花影のさくら

月神茜

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祝宴準備

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春。
先日の雨で塵が晴れて、すっきりとした晴天の日。

今日は、櫻の快気祝いと生まれてから今日まで全部の誕生祝いを兼ねた宴会の日だ。主催は獣狩ししがりの村の長、幹也である。長が『やるぞ』と音頭を取れば、何がなんでもみんなで楽しみながらやるのがこの村のいいところだ。
が。


────なんでこうなる。


紅蓮は今、ムスッとした顔で大量の酒樽を会場に運んでいるところだ。──1人で。
女衆には料理と櫻の身支度を頼んでいて、村にいる十数人の男衆で会場の設営に勤しんでいる。だと言うのに、なぜ紅蓮だけが、ただでさえ重い酒樽を1人で運んでいるのだろうか?紅蓮も24歳になったとはいえ、周りにいる屈強な男たちの方が向いているのではなかろうか。


────重いし、重いし、とにかく重いし、酒臭いし。


とりあえず紅蓮は酒を控えている。まだ香りと味を好きになれていないからだ。飲めないわけではないのだけれど、あまり好きじゃない、と思っている。

時刻は昼過ぎ。もう数時間すれば夕方になるという時間帯だ。会場の準備はほぼ終わっているかもしれない。あとは紅蓮の酒の用意ができれば完璧だろう。
にしたって。


────1人でやらせる量じゃないだろう、これ。


なんだか朝から『これを頼む』『あれを手伝ってくれ』『それを運んでくれ』『どれがいいと思う?』と引っ張りだこで、なぜみんな俺に声をかけるんだと眉間の皺が増えていくばかりだ。休憩をくれ。


「おーい紅蓮!遅いぞ!」
「酒樽10個運ぶのになんでそんなに時間がかかるんだよー」
「酒樽10個運んでるからだって、なんで気付かないんだ!?」


最後の1個をドン!と勢いよく茣蓙ござの上に置いた。今紅蓮がいるのは、村の中心の広場だ。年初めの宴会に使う場所で、それこそ年初めの宴会のように、広場いっぱいに茣蓙が敷かれている。宴会が始まると、全員が茣蓙の上に座って好き勝手に料理を取って食べながら、火を囲んで酒を飲む。堅苦しい挨拶も食事のルールも身分も無く、ただ『参加すること』以外のルールがない自由気ままな宴会だ。


「りんごの果実酒は今年、特に出来が良かったんだっけ?」
「そう。1番味がいいやつは来年の年初めに残して、それ以外から味のいいやつを選んだ、って」
「そりゃあ期待できる!」
「商人から買った麦酒ビールもあるんだろ?贅沢だよなぁ」


西洋との貿易をする商人が、これ以上運ぶと飲めなくなるから『頼むから買ってくれ』と、驚くほどの安価で数日前に売ってくれたものだ。味を確認したら──飲み慣れない味とはいえ──おかしなものでも無くちゃんとした酒だったので、悪くなる前に飲もうということになった。

この村では普段酒は一切飲まず、年に一回、宴会の時だけ解禁される。だから年始だけはみんな仕事を受けず、宴会が終わってから溜まった分を一気にこなしていく。

今回の宴会は、櫻の名前に合わせて桜が見頃の時期に開催するから、どうしても依頼が噛み合った獣狩ししがりしか参加できなかったのだ。


「かなり本気で、俺、疲れたんですけど」


朝っぱらから働き通しなのだ。休憩をくれ。


「…………」
「…………」
「…………うーん」
「何故!?」


────何故水の一杯も飲ませてもらえない!?


「嫁さんから、『紅蓮くんを見張ってろ』って言われてるしなぁ……」
「だからだったんですか!?俺が朝からずっと、誰かしらから声をかけられ続けたの!」


足止めのために仕事を振られていたのか。そう言われれば紅蓮も納得できる。何故か行く先行く先で、示し合わせたかのように仕事が現れるのだ。


「だってお前、ちょっと時間ができるとすぐ、櫻ちゃんの様子を見に行こうとするだろ?」
「…………そんなこと、ない、と、思います、けど……」
「その間が全てを物語ってるんだよ。今日ばかりは彼女が主役だ。主役の晴れ姿を見るのはお前が1番最後なの!そう女衆が言ってた!」


嫁さんからすごい剣幕で言われたんだぞ、と言う一言付きだ。
何故そんなに見せたがらない?
隠して何か変わるものか?
紅蓮は疑心暗鬼を絵に描いたような表情で獣狩ししがり仲間を見つけた。別に彼が決めたわけでは無く、女衆から言いつけられたのだとわかってはいる。わかってはいるのだが、納得したかと言われると全くしていない。
だって昨日の夜も一緒に食事をしたのだ。
昨日今日で何が一気に変わると言うのか。


「ほらほら、俺たちも酒を飲む前に風呂に行こうぜ?紅蓮も汗、かいただろ?」
「……多分誰よりも」
「悪かったって、ほら拗ねるなよ」
「拗ねては、ないですけど……納得できないです」
「へいへい」


ぞろぞろと連れ立って、風早の湯屋へ。
風早は涼しげな顔で番台に座っていた。


────狡い。


「長の特権さ。俺がどこにいるかわからなかったら、みんな困るだろう?」
「ぐっ、腹立たしいほど何も言い返せない正論」


いってらっしゃ~い。にこにこ笑いながら、ひらひらと風早は手を振った。普段を【長】と呼ぶと湯桶を投げるくせに、自分では言うのだから、本当に狡いと思う。紅蓮はますます不機嫌になりながら、相変わらず物凄い色の湯で体を癒した。
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