1 / 3
呪われた指輪
しおりを挟む五月のよく晴れた温かい日。温かいと言うよりも、暑いと言うべきだろうか。眩しい陽射しを感じながら先に進んでいくと、お洒落で穏やかな街の中に、ある宝石店とパティスリーが並んで立っていた。宝石店の名前は「Tōdō Gems」で、パティスリーの名前は「Pâtisserie Rêve」という。どちらも若い店主が一人で経営しているこじんまりとした店だ。ここまでやってきた男性は、宝石店で一度立ちどまり、隣のパティスリーを見て、少し汗をかきながらパティスリーの中に入っていった。
パティスリーの外も中も白を基調としていて、可愛らしい感じだ。ケーキ以外にもクッキーやマカロン、シュークリームなど色々なお菓子が置かれている。棚の空いている部分には小さな人形を置いていて、店の雰囲気作りにはかなり凝っているようだ。手に袋を持った男性は、女性がパティシエなのかと思ったが、厨房の中から現れたのは眼鏡をかけた、茶髪の男性だった。パティシエが男性の姿を捉えると、優しく笑いかける。
「いらっしゃいませ」
男性は袋を持っていない手でポケットからハンカチを取りだし、額の汗を拭った。ショーケースの前まで行って、ケーキをじっくりと見る。コンセプトは絵本だそうだ。どれも美味しそうで迷った男性はパティシエにおすすめを聞くことにした。彼はそうですね…と呟いて、これからどこかに行かれますかと尋ねた。
「あぁ…、これから隣の宝石店に寄ろうかと思っていて」
「そうなんですか! じゃあその手に持っているのは…」
「ええ、少し、色々ありまして…」
こんなことをパティシエの人に話すもんじゃない、と思うがどうしてか分からないがつい話してしまう雰囲気を彼が出しているせいで口からポロッとこぼれてしまう。長々とすみませんと謝ると、パティシエの彼は首を横に振って、ショーケースのショートケーキを指さした。
「お客様は今すごく不安そうなので、一番食べなれたショートケーキがいいでしょう。何も考えずに食べることが出来るはずです。しかも、うちのショートケーキのいちごはすごく甘いから、きっと不安も飛んでいってしまいますよ」
指さされたショートケーキをじっくりと見てみると、大きないちごが真っ白いクリームの上に鎮座している。断面を見ると、中にも沢山いちごが入っている。パティシエの説明もあってか、男性はそのケーキを選んだ。店内の飲食スペースに案内され、目の前に真っ白なショートケーキが置かれる。サービスだと温かい紅茶も用意してくれた彼に感謝をして、早速フォークをスポンジに刺した。
――――
「店主、店主! 藤堂店主~! 今日はマカロンを持ってきたよ!」
「いらっしゃいませ」
マカロンを片手に引っさげて、Tōdō Gemsにやって来たのは、隣のパティスリーPâtisserie Rêveの店主である羽島凪である。そんな彼に態度を変えることなく、奥のカウンターで挨拶をしたのがTōdō Gemsの店主―藤堂啓人―である。カウンターの上には小さな箱が置かれている。啓人の背後の棚には沢山の宝石が置かれている。どれもこれもきらきらと輝いていて、よく手入れされていることが分かる。
凪は慣れた様子で店の奥に入る。それを見届けた啓人は店の外に出て、扉にかけたOPENの札をひっくり返し、CLOSEにした。今日の仕事はこれで終わりなようだ、特別な事情がない限りは。店の中に戻って、カウンターに置かれた小さな箱を取り、凪がいる奥に向かった。店の奥は、カウンターの後ろの棚以上の宝石で溢れている。ここはさっきの棚とは違って、宝石は全て箱に収められている。どの箱にもしっかりとラベルを貼っていて、間違うことは無い。さらに奥に進むと、凪が椅子に座って、きょろきょろと辺りを見渡していた。
「どうかしましたか」
「いや、いつ見ても凄いなぁと思って。ん、それが新入り?」
「うん。先程のお客様は、ここに来る前に君の店に寄ったと言っていましたね」
「あの人か。あの人はどんな宝石を店主に託したの?」
