生徒! 一時的に預かってるだけだから! つーかオレまだ三十前よ? 結婚もまだだってのに、先にガキこさえるなんてそんなヘマしねぇよ」

 突拍子もないその言葉に准一はすかさずツッコむが、俺は内心やばいと思った。教師と生徒が一緒に住んでいる方が、隠し子がいるよりもまずいだろう。いや、厳密には住んでいるわけではないが……

 しかし、俺の心配は杞憂に終わる。遼馬さんは眉をひそめるどころか、豪快に笑ったのであった。この男、常識外れなほど大らかな性格らしい。大らかというかどこか抜けているというか無頓着というか。さすがは准一の幼馴染なだけある。

「やぁ~、そうかそうか。確かに、お前はそんなヘマせんな。てっきり、高校ン時の彼女孕ませたんかと思うて、心配して損したわ」
「アホか。高校ン時の彼女だったら、そのガキはまだ十くらいだろ。今高校生の息子がいるとしたら、小学生ン時仕込まねぇと」

 何が楽しいんだか、二人して声を上げて笑う。部屋の空気が何とも言えずオッサン臭い。
 遼馬さんは今日泊まっていくのだろうから俺がいては邪魔になると思い、肉まんを食べ終えると即座に腰を上げた。

「お、どこ行くの」
「帰ろうと思って。布団も足りないし」
「ワシのことなら気にせんでええよ。寝袋持ってるから」
「でも……」

 准一の顔色を窺う。准一は肉まんを齧りながらぶっきらぼうに「じゃあいいんじゃない?」と言った。「ガキが変な気遣うなよ」とも言った。

 結局、三人で狭小ワンルームに泊まることとなる。大人二人は俺をさっさと布団に追いやり、夜遅くまで晩酌を楽しんでいた。准一が家で飲むところなんて滅多に見ないが、台所の戸棚には常にビールや焼酎がストックしてある。今夜はそれらを空けまくっているのだろう。

 寝ている俺に配慮してか、小声でひそひそ会話している。しかし気分が盛り上がっているせいか、遼馬さんのでかい笑い声が時々響く。その度に准一が窘めている。その後またひそひそと話し始める。俺も息を潜めて聞き耳を立てた。

「や~、しかし驚いたわ」
「何が」
「あの子。お前の家やと思うてピンポン鳴らしとったら、えらいべっぴんさんが出てきたもんやから。ついに幼な妻でも娶ったかーと、一瞬本気で思ったわ」
「はぁ……だから来るなっつったのに。人の話は最後まで聞けって教わらなかったの」
「お前、あの子にもっと優しくしたれよ。自分が先生にしてもらったみたいに」
「……あいつのことなんかもういいって」

 地元のことや昔話や、互いの近況について語り合う。いつぶりの再会なのかは知らないが、相当親しい間柄のようだった。昔の友人といつまでも交流があるなんて羨ましく思う。俺にはそんな深い仲の友人はいないし、今後できそうにもない。

 眠いわけではないのに、橙色の豆球のせいか、だんだん意識がぼんやりしてくる。一日を無為に過ごしたというのにまだ眠れるのか。もしかして成長期か? 身長、伸びるだろうか……
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