偏屈者は酔狂人と斯く踊る。

mimuo

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第一の小文。

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部活動不参加についての反省文  2年A組 白崎柊治

 自由を放棄することは、人間としての資格を、権利を放棄することである。

 「社会契約説」の論理を提唱した主要な哲学者の一人、ジャン=ジャック・ルソーの言葉だ。彼の自由に対する思想が、後のフランス革命に大きな影響を及ぼしたことは、いうまでもないだろう。
 人の生き方について、的を射た名言である。生きとして生きる者は全て、何かしらの不自由に囚われている。学校然り。勉強然り。不自由との戦いが人生だといっても過言ではない。不自由との戦いとは、自由を手にするための戦いでもある。どれ程小さくても構わない。その自由を放棄することは、帰するところ、生きることの放棄にも繋がる。我々は決して自由を放棄してはならないのだ。
 では問おう。部活という柵に捕らわれ、掛け替えのない時間を浪費し、この先役に立つかも分からない人間関係(笑)によって辛労辛苦を嘗めることを甘受する、それらは自由の放棄に、人間としての資格を、権利を放棄することに、生きることを放棄することに他ならないのではないだろうか。
 部活に行く自由。それも勿論、皆有している自由だ。だが、誰もが部活に行きたい。青春といったら部活。その意見は決して一般性を保証しない。全くもって否である。その意見を全員に押しつけるのは、学校として、教え導く者として、如何なものか。
 だから私は部活に行かないのだ。人間としての資格を、権利を、放棄しないために。生きるために。
 今こそ、古臭い部活絶対主義ではなく、部活自由主義を掲げるべきだ。革命を起こせ。部活は自由参加にしろ。


 最後の句点を書き終え、自室の壁にかけた時計を見やると短針は6時を、長身は22分を指していた。窓の外の景色はぼんやりと薄暮の中に溶けている。
 5時に書き始めてからそこそこ時間が経ったように感じていたが、検討違いだったようだ。部活に行ってないと時間が有り余って最高。好きなことができて超有意義。人間関係に困らないから変なストレスが溜まらなくて健康的。
 さあ、本でも読もうか。
 本棚から適当に単行本を取り、ベットの上に大の字になった。誰にも邪魔をされない、俺の至福の時だ。鼻歌交じりでページをめくる。
 本はいい。屈強な戦士に心を踊らせ、薄幸の少女に涙を流す。誰もが等しく有している想像の力を遺憾無く発揮できる格好の場だ。
 今読んでいるホラー小説。主人公と中心人物の心理描写が実に秀逸な作品だ。ここの主人公らが隠れている納屋にモンスターが押し入る場面なんてほんともう

 ドカッ。

「お兄起きろ」

「うおっ。びびったぁ」
 
 心臓が止まるかと思った。寿命が縮まるから本当にやめてほしい。

「梓実ちゃん。妹だからってお兄ちゃんの部屋にノックしないで入るの。よくないってお兄ちゃん思うよ。中3でしょ?」

「はあ?そんなのどうでもいいじゃん。そうそう、マミーが呼んでるよ~。あっ。これなに」

 お兄ちゃんの心からの忠告は、妹ちゃんに届かなかったようだ。梓実は顔はいいのになぁ。きめ細かい白い肌。濁りのないくりっと丸い目に美しく通った鼻筋。いたずらっ子のような笑みを端に湛えた形のいい口。宝塚劇団に入っても大丈夫とお兄ちゃんが思うほどの肢体。俺に似なくてよかったなぁ。しみじみとそんなことを思っているうちに、梓実の視線はもう俺から俺が先ほど書き上げた机の上の反省文に移っている。

「それはな、反省文だ」

「お兄が反省文?ウケる」

 おい。ウケるってなんだよ。俺だって反省文の一つや二つ書きますよ。
 梓実はウケるを繰り返しながら、反省文を手に取った。

「おい」

 やはりこの言葉も届かず、梓実は素知らぬ顔で反省文に目を通す。

「お兄」

 やけに神妙な顔つきで梓実がこちらを見てきた。

「なんだ、妹よ」

「絶対これ怒られるよ?」

 心底呆れた、というような口調だ。自分の書いた文を貶されて俺が黙っているわけがない。

「はぁ?どこからどう見ても完璧だろう」

「いや、絶対怒られる。絶対絶対絶対」

「ないないないない……」

 反論すると、梓実もムキになって言い返してくる。
 お互いに強情な性格故に、数分間言葉の応酬を繰り返した。
 オカンによる怒りのカモンコールによって喧嘩に終止符が打たれたようとしたが、梓実は納得がいかない様子で渋り続ける。このままでは埒があかないと考えた俺は、梓実とある賭けをして喧嘩を終えた。

