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変わる空気(sideB)
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そいつと付き合ってるの俺だから。
そう言ったなら一体何人のひとが「そうなんだ」と認めてくれるだろうか。少なくとも今この教室にはひとりもいない気がする。
「彼女できたって本当?」
――それはウソ。彼女ではない。
「好きな人いないってこの前言ってたじゃん」
――この前っていつだよ。今はいるから。
頭の中で答えながら、机に突っ伏す。それでも耳だけはしっかりと言葉を捉えていた。
「じゃあ証拠見せてよ」
「写真くらいあるでしょ?」
女子の声は高くてよく響く。対して質問を受けている俺の恋人の声は小さく、よく聞こえない。なんて答えているのだろう。助けに入るべきだろうか。
でも「なんであんたが割り込むのよ」と言われたらうまく返せない気がする。今までのように「俺のものだからですー」なんて冗談ではもう言えない。
近くにいきたくて、もっと一緒にいたくて告白したはずなのに。付き合えることになったのに。前よりもうまく距離を詰められない。
ままならない。もどかしい。自分で自分を持て余している。
こんなふうになっているなんてちっとも気づいていないんだろうな。付き合うことになってもアイツの態度は今までと変わらない。ふたりでいても流れる空気は同じままだ。
「……好きだって言ったくせに」
聞こえないとわかっているからこそこぼれた言葉。もやもやしているのはきっと俺だけなのだろう。
「それじゃあ信じられないよー」
緩まない女子の圧力。きっと困った顔をしているのだろう。
そうだ。少しくらい困ればいい。
ああ、全然予想してなかったって表情だ。
隣に座るのも、肩が触れるのもいつもと同じだと思っていたのだろう。
いま家に誰もいないんだよね、って言っても
「そうなんだ。とりあえず宿題終わらせる?」
なんて返してきたくらいなのだから。
鈍いのか。ワザとなのか。モテるくせに、誰とも付き合ったことないって聞いた時は冗談かと思ったけど。この態度ならあり得るかも。
手を重ねた瞬間ですら何もわかってはいなかったのだろう。
目を閉じることすらできなかったに違いない。息を止めてしまっているのがわかる。驚きと戸惑いが絡めた指からも伝わってくる。鼻の先を擦り合わせる。唇が深く潰れても構わず続けた。
もっと動揺すればいい。
もっと俺のことを意識すればいい。
「ん……」
漏れた声とともに小さく逃げるように引かれた顎。息を吸いたかったのだろうとわかったけれど、一度なくなった距離はもう手放せなかった。追いかけずにはいられなかった。
「え、待っ……」
繋いだ手とは反対の手で耳をなぞれば、指先からビクッと震えが伝わってくる。震えた拍子にできた空間。埋めずにはいられなかった。絡み合う熱はもう指先だけではない。
――抵抗、しないんだ。
ふと気づいた事実に抑えてきた熱がさらに溢れる。予想していなかったくせに。戸惑っているくせに。俺のことを拒むことはしない。ぎこちなく受け止めようとしている。
そういうところが、さあ……。
さすがにもう苦しいだろうな、と離そうと思った瞬間だった。首の後ろに回された手が髪に触れたかと思うと同時にぐっと押し出された。
「……っ」
受け止めるだけで精一杯だったくせに。受け入れるどころか同じだけぶつけてくるなんて。
流れていた空気が変わったのを全身で感じる。
もう――どうなっても知らないからな。
そう言ったなら一体何人のひとが「そうなんだ」と認めてくれるだろうか。少なくとも今この教室にはひとりもいない気がする。
「彼女できたって本当?」
――それはウソ。彼女ではない。
「好きな人いないってこの前言ってたじゃん」
――この前っていつだよ。今はいるから。
頭の中で答えながら、机に突っ伏す。それでも耳だけはしっかりと言葉を捉えていた。
「じゃあ証拠見せてよ」
「写真くらいあるでしょ?」
女子の声は高くてよく響く。対して質問を受けている俺の恋人の声は小さく、よく聞こえない。なんて答えているのだろう。助けに入るべきだろうか。
でも「なんであんたが割り込むのよ」と言われたらうまく返せない気がする。今までのように「俺のものだからですー」なんて冗談ではもう言えない。
近くにいきたくて、もっと一緒にいたくて告白したはずなのに。付き合えることになったのに。前よりもうまく距離を詰められない。
ままならない。もどかしい。自分で自分を持て余している。
こんなふうになっているなんてちっとも気づいていないんだろうな。付き合うことになってもアイツの態度は今までと変わらない。ふたりでいても流れる空気は同じままだ。
「……好きだって言ったくせに」
聞こえないとわかっているからこそこぼれた言葉。もやもやしているのはきっと俺だけなのだろう。
「それじゃあ信じられないよー」
緩まない女子の圧力。きっと困った顔をしているのだろう。
そうだ。少しくらい困ればいい。
ああ、全然予想してなかったって表情だ。
隣に座るのも、肩が触れるのもいつもと同じだと思っていたのだろう。
いま家に誰もいないんだよね、って言っても
「そうなんだ。とりあえず宿題終わらせる?」
なんて返してきたくらいなのだから。
鈍いのか。ワザとなのか。モテるくせに、誰とも付き合ったことないって聞いた時は冗談かと思ったけど。この態度ならあり得るかも。
手を重ねた瞬間ですら何もわかってはいなかったのだろう。
目を閉じることすらできなかったに違いない。息を止めてしまっているのがわかる。驚きと戸惑いが絡めた指からも伝わってくる。鼻の先を擦り合わせる。唇が深く潰れても構わず続けた。
もっと動揺すればいい。
もっと俺のことを意識すればいい。
「ん……」
漏れた声とともに小さく逃げるように引かれた顎。息を吸いたかったのだろうとわかったけれど、一度なくなった距離はもう手放せなかった。追いかけずにはいられなかった。
「え、待っ……」
繋いだ手とは反対の手で耳をなぞれば、指先からビクッと震えが伝わってくる。震えた拍子にできた空間。埋めずにはいられなかった。絡み合う熱はもう指先だけではない。
――抵抗、しないんだ。
ふと気づいた事実に抑えてきた熱がさらに溢れる。予想していなかったくせに。戸惑っているくせに。俺のことを拒むことはしない。ぎこちなく受け止めようとしている。
そういうところが、さあ……。
さすがにもう苦しいだろうな、と離そうと思った瞬間だった。首の後ろに回された手が髪に触れたかと思うと同時にぐっと押し出された。
「……っ」
受け止めるだけで精一杯だったくせに。受け入れるどころか同じだけぶつけてくるなんて。
流れていた空気が変わったのを全身で感じる。
もう――どうなっても知らないからな。
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