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出逢い
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好いた女が居る。
彼女は雪女だ。
仲間たちは、あの女たちはやめておけと言う。曰く、雪女たちはその身だけでなく、心まで冷たいのだそうだ。
俺たちと雪女たちは隣の山に住んでいて、基本的には互いの縄張りを侵さない。
最初に彼女を見かけたのは、雪女の縄張りからわずかに外れたところだった。
俺が迂闊だった。鹿を狩っていて、追い過ぎてしまったのだ。
落ち着いた誰何の声に顔を上げると、白い髪に白い肌の女が立っていた。
美しい…… 女だと思った。
相手の山にまで足を踏み入れてはいないとはいえ、驚かせ不安を与えてしまったのは俺の失態だ。
その日は詫びにと、狩った鹿を半分渡した。
そうしたら翌日、その雪女は焼いた兎肉と握り飯を俺に寄越してくれた。
それから顔を合わせれば、いくらか話をするようになった。
俺の種族の女達は、皆大柄で声も大きく、大酒飲みでよく食べる。
笑ったり泣いたりする時の表現は大袈裟なくらいに激しい。恋愛に対しても積極的で、惚れた相手にはぐいぐいと迫っていく。
そこが、他の仲間より度胸のない俺には、少しだけ合わないのだ。
雪女は冷たい……と聞いていたが、俺にはそうは見えなかった。
彼女は俺たちとは違って、感情を表に出すのが苦手らしい。楽しい話をしてみせても、大きく口を開けて笑うような事はしない。
でもだからと言って、喜んだり笑ったりしない訳ではないのだと、俺は知った。
そして、細く儚くも見える身でありながら、はじめて俺と会った時に見せた毅然な態度。その心の強さにも惹かれた。
雪女は惚れた相手には術を使って篭絡するという。
ただでさえ、これほどに眉目が美しいのだ。好む相手がいれば、その心を手中に収めるなど容易いだろう。
雪女たちに比べて、俺たちは粗暴で荒々しい。
しかも俺は仲間の内では中途半端だ。力はそれなりにあって、獣を狩るのは得意だが、仲間たちとの喧嘩には勝てた覚えがない。情けない。
俺のような半端な乱暴者が、あのような美しい女に好まれるとは思えない。
それでも毎日のように狩りを理由に縄張りを出て、彼女に出会う事を期待してしまうのを、俺はやめられないのだ。
* * *
気になっている殿方が居る。
私の種族に男は居ない。
男が欲しければ人間か他種族の男に術を使って篭絡なさいと、母からは教わった。
曰く、私たちはそうして血を繋いできたのだと。
でもその術を使うのが、私は得意ではない。
ただでさえ恋愛経験が少ない私は、意中の男相手にどう接していいのかがわからない。
彼は隣の山に棲む鬼の一族だ。
鬼は一夫多妻制で、好んだ女であれば何人でも自分のそばにおくのだそうだ。
つまりはそれだけ、鬼の男に惹かれる女も多いのだろう。また気に入った女が居れば攫ってでも我が物にするらしい。
きっと女に不自由はしていないだろう。
鬼の一族の女は、皆健康的な力強い美しさを持つ者ばかりだ。
我らの折れそうな細い腕、日差しにも弱い白い肌。何の色も映さない白い髪。鬼族の女に比べたら、どれほど心もとないものか。
他種族のこんなひ弱な女になど、きっと興味もわかないだろう。
きっかけは偶然だった。
普段は山を下る事などしないのに、その日はようやく兎が2羽獲れただけだった。せめて木の実をと探していて、山を下り過ぎてしまった。
そこがもう山の麓だと気付いたのは、その男に出会った時だった。
思いがけず他種族の者に出会った驚きで、つい強い言葉で誰何の声を上げてしまった。
燃えるような赤い髪を持つその鬼は、見事な鹿を捕らえていた。
縄張りを侵されたわけではない。詫びる必要などないというのに、彼は詫びにと鹿を半分も分けてくれた。
久々に食べる鹿の肉は美味くて、私が一人でいただくには多すぎて。
彼の大きな体には、半分の鹿では足りなかっただろうと、申し訳ない気持ちになった。
翌日、同じ場所で彼に出会ったのは偶然だろう。
私の差し出した握り飯を、彼は本当に美味そうに食べた。
その次の日、彼はまた礼にと今度は猪を分けてくれた。
若くて逞しい彼は、それらを素手で狩るのだそうだ。
自分には無い力強さと、彼のおおらかな笑顔と優しさに、いつから惹かれていたのだろうか。
* * *
兄者に話をすると、好い女なら攫ってくればいいと言う。
でも俺にはそんな度胸はない。
そんな事をしたら、彼女に嫌われてしまうだろう。
いっそのこと、俺の事を篭絡してはくれないものか……
* * *
母上は男などいくらでも魅了すればいいと言う。
でも私はうまく術を扱えず、また殿方を誑かすような手管もないのだ
そうして彼を思うようにしても、心を寄せてもらえるわけではないだろう。
