花影のさくら

月神茜

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櫻の独白

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櫻は心地よい暖かさで目が覚めた。
うっすらと目を開けば、目の前に紅蓮の顔がある。その距離感には驚いたけれど、懐かしくもあって。


「お兄ちゃん」


小さくそう呼ぶ。
何度も何度も口にした、その言葉。

彼を呼ぶ時、彼の意識をこちらに向けたい時、口にするその言葉。


────でも、本当は。本当は、ね。違う言葉で、呼びたいの。


彼の眠りを妨げないくらい、小さく、小さく。


「……………………ぐれん」


そう呼びたい。
そう呼ぶことが、許される人間になりたい。

でも、“現在いま”がであるように。

彼にとって、私はどこまでいっても“妹”で。
酔った私を抱き締めて眠るのは、私が妹だから。
それはつまり、彼にとって私は、まだまだ“1人の女性”ではなくて。


「今日、結構頑張ったのになぁ……」


確かに酔っていた。あれは本当。ふわふわした。
意識や口調はふわふわしていたけど、思考ははっきりしていて。

だから、今しかないと思った。

少しは成長した胸を強調するように、猫みたいに四つん這いで擦り寄って。随分前にはそうしていたように、彼の足の間に座って甘えるように見上げて。ぼんやり眠くなってきたのをいいことに、誘惑するように抱きついて、胸を押し付けて。


「姐さんたちから教わったこと、全然効かなかったなぁ」


わざわざ襟元の広い、けれどとっても綺麗で、動き易くて、それでいて色っぽい服を選んでくれたのに。わざわざ化粧まで施してくれたのに。頭を撫でながら、『そのままでいいのよ、頑張ってね』って、背中を押してくれたのに。


「全然、だめだった、なぁ……」


なんだか目頭が熱くなって、視界が歪んで。
泣いちゃ、駄目。
まだ無意識にそう思ってしまう。


────少しくらい、いいかな?


彼の胸に擦り寄って、目一杯彼の匂いを吸い込んで、肺を満たす。優しくて、あったかくて、落ち着くのにドキドキする、大好きな香り。あと今日は、ちょっとだけお酒の匂い。

ねぇ、紅蓮。
好き、大好き。
ずっと、ずっーと前から、大好きなの。

知ってた?私ね、初めて出会ったあの雨の日から、お兄ちゃんのこと──紅蓮のこと、大好きだったんだよ。
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