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週末は夏祭りへ
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自動ドアが開くと同時、むわりと熱せられた空気に包まれる。「不要不急の外出は避けましょう」と今朝もアナウンサーが言っていたな、と眩しすぎる太陽に目を細める。九月に入っても秋の気配はないに等しい。
「今日このまま直帰でいいそうです」
スマートフォンを手にした部下が嬉しそうに声を弾ませる。先方の準備不足で伸びてしまった打ち合わせだったが、おかげで「直帰」を勝ち取れたらしい。時刻は午後四時半。高校生でももっと遅いのでは? と思える時間帯だ。金曜日だし、飲みに誘うというのもアリだけど……。ちら、と視線を向ければ、スマートフォンを手にしたままソワソワと落ち着かない空気を発している。誰か会いたいひとでもいるんだろうな。
「じゃあ、俺はバスで帰ろうかな」
「はい、お疲れさまです!」
お疲れさま、と分かれてからそっと振り返る。すでに駅の方へと歩き出していた横顔には、先ほどとは違う、柔らかな笑みがあった。
「――若いなぁ」
思わずこぼれてしまったのは、かつての自分と重なったからかもしれない。俺もあんな顔をしていたのだろうか。早く会いたいと、会えることが楽しみで仕方がないと、そんな。
バスを降りたところで、カラコロと軽やかな音が耳に届く。顔を上げれば、浴衣姿の若者が多い。そばにあった掲示板には夏祭りのお知らせが貼られていた。
「この時期だったか」
毎年九月の第一金曜日から日曜日にかけて三日間行われる神社の秋祭り。そういえば、お神輿が通るのを部屋の中から聞いている記憶しかない。金曜日は仕事だし、土日は休みたいし。気温が高すぎるのも足が遠のいている一因だ。引っ越したばかりのときは「これから毎年行こうな」と約束していたはずなのに。あの約束はいつから果たされていないのだろう。それすらもうわからない。
痛みよりも懐かしさに縮んだ胸を宥めながら、スーパーに入る。ひやりとした空気を吸い込み、歩き慣れた通路を進む。この時間帯では半額にならないよな。買い物はまとめて土日にするし、とりあえずすぐ食べられるものだけ買うか、と並んだお惣菜へと視線を向ける。揚げ物よりは焼き鳥の方がいいか。意外と美味しかったよな、と手を伸ばしかけたところで隣に並んだたこ焼きが目に入った。
夏祭りに行くと必ず買っていた。熱いってわかってるのに冷めるのを待てなくて「熱い熱い、助けて」って大騒ぎする姿を思い出す。俺ができることなんて何もないんだけど。
――こんなに熱い思いして食べたのに、たこ入ってなかった気がする。
――さっき俺、二個入ってた。
――ずるい。
――いや、俺だって食べるまで気づかなかったし。
あのあと、たこを食べた分だって焼きそば奢らされたんだっけ。俺何も悪くないのに。
ふっと蘇った懐かしさに、手にしていたカゴへと視線を向ける。せっかく早く帰ったし、な。
エアコンの冷気が十分に行き渡った頃「ただいまー」と玄関から声が届く。
「おかえり」
テーブルにグラスを並べながら、前は玄関までお出迎えしていたんだっけ? と遠くなった記憶を引き寄せる。金曜日が待ち遠しくて仕方がなくて。ごはんよりも触れ合うことを心待ちにする。「明日も仕事だから」と抑えなくていい――そんな週末だったのに。
「お刺身買ったの?」
「そう、今日早く終わってさ」
「半額じゃないやつ?」
「そ、まだシールなかった」
「だよな」
部屋着に着替えた背中が「ビール、ビール」と冷蔵庫に向かう。箸を置き、先に座っていようと椅子を引いたところで「あれ?」と不思議そうな顔がこちらを振り返った。
「冷蔵庫、こんなに入ってたっけ?」
「いや、ついでだからまとめて買った」
「え、重かっただろ」
「そんなにひ弱じゃないぞ、まだ」
「まだ、ね」
プシュッと小気味いい音が響き、並んだグラスへ黄金色の液体が注がれる。ふと、頭上へ視線を向けられた気がして、こちらも同じように見返す。禿げることはないだろうけど白髪は目立つな。とか思っているんだろう。俺も思ってるし。お互いさまなので何も言わないけど。
いただきます、と乾杯するでもなく、グラスを傾ける。冷たい苦さは変わらず美味しい。変わったのは買い置きするメーカーくらいか。
「土日にまとめて買わなくてよかったの?」
醬油差しを掴んだ手がこちらへ向けられる。「先に使っていいよ」と声にされない言葉を当たり前に受け取り、小さな水たまりを作る。
「たこ焼き食べたいなと思って」
「たこ焼き?」
「夏祭りやってただろ」
「あー、だから人多かったのか」
「気づかなかった?」
「……まあ」
気にする余裕がないほど疲れていたのか。気づかないくらい急いで帰ってきたのか。俺に会いたくて? まさかな。早く会いたいと、会えることが楽しみで仕方がないと、そんな顔をする必要はもうないはずだ。でも――。
ふっと緩んだ頬のまま、言葉を紡ぐ。
「土日のどっちか、行かない?」
「あー、それで買い物ひとりで頑張っちゃったのか」
そういうんじゃない、と嘘をつく必要も、恥ずかしさを感じることももうない。そして、それを悲しいとはちっとも思わなかった。
「そうだよ」
素直に伝える気恥ずかしさよりも、あと何回伝えられるかの方が大事で。それは言葉にする必要もないくらいにきっと伝わっている。
「奢ってくれるの?」
「いいけど。ちゃんと冷まして食えよ」