ああ、それならばいっそ、私の事を攫ってはくれないものか……
彼女は雪女だ。
仲間たちは、あの女たちはやめておけと言う。曰く、雪女たちはその身だけでなく、心まで冷たいのだそうだ。
俺たちと雪女たちは隣の山に住んでいて、基本的には互いの縄張りを侵さない。
最初に彼女を見かけたのは、雪女の縄張りからわずかに外れたところだった。
俺が迂闊だった。鹿を狩っていて、追い過ぎてしまったのだ。
落ち着いた誰何の声に顔を上げると、白い髪に白い肌の女が立っていた。
美しい…… 女だと思った。
相手の山にまで足を踏み入れてはいないとはいえ、驚かせ不安を与えてしまったのは俺の失態だ。
その日は詫びにと、狩った鹿を半分渡した。
そうしたら翌日、その雪女は焼いた兎肉と握り飯を俺に寄越してくれた。
それから顔を合わせれば、いくらか話をするようになった。
俺の種族の女達は、皆大柄で声も大きく、大酒飲みでよく食べる。
笑ったり泣いたりする時の表現は大袈裟なくらいに激しい。恋愛に対しても積極的で、惚れた相手にはぐいぐいと迫っていく。
そこが、他の仲間より度胸のない俺には、少しだけ合わないのだ。
雪女は冷たい……と聞いていたが、俺にはそうは見えなかった。
彼女は俺たちとは違って、感情を表に出すのが苦手らしい。楽しい話をしてみせても、大きく口を開けて笑うような事はしない。
でもだからと言って、喜んだり笑ったりしない訳ではないのだと、俺は知った。
そして、細く儚くも見える身でありながら、はじめて俺と会った時に見せた毅然な態度。その心の強さにも惹かれた。
雪女は惚れた相手には術を使って篭絡するという。
ただでさえ、これほどに眉目が美しいのだ。好む相手がいれば、その心を手中に収めるなど容易いだろう。
雪女たちに比べて、俺たちは粗暴で荒々しい。
しかも俺は仲間の内では中途半端だ。力はそれなりにあって、獣を狩るのは得意だが、仲間たちとの喧嘩には勝てた覚えがない。情けない。
俺のような半端な乱暴者が、あのような美しい女に好まれるとは思えない。
それでも毎日のように狩りを理由に縄張りを出て、彼女に出会う事を期待してしまうのを、俺はやめられないのだ。
* * *
気になっている殿方が居る。
私の種族に男は居ない。
男が欲しければ人間か他種族の男に術を使って篭絡なさいと、母からは教わった。
曰く、私たちはそうして血を繋いできたのだと。
でもその術を使うのが、私は得意ではない。
ただでさえ恋愛経験が少ない私は、意中の男相手にどう接していいのかがわからない。
彼は隣の山に棲む鬼の一族だ。
鬼は一夫多妻制で、好んだ女であれば何人でも自分のそばにおくのだそうだ。
つまりはそれだけ、鬼の男に惹かれる女も多いのだろう。また気に入った女が居れば攫ってでも我が物にするらしい。
きっと女に不自由はしていないだろう。
鬼の一族の女は、皆健康的な力強い美しさを持つ者ばかりだ。
我らの折れそうな細い腕、日差しにも弱い白い肌。何の色も映さない白い髪。鬼族の女に比べたら、どれほど心もとないものか。
他種族のこんなひ弱な女になど、きっと興味もわかないだろう。
きっかけは偶然だった。
普段は山を下る事などしないのに、その日はようやく兎が2羽獲れただけだった。せめて木の実をと探していて、山を下り過ぎてしまった。
そこがもう山の麓だと気付いたのは、その男に出会った時だった。
思いがけず他種族の者に出会った驚きで、つい強い言葉で誰何の声を上げてしまった。
燃えるような赤い髪を持つその鬼は、見事な鹿を捕らえていた。
縄張りを侵されたわけではない。詫びる必要などないというのに、彼は詫びにと鹿を半分も分けてくれた。
久々に食べる鹿の肉は美味くて、私が一人でいただくには多すぎて。
彼の大きな体には、半分の鹿では足りなかっただろうと、申し訳ない気持ちになった。
翌日、同じ場所で彼に出会ったのは偶然だろう。
私の差し出した握り飯を、彼は本当に美味そうに食べた。
その次の日、彼はまた礼にと今度は猪を分けてくれた。
若くて逞しい彼は、それらを素手で狩るのだそうだ。
自分には無い力強さと、彼のおおらかな笑顔と優しさに、いつから惹かれていたのだろうか。
* * *
兄者に話をすると、好い女なら攫ってくればいいと言う。
でも俺にはそんな度胸はない。
そんな事をしたら、彼女に嫌われてしまうだろう。
いっそのこと、俺の事を篭絡してはくれないものか……
* * *
母上は男などいくらでも魅了すればいいと言う。
でも私はうまく術を扱えず、また殿方を誑かすような手管もないのだ
そうして彼を思うようにしても、心を寄せてもらえるわけではないだろう。
ああ、それならばいっそ、私の事を攫ってはくれないものか……
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