啓人は彼の向かいに座って、小さな箱を開けた。そこには大きめの乳白色の石がついた指輪があった。凪はその指輪を見て、「これは…うーん…その辺の綺麗な石にしか見えない…」と呟いた。その言葉に、啓人は表情を変えず、これはオパールという宝石だと説明をした。オパールはオーストラリアを代表する宝石であり、美しい遊色効果を持っていることが知られている。この宝石は、「幸運」や「希望」を象徴していると言われ、感性を高めたり、調節するのに使用されることもあるという。
「すごい宝石なんだ。僕にはただの石にしか見えないけど…」
「うん」
「でも、ここに持ってきたということは、あの人が持っていられなくなったんだね」
啓人は黙って頷く。彼の営む宝石店は他の宝石店とは違っている。ここは売ることを専門としておらず、買うことを専門としているのだ。ここに集まってくる宝石はここに持ち寄られた時点で、彼が丁寧に管理するため、他人の手に回ることはなくなる。それが宝石にとって良いのかどうかは置いておいて、宝石による『被害』を防ぐためには仕方のないことである。
ついでに宝石による『被害』についても説明しておく。この世には様々な宝石があり、一つ一つの宝石にストーリーがあると啓人は話した。色恋から復讐まで多岐にわたる話があるわけだが、その念が宝石に染み付いてしまったことで、その宝石を得た人に害を及ぼすことが稀にある。そんな宝石を持っていられないと人がやってくるのがこの店で、簡単に言えば駆け込み寺なのだ。
「今回はどんな話があるんだい?」
「聞きたいですか?」
「もちろん!」
啓人は頷いて、語り始めた。
―――
ある古代の王国に非常に美しい輝きを持つオパールの宝石があった。それは代々国王が受け継ぐもので、国王の部屋に大切に保管されている、王家の重要な財だった。しかし、ある、時の国王はその宝石を指輪にして、最愛の王妃に贈った。王妃はその宝石をどんなときも肌身離さず、大切に扱っていた。
王妃がこの宝石をつけるようになってから、国王は病に伏せるようになった。以前の王妃なら国王のことを心配し、必ずその世話を志願してしたはずだが、今回は何故か国王に見向きもしなかった。国王が病で窶れていく代わりに、王妃は徐々にふくよかになり、国王が死んだときには以前の美しい王妃とはすっかり変わってしまっていた。彼女の太い指にはオパールの美しい指輪が輝いていたという。
しかし、彼女にも死が訪れた。それはあまりにも呆気なく、奇しくも国王が亡くなった次の日に何者かによって殺されたのだ。その死体の恐ろしいところは、彼女の姿が昨日見たものと全く違っていたところだ。彼女の体はガリガリにやせ細り、骨と皮しかないような様子で、体の質感も若い30代の質感ではなく、80代程の質感だったという。しかも、その指にはあのオパールの指輪がなかった。これは王家に大きな衝撃を与えた。代々受け継がれているいうことから、王家の権威を示すものでもあるため、急いで指輪を探さなければならない。そこで国は全兵を挙げてその犯人を探すことにした。
その捜索が上手くいったかどうかについては否だった。捜索は難航した。そもそも王妃の死にはかなりの謎があった。彼女の部屋はまず7階近くの高さにあり、宝石を盗む為だけに、そんな危険を犯すとは思えなかった。さらに、王妃は自身の部屋で沐浴をした後、全ての部屋の窓と扉の鍵を閉め、眠ることが決まりであった。外から鍵を開けることは基本的に許されておらず、彼女が中から鍵を開けて、侍女を入れるという形を取っていたことから、殺人現場は所謂密室であったのだ。オパールの指輪はその国から姿を消し、殺人事件を解決することも出来ず、王家の権威は失墜した。国は最後の国王がなくなってから数年後に消滅した。
国が消滅して数年後、新たな国が誕生した。その初代国王の指にはオパールの指輪が嵌っていた。初代国王はその指輪をよく触っていて、その美しさに心を奪われているようであった。
実は、多くの人がその指輪には見覚えがあった。その指輪は王妃が嵌めていた指輪と瓜二つであったのだ。だから、以前の国の問題を知っている人からすると、彼が犯人ではないか、と思う人も多かっただろう。しかし、現国王ということもあり、歯向かうことはできなかった。