「俺は火傷より喉を詰まらせないかが心配だな」
確かに、とお互いに顔を見合わせ、中身が半分になったグラスを合わせる。カチ、と控えめな音が見慣れすぎた部屋に小さく響いた。
「今日このまま直帰でいいそうです」
スマートフォンを手にした部下が嬉しそうに声を弾ませる。先方の準備不足で伸びてしまった打ち合わせだったが、おかげで「直帰」を勝ち取れたらしい。時刻は午後四時半。高校生でももっと遅いのでは? と思える時間帯だ。金曜日だし、飲みに誘うというのもアリだけど……。ちら、と視線を向ければ、スマートフォンを手にしたままソワソワと落ち着かない空気を発している。誰か会いたいひとでもいるんだろうな。
「じゃあ、俺はバスで帰ろうかな」
「はい、お疲れさまです!」
お疲れさま、と分かれてからそっと振り返る。すでに駅の方へと歩き出していた横顔には、先ほどとは違う、柔らかな笑みがあった。
「――若いなぁ」
思わずこぼれてしまったのは、かつての自分と重なったからかもしれない。俺もあんな顔をしていたのだろうか。早く会いたいと、会えることが楽しみで仕方がないと、そんな。
バスを降りたところで、カラコロと軽やかな音が耳に届く。顔を上げれば、浴衣姿の若者が多い。そばにあった掲示板には夏祭りのお知らせが貼られていた。
「この時期だったか」
毎年九月の第一金曜日から日曜日にかけて三日間行われる神社の秋祭り。そういえば、お神輿が通るのを部屋の中から聞いている記憶しかない。金曜日は仕事だし、土日は休みたいし。気温が高すぎるのも足が遠のいている一因だ。引っ越したばかりのときは「これから毎年行こうな」と約束していたはずなのに。あの約束はいつから果たされていないのだろう。それすらもうわからない。
痛みよりも懐かしさに縮んだ胸を宥めながら、スーパーに入る。ひやりとした空気を吸い込み、歩き慣れた通路を進む。この時間帯では半額にならないよな。買い物はまとめて土日にするし、とりあえずすぐ食べられるものだけ買うか、と並んだお惣菜へと視線を向ける。揚げ物よりは焼き鳥の方がいいか。意外と美味しかったよな、と手を伸ばしかけたところで隣に並んだたこ焼きが目に入った。
夏祭りに行くと必ず買っていた。熱いってわかってるのに冷めるのを待てなくて「熱い熱い、助けて」って大騒ぎする姿を思い出す。俺ができることなんて何もないんだけど。
――こんなに熱い思いして食べたのに、たこ入ってなかった気がする。
――さっき俺、二個入ってた。
――ずるい。
――いや、俺だって食べるまで気づかなかったし。
あのあと、たこを食べた分だって焼きそば奢らされたんだっけ。俺何も悪くないのに。
ふっと蘇った懐かしさに、手にしていたカゴへと視線を向ける。せっかく早く帰ったし、な。
エアコンの冷気が十分に行き渡った頃「ただいまー」と玄関から声が届く。
「おかえり」
テーブルにグラスを並べながら、前は玄関までお出迎えしていたんだっけ? と遠くなった記憶を引き寄せる。金曜日が待ち遠しくて仕方がなくて。ごはんよりも触れ合うことを心待ちにする。「明日も仕事だから」と抑えなくていい――そんな週末だったのに。
「お刺身買ったの?」
「そう、今日早く終わってさ」
「半額じゃないやつ?」
「そ、まだシールなかった」
「だよな」
部屋着に着替えた背中が「ビール、ビール」と冷蔵庫に向かう。箸を置き、先に座っていようと椅子を引いたところで「あれ?」と不思議そうな顔がこちらを振り返った。
「冷蔵庫、こんなに入ってたっけ?」
「いや、ついでだからまとめて買った」
「え、重かっただろ」
「そんなにひ弱じゃないぞ、まだ」
「まだ、ね」
プシュッと小気味いい音が響き、並んだグラスへ黄金色の液体が注がれる。ふと、頭上へ視線を向けられた気がして、こちらも同じように見返す。禿げることはないだろうけど白髪は目立つな。とか思っているんだろう。俺も思ってるし。お互いさまなので何も言わないけど。
いただきます、と乾杯するでもなく、グラスを傾ける。冷たい苦さは変わらず美味しい。変わったのは買い置きするメーカーくらいか。
「土日にまとめて買わなくてよかったの?」
醬油差しを掴んだ手がこちらへ向けられる。「先に使っていいよ」と声にされない言葉を当たり前に受け取り、小さな水たまりを作る。
「たこ焼き食べたいなと思って」
「たこ焼き?」
「夏祭りやってただろ」
「あー、だから人多かったのか」
「気づかなかった?」
「……まあ」
気にする余裕がないほど疲れていたのか。気づかないくらい急いで帰ってきたのか。俺に会いたくて? まさかな。早く会いたいと、会えることが楽しみで仕方がないと、そんな顔をする必要はもうないはずだ。でも――。
ふっと緩んだ頬のまま、言葉を紡ぐ。
「土日のどっちか、行かない?」
「あー、それで買い物ひとりで頑張っちゃったのか」
そういうんじゃない、と嘘をつく必要も、恥ずかしさを感じることももうない。そして、それを悲しいとはちっとも思わなかった。
「そうだよ」
素直に伝える気恥ずかしさよりも、あと何回伝えられるかの方が大事で。それは言葉にする必要もないくらいにきっと伝わっている。
「奢ってくれるの?」
「いいけど。ちゃんと冷まして食えよ」
「俺は火傷より喉を詰まらせないかが心配だな」
確かに、とお互いに顔を見合わせ、中身が半分になったグラスを合わせる。カチ、と控えめな音が見慣れすぎた部屋に小さく響いた。
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