「じゃあ明日提出して怒られなかったら俺の勝ちな。怒られたら梓実の勝ち。負けた方はアイス奢るってことで」




 俺の書いた反省文に目を通す数学教諭、天堂義孝の眉に凄まじい怒りが這う様子が見て取れる。普段は生徒から大仏と言われているほど温厚。且つ、その性格が滲み出た愛嬌滴る容姿なだけあって、怒った姿はとても怖い。典型的な、いつもは優しいけど怒らせたら怖い先生、である。
 梓実には啖呵を切ったが、本当は俺もヤバいと思っている。(笑)はまずかったであろうか。最後の命令形はさすがに無理があるか。そもそも文がおかしいのだろうか。何はともあれ、俺が怒られることへの疑問の余地はない。
 いつ怒鳴られるか、と猟犬のように体を硬くしている俺にかけられたのは、思いも寄らない言葉だった。

「だよなあ。わかんなくもないんだけどなあ。君には住みにくい学校だしなあ」

 怒られこそすれ、同情されるとは。だが、俺が欲しいのは同情ではなく共感である。憐憫の情を向けられたい訳ではない。我が校の部活動の状態は決して肯定されるべきものではない、と共通認識を持ってもらうためにこの文を書いたのだ。
 俺の思いが露骨に顔に出ていたのか、大仏は慌てて言葉を重ねた。

「いや、これ反省文だからな。反省文として機能してないからなこれ」

 いや、機能している。反省文と称せばなんだって反省文になる。古今和歌集にある恋文だって春の歌だ~って言い張ればなんとなく春の歌に見えてくるものだ。多角的に物事を見るという言葉があるだろ。ならば反省文にだって同じ言い分は通るはずだ。よって俺が書いた文は反省文である。ほら、そう見えてこないだろうか。

「反省文と言えば、なんだって反省文になりますよ」

 唇を尖らせながら俺が答えると、本気で呆れられてしまった。

「機能していないのは、反省文だけじゃなかったな。目もだな」

 うまいことを言ったつもりなのだろう。大仏は会心の笑みを湛えながらこちらに顔を向けた。しかし、すぐに俺から白眼視されていることに気が付き、咳払いをしながら反省文に顔を戻す。

「とにかく、君に反省文の再提出を命じる。期限は来週末まで。俺が柴田先生に怒られるんだよ」

「大変っすね」

 柴田先生とは、鬼柴田の異名を持つ学年主任。性別は男。担当科目は社会科。大仏とは対照的な先生、ということは生徒からの評判は最悪である、ということを意味する。常に顔に皺を寄せていて、非常に短気。背が低いことを気にしており、生徒から見下ろされることが気に食わないのか、ハイヒールを履いている。ヒール音が、鬼柴田が近付いていることを示すサインだ。ヒール音が聞こえたら逃げることを推奨する。俺が籍を置いている茶道部の顧問でもある。俺とは水と油、犬と猿、牛乳と白米の関係だ。
 余程鬼柴田を恐れているのか、大仏の表情は石のように固い。

「本当に次は頼むぞ。いや、本当に。これはマジで」

 声まで固くなってるよ。ついでに空気も。

「……了解しました」

 大仏を少し気の毒に思ってしまったので、ここはおとなしく答えておくことにした。その俺の答えが、大仏の救いとなったのだろうか。大仏の表情が、少し和らいだように思えた。

「頼んだぞ」

 そういう大仏に一礼し、その場を後にしようと背を向けた。さっさと帰ろう。これ以上色々固くなると困る。そして今日も部活には行かねえ。

「あ、ちょっと待って」

 まだ何か用があるのか。
 再度体ごと、大仏に向き直すと、

「明日、すぐに帰らずに教室で待っていてくれないか?」

 嫌だ。そんなの嫌だ。
 大仏に目で訴え続けたが、大仏は引いてくれないようだ。仕方ない。
 首肯すると、大仏は行ってよいというように手を振る。
  その姿を目に留めた俺は、靴音を鳴らしながら家路へと急いだ。


 校舎から校門へ向かうには、校庭を横断しなければならない。要するに、運動部の部活風景を横目にしなければならないということだ。普通の人ならば精神的苦痛に耐えきれないだろう。だが、俺ほどの漢になると、そんなことは気にならない。部活信者たちの奇異の目も簡単に受け流せるのだ。
 まあ、それも全員が全員そうとは限らない。だから部活に行き、不毛な時を過ごすのだろう。
 全てこの学校の制度が悪い。
 元々進学校であったここ、青葉台高校は、残念ながら部活動の成績が奮わなかった。全運動部が予選、一回戦敗退。文化部も然り。部活が弱い青葉台って有名だったからな。
 その現状を打破するべく提案されたのが、部活動全員参加という全く持って無意味な制度。
 謎だ。全面部活動に参加したからなにが変わる。ただ、生徒、顧問の負担が増えるだけだ。無駄な時間が増えるだけだ。現に部活動の実績は前と大差ない。何故それに気付かない。何故それに拘る。意味が分からない。
 それに反発すれば、反省文。書くの大変なんだぞ。あれ。
 天を仰ぎながら漏らした嘆息音は、野球部の掛け声に掻き消され、秋の夕方の生温い空気に吸い込まれた。
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