勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

文字の大きさ
15 / 493
三波新、放浪編

俺の昔語り、この世界に来て一日目の話が終わったのだが

しおりを挟む
「待て、落ち着け。そりゃあん時はさすがに文句言ったさ。そしたらそのときは対応してもらえたんだよ」
「対応?! どんな!」

 何でこいつが、わが身のことのように怒るんだ?

 ─────

 神殿の礼拝堂の、私設の内部への扉の前で番をする教徒が、俺に目を向けないまま口を開いた。

「……旗手の方々がここに来られる経緯は、この世界に迷い込む現象に巻き込まれた、というかたちです。ですが、ごく稀に一般人も巻き込まれます。あなたもそういうことなのでしょう」

 言い終わると、一瞬だけ俺の方を見て、また視線をまっすぐ前に戻す。
 なるべく関わらないようにしたい思いが見え見えだ。

「じゃあ、俺はどうやったら帰れるんだ?」
「知りません」

 巻き込まれた、ということは、こいつらが故意に俺達を呼び寄せたって訳じゃないってことだ。
 つまり、間違えて呼び出しちゃいました。ごめんなさい。
 と俺に謝る必要はない。
 対応には不愉快だが、冷静になって考えればそれは納得できる。
 じゃあとっとと帰ります、といきたいところだが、帰る方法が分からない。
 旗手の方々の帰る方法は分かるそうだが、一般人は分からないときたもんだ。

「今までその現象に巻き込まれた一般人の人達は、今どうしてるんです?」
「存じ上げません」

 微動だにせず、無感情で返された返事からして、そしてこの門番達の気配の感情からして、余計なことは一切答えないって態度だな。

「無一文なんですが、何とか助けてもらえませんか?」

 ポケットにいくらかお金はある。
 言葉は通用しても貨幣は通用するわけじゃない。

「少しお待ちください」

 急に態度が、わずかだが軟化した。
 門番の一人がその関係者以外立ち入り禁止の扉を開けて中に入っていった。
 まぁ信仰者じゃなくても、困ってる人がいたら救いの手を差し伸べるくらいはするってことか。
 残った門番の人達は、相変わらず無表情。
 気配から感じ取れる感情も特になし。
 しばらくしてからその門番は姿を現した。

「大司教様から、先ほどは失礼いたしました、という謝罪の言葉を承りました」

 姿を見せない相手が態度を急変するような伝言を受けるのは、これまで何度もあった。
 けどその相手と再会した時は、つっけんどんな態度は依然として変わらなかったことも。
 適当にあしらえば矛を収めるだろう、という見下された態度。
 そんな態度を初めてとられたときは、そりゃ腹も立った。
 だが何度も同じ体験を繰り返すと、次第に慣れてくるもんだ。
 だから……。
 うん。
 ダメージは、多分ない。

「一万円を補助としてお渡しするように仰せつかりました。我々ができることと言えばそれくらいです」
「ほえ?」

 思いもしない先方の対応は、確かに有り難かったけど変な声が出てしまった。

 って、紙幣と硬貨が混ざった一万円は、こっちの世界と同じ物だ。
 人物の肖像画も同じってことは、同じ人がこの世界にも生存してたってことか?
 いや、でもまぁこれで何とかなるか。
 この世界で職探しして、帰る方法が見つかるまで何とか凌がないと。

 けど、大司教からのお詫びはそれだけじゃなかった。

「それと、夜は冷えますから、今夜はこの礼拝堂でお休みください。枕と毛布をお持ちしましょう。それと夕食としては質素ですが、炊き出しの食事を用意します」
「有り難いです。助かります。そちらで帰る方法が分からないのであれば、自分で探すしかないですし、そのための時間も必要になります。おかげでいきなり行き倒れにならずに済みそうです」

 最初に出会ったこの世界の人達からの、再三にわたる無視。
 職場では時々あった。
 いい気持ちはしないが、ある程度は慣れた。
 けど、自分の知らない場所でのこの対応は流石に心細くなる。
 このまま放置されるかもしれない。

 と思ってた矢先にこの待遇は、まさしく天から降りてきた、とても細い蜘蛛の糸。
 頼りなげには見えるけど、それでも本当に心強い味方に思えた。

 この時は、な。

 ─────

 話を一区切りすると即口を挟むヨウミ。

「ふーん……。一室を貸して一か月は寝泊まりくらいしないと割に合わないような気がするけどね」
「確かにそうだったら本当に助かってたけど、そしたらお前と会うこともなかったな」
「あ……、うーん……どっちが良かったのかしら?」

 さあ、な。
 さて、その続きはというと……。

 ─────

「夕食です。冷めないうちにどうぞ」

 わざわざ俺のために作ってくれた夕食なのだが、おにぎり二個と味噌汁だけというのは、流石に物足りなさを感じる。
 けど有無を言わさずここから追い出されていたら、空腹のほかに冷える夜を外で過ごさなければならなかった。
 最悪の事態を考えると、相当助かる。

 が。

「え? これ……あの」
「何か?」
「……いえ、何でも、ないです」

 見ただけで分かった。
 口にする前に分かった。
 おにぎりは、ただ白いご飯をまるめただけ。
 味噌汁は、味噌をお湯で溶かしただけ。

 もらった一万円で、近くの町で外食をする方がまだましだったかもしれない。
 ひょっとしたら、町の宿屋で揉みつけて止まった方が、ここよりも眠りやすかったかもしれない。

 炊き出し、と言っていた。
 ということは、貧困に苦しむ人々への施しの食事ということじゃないだろうか?

 ポケットの中にいくらかお金はあった。
 だからそんな貧困層というわけではないだろうが……。
 飲み込みづらいご飯。
 味気ない味噌のお湯。

「……後で枕と毛布をお持ちしますね。その食器は紙製ですから、終わりましたらごみ箱に捨てておいてください」
「あ、はい……助かります……」

 とりあえず、もらえた一万円は手つかずのままというメリットはある。

「……あいつらはどんな夜を過ごしてんのかな……」

 門番には届かない声で思わずつぶやいた。
 日中この場に集まっていた、ここじゃない世界から来た連中のことを思い出す。
 逆に連中は、俺のことを気にしてはいないだろうな。
 ま、俺はどうやら選ばれし者じゃないらしいから、こんな扱いでも仕方が……。
 仕方が、ないんだろうか。

「毛布と枕をお持ちしました。今夜はゆっくりお休みください」

 教徒がそういうと、門番の教徒と共に礼拝堂から退室した。
 扉の向こうから施錠の音が聞こえた。

「外に出るも自由。だけど中には……部外者だから入れなくして当然か」

 俺がこの世界に来て最初の一日目はこうして終わった。

 ─────

 昔語りはようやく一区切り。
 ふぅ、と軽く息を吐く。

「それってあまりにひどくない?」
「……言っとくが、もう終わったことだからな?」

 そう、すべてが過去のこと。
 だからそれにいろいろアドバイスもらったところで、時すでに遅しだ。

「だとしてもよ?」

 ヨウミが腕を組んで考え込む。
 何の問題もないと思うが?

「あたしも炊き出しの話は聞いたことがあるし、食事したことがある人から話は聞いたことがあるけど」
「ほう?」
「アラタが作る塩おにぎりあるでしょ? そんな奴を二個と、具が一種類だけだけど、普通のお味噌汁も貰ったって言ってたわよ? 味噌をお湯に溶かしただけの飲み物なんて、そんなの出ないって。ましてやただご飯を握っただけのおにぎりなんて……」

 今更そんなことを言われてもな。
 俺にとってはむしろ、この後の方がちょっと辛かったかな。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...