しかし、疑う人の中でも人一倍疑っており、機会を見て全てを明らかにしようと考えていた男がいた。その男は現国王が以前どこで何をしていたのかなどの情報を詳しく調べあげた。だが、確証がなかった。彼は動くことができないと悔しく思った。そんな日の夜。彼は自分の仕事を終え、自分の部屋に戻ったとき、部屋の前にキラキラと輝くものを見つけた。それはオパールの指輪だった。現国王がこんなところにたまたま指輪を落とすわけが無い、自分を煽っているのだ、と悔しく思った彼は指輪を握りしめ、必ず現国王を殺すと心の中で誓った。
指輪を握りしめて眠った彼が、朝目を覚ますと手にあったはずの指輪が消えていた。彼はなぜ指輪が消えてしまったのか、さっぱり理解できなかったが、外が騒がしいことに気がついた。外に出て何があったのかと尋ねてみると、現国王が先の王妃を殺したと言ったと興奮した様子で同僚が彼の肩を叩いた。さらに、同僚は、「君の調べていたことが今回の事件を明らかにするのに役に立ったんだよ」と言った。
その後、彼は国王へとかつぎ上げられた。類を見ない出世であった。彼は王妃を殺した男を現国王として処罰し、殺した。彼の願いが叶ったのだ。高らかに声を上げ、指示をした彼の指にはオパールの指輪が輝いていた。彼もまた、その指輪に触れるのが癖になっていた。その輝きは多くの人間を魅了していた。
彼がそのオパールの指輪になにかがあるということを知ったたのはその一年後であった。彼は自分の願いを叶え、国王になってから直ぐに体調を崩しがちになった。今まで風邪も引いたことがない男であったのに、自身でも不思議に思い、術師を呼んだ。何かに祟られているのではないかと思ったのだ。その判断は間違っていなかった。術士は国王の部屋に入った途端、穏やかな表情を険しい表情に変えた。そして、彼の手を取り、指輪をじっと見つめた。後から聞くと、その指輪は悪いものがついているとの事だった。自分の願いを叶える代わりに、自身の命を引き換えにしなければならないという呪いがかかっていると術士は神妙な面持ちで彼に伝えた。彼は嘆いた。自分があの時殺したいと願わなくても、勝手にあの男は死んでいたのだと知ったからだ。
その後、この指輪は誰にも触れられないように奥に仕舞われた。その数日後に国王は息を引き取った。
―――
「いわく付きの指輪になったのは…王妃の時なのか?それとももっと前から?」
「王妃の時からでしょう。本来受け取るべき人間ではない人が受け取ってしまったのが問題でした。」
「王妃は何を望んでいたの?」
「彼女は本質的には権力を望んでいました。国王に代わって自分が政治を行いたかったため、指輪に願ったのは国王の死でしょう」
凪は小さな箱に鎮座する白い輝きを放つ指輪をじっと見つめた。すると、その箱が突然閉められた。閉めた主は啓人だ。啓人は指輪の入った小さな箱を手に取ると、立ち上がって近くの棚にしまった。凪はどうやってあの男性がこの宝石を手に入れたのかを尋ねた。啓人はオークションで手に入れたらしいが、本当かは分からないと肩を竦めた。
彼は凪の向かいの席に戻り、座った。胸のポケットからハンカチを取り出して、自分の手を拭いている。凪はそんな彼をただ見つめていたが、彼がこっちを向いたのでどうしたのと尋ねた。
「君も気をつけて。美しいものには毒があると言うから」
凪はその言葉にきょとんとし、直ぐに笑った。
「でも、そういう綺麗なものに惹かれるのが人間の性だよ。僕はあの宝石に惹かれなかったけど、この目の前の美しいマカロンには惹かれてる……」
凪はマカロンを1つとってぱくりと口に入れた。美味しい!さすが僕!と自分を指さして啓人に笑いかけると、彼もマカロンを1つ手に取って、軽く微笑んだ。
――――
凪:幸運を願ったり希望を持つには代償が必要ってことになるのかな?それってちょっと酷くない?店主?
啓人:どうでしょうね、誰かにとっての幸運は誰かにとっては不運であり、誰かにとっての希望が誰かの破滅を導くものなら、代償を払うことは妥当だと思いませんか?
凪:そう言われると…確かにそうかもしれない?なんだか難しくてよくわかんないね、頭を使ったから早く甘いものを食べないと!
啓人:……
1
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる