アレルギーみたいに、突然

hamapito

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アレルギーみたいに、突然

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 喉の違和感に気づいたのは、スプーンを置いたとき。いや、本当は食べながら少し感じていたのかもしれない。食べ終わるまでは認めたくない、自分の食い意地が邪魔をしていただけで。
「なんか、変……」
「変って? 腐ってはないはずだけど」
 窓の向こうからは蝉の声が聞こえ、テレビからは土曜日の昼前に合わせた緩い番組が流れる。遅い朝食を終え、デザートを食べながら「今日どうする?」と話していたところだった。
「味も匂いもおかしくないし」
 向かいに座るナツが、オレンジに近い濃い黄色の果肉を口に入れる。「てか、ここまで食べてから言う?」最後のひとくちを味わいながら、眉を下げて笑う。ナツはいつも困ったような顔で笑う。
 付き合って三年、一緒に暮らして一年。ナツが眉を下げるたび、きゅっと小さく胸が鳴る。
 俺の皿には中身をとられ、器のようになったマンゴーの皮が残されている。ナツの皿も同じ状態だ。ごちそうさま、とナツがスプーンを置くのを待ってから口を開いた。
「喉がなんか、痒いっていうか、変っていうか」
 外側でない、内側の違和感。初めての感覚は言葉にしづらい。
「待って。それ、アレルギーじゃ」
「あー、なるほど」
 特に苦しさはないので自分のスマートフォンでポチポチと検索をかける。アレルギーで間違いなさそうだ。喉のほかに気になる症状はないけど。
「大丈夫? 気分悪いとか呼吸しづらいとか」
「大丈夫、大丈夫。喉ちょっと変だなーくらいだから」
「病院行かないとだな」
 うん、と頷けば、ナツが皮の載った皿を二枚持ち上げる。ありがと、とキッチンへと向かう後ろ姿を見送り、そっとため息をこぼす。
 毎年ひとつ、ナツの実家から送られてくるマンゴー。半分にしてふたりで食べるのが、とても贅沢で、夏の楽しみだった。
 初めて部屋に呼ばれたきっかけも「マンゴー食べに来ない?」というものだった。ひとつだから食べきれないことはないし、残りは冷凍するという手段もある。事実、俺が行くまではそうしていたと言う。
「部屋に呼ぶ口実?」と聞いたら、「それもあるけど。美味しいものは誰かと食べた方がもっと美味しくなるんだよ」とナツの眉が下がった。誰かと美味しいものを。その誰かに自分を選んでもらえたことが嬉しかった。マンゴーが特別好きと言うわけではなかったけど。たぶん、ナツをはっきり好きだと自覚した瞬間だった。
 そういう思い出が、大切な記憶があったのに。
「……好きだったのに」
 嫌いになったわけじゃない。むしろ好きだし、もっと食べたいと思っている。去年もその前もなんともなかった。どうして急にこんなことになるのか。体が受け付けなくなったことに気持ちが追いつかない。
 コト、とグラスがテーブルに置かれる。ナツは向かいではなく、隣に立ったままだ。
「来年からは俺がヒナの分も全部食べるから大丈夫だよ」
「そういうことじゃなくて」
「何か別のもの送ってもらう? 梨とか桃とか夏の終わりに楽しめるのもいいよな」
「いや、そういうことでもな」
 ふっと麦茶の香りが触れ、冷たい唇が重なった。
「食べられなくなったのが悪いなんて思わなくていいし、もっと美味しいものを一緒に探そうって言ってるんだけど?」
 焦点が合わないほどの距離でも、ナツの眉が下がったのがわかる。トン、と優しく額がぶつかった。
「一緒に食べられるものが減っちゃったのは悲しいけど、でも、ヒナと食べたいものなんて、数えきれないくらいいっぱいあるよ」
 好きでもどうしようもないことはいっぱいある。
 ナツを好きだと思えば思うほど、いつまで一緒にいられるのかという不安が膨らみ続けるように。好きだからこそ苦しい。この苦しさに耐えられなくなったら、俺はナツから離れてしまうのだろうか。
 アレルギーみたいに、突然。
 もう一緒にはいられないと。体が拒否するかもしれない。だけど……。
「たとえば何食べたいの?」
「バクラヴァとか?」
「バ、なに?」
 耳慣れない単語に、胸の中で広がっていた苦しさが掻き消える。
「トルコのお菓子」
 トルコ、と口の中で繰り返すがすぐには飲み込めない。
「日本でも食べられるお店見つけてさ、だから休み合わせて旅行したいなって」
 ふっと吐き出された息が柔らかく肌を撫でる。
 ああ、そうか。一緒にできないことがひとつ増えても。一緒にいられない理由がひとつ見つかっても。それらを超えてしまう、掻き消してしまうひとつがあればいい。
 きっとナツにはそういうひとつがたくさんあるのだろう。だから、俺はナツのことが好きなのだ。
「ヒナはどこか行きたいところある?」
 いつのまにか話が食べたいものから行きたい場所へと移ってしまっている。
「ナツ、本当はマンゴーそんなに好きじゃないだろ」
 えっ、と揺らいだ視線を俺は見逃さない。
 好きでも受け入れられないことがあるように、嫌いでも受け入れられるものもある。
「実は……」
 恋人の可愛い告白を聞けるのだから。アレルギーがひとつ見つかっても、今日が楽しい休日であることは変わらない。

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