チョコレートよりも中毒性の高い甘さを

hamapito

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ポッキーはまた明日

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 テスト前に一緒に勉強するのは、付き合う前からのこと。ご両親がいようが、妹さんがいようが関係ない。「勉強教えてほしい」と俺が言えば「いいよ。うちでやろ」と当たり前に返ってくる。
 でもさ、付き合ってからは違うじゃん。しかも「今日誰もいないんだよね」って言われたらさ、なんか考えちゃうじゃん。ふたりっきりなんだなって。だって、俺たち恋人になったわけだし……。
 そんな俺の期待は、この一ヶ月ことごとく外された。向かいではなく隣に座れば「じゃあ、俺があっち行くわ」とテーブルを挟まれる。いや、勉強するには向かい合わせの方がしやすいんだけど。
 じっと視線を送れば「なに? なんかついてる?」と言われ、素直に伝えられる言葉もなく「べつに」と返して終了。
 ずっと友達だったから? だからなんかうまくいかないの? でも、でもさ、俺めちゃくちゃ頑張って告白したんだよ。もう一生分の勇気使い果たしたなってくらい。だから、このあとは、ほら、もう自然と流れでできるものだと思っちゃったわけ。
 それなのに、いまだに手すら繋げないって、ヘタレにもほどがあるよな。付き合って一ヶ月経つのに。その間にふたりきりになったことなんて、数えきれないくらいあるのに。
 今日も、カリカリとシャープペンシルの芯が文字を並べていく。正面に座る彼氏はノートと問題集しか見ていない。軽く握られた左手が無防備に置かれている。いまなら手を伸ばしても気づかない。触れるまでは気づかない。触れたら、少しは変えられるだろうか。この、ど健全にもほどがある空気を。緊張が心音を上げていく。あと少し。あと少しで指が触れ……。
「あ、そういえば」
 ぱっと目の前で顔が上がり、反射的に手を引っ込める。
「お菓子あったの忘れてた」
「あ、あー」
「取ってくるから待ってて」
「うん」
「どうかした?」
「べつに? どうもしないけど?」
 バクバクと落ち着かない心臓を抱えたまま、へらりと笑ってシャープペンシルを握り直す。「ふーん」と微妙に納得していないような返事が聞こえたが、問題集を読んでいるふりをする。だって素直に言えるわけない。触れたかったけど失敗しました、なんて。手を繋ぎたいけどどう言えばいいかわからない、なんて。恥ずかしすぎて無理。万が一、断られたら、たぶん俺泣くと思うし。たとえそれがいつもと同じノリの、冗談みたいな一言でも。すきなひとから言われたら、俺の心が無理すぎる。
「じゃあ、取ってくるわ」
「おう」
 片手だけ上げて、部屋を出ていく気配を体で感じ取る。階段を降りる音が聞こえて、ようやく息を吐き出した。
「あー、もう」
 すきだから近くにいきたい。すきだから触れたい。自分にとっては、とても自然な感情だ。もっと近くにいきたくて、当たり前に触れたくて、だから告白した。
 すきだって。フラれる覚悟もしていたけど、返ってきたのは「俺も」という、嬉しすぎる言葉だった。そっか。同じだったんだ。そっか、と何度も噛みしめて、その場でジャンプした。やったー、って。でも……。
「ほんとに『同じ』なのかな」
 ちら、と隣に置いたリュックへと視線を向ける。ファスナーが半分開いた隙間から、赤い箱が少しだけ見える。手も繋げていないので、キスなんて先の先……。でも、ゲームにしちゃえば意外といけたりするのでは? と安易に考えたものの、そもそも取り出すことすらできなかった。「えっ」ってひかれたら、立ち直れない。笑えない。ポッキー嫌いになる。
 コンビニで「これだったらいけるのでは?」とか無邪気に考えた昨日の俺よ、無理なもんは無理だよ。だって俺、ヘタレじゃん……。そして今日もそのままリュックに入っている。もうポッキーの日じゃないのに。
 どうしたら、そういう空気になるんだろう。もういっそ「コレ押したらなります」みたいな、わかりやすいスイッチでもあればいいのに。
「難しすぎる」
「なにが?」
「ぅわっ」
 すぐ近くで聞こえた声に振り返れば、いつのまにか戻ってきていた。まったく気配なかったけど? 俺の彼氏、忍びなのかな。
「いや、驚きすぎだろ」
「だって……お菓子って、それ?」
 見慣れた赤いパッケージに、思わずリュックへと視線を向けてしまった。
「なに? なんかあるの?」
「いや、べつに」
「じゃあ、見ても問題ないよな」
「あっ、いや、待っ」
 リュックの前にしゃがんで、遠慮なく手を突っ込まれる。恋人だからじゃない。友達のときから、そう。ぱっと取り出されたのは、まったく同じ箱。
「あれ、同じじゃん」
 はい、バレました。思わず視線を背ける。いや、俺がどんな気持ちで買ったのか、下心まではバレてないわけで。たまたま同じお菓子を買っただけ。それだけ。なにもやましいことなんてない。うん、それでいこう。よし、と設定を確認し、視線を戻す。
「いや、昨日……」
 たまたま買った。食べたくて。用意したはずの言葉が喉から先に行かない。待って。なに、その顔。だって、自分で「お菓子あったの忘れてた」って。「取ってくるわ」って。いつもと何も変わらない声で、顔で、言ってたじゃん。だって、俺たち、ふたりでいても、いつもそういう空気にならないじゃん。ならなくて困ってたわけで。わかりやすいスイッチでもあればいいのにって、そう……。
 こく、と唾を飲み込み、ゆっくり口を開く。
「顔赤すぎじゃない?」
 言葉のチョイス下手すぎか。これじゃあ、せっかくの空気が戻るだろ。
「……そっちこそ」
 いや、まだいけるわ。全然いける。だって耳まで赤いし。たぶん俺もだけど。
「あのさ」
 お菓子が被っただけで赤くなる理由なんて、ひとつだよな。俺と同じこと考えてたってことだよな。
 ――俺も。
 とても短い返事を思い出す。あのときも耳が赤かった。
 友達から変わるのは気恥ずかしくて、いつもどおりが一番ラクで。近づきたいと思いながら、雰囲気とか空気とか、そういうもののせいにして。
 でも、ほんとはただこわかっただけだ。一度触れてしまったら、知らなかったときには戻れないから。変わってしまったら、変わる前には戻れないから。
 でも「同じ」なら、こわくない。
「ゲーム、しなくていいよな」
 さっきは届かなかった手をゆっくりと伸ばす。待って。頬? 耳? 首? どこに触るのが正解なんだ? 必死にマンガとかドラマとか思い出そうとするけど、こんな状況で頭が働くはずもなく。かと言ってこのチャンスを逃したくはないわけで。あー、待って。一時停止したい。間違えたくない。正解どこ?
「ふっ」
 順調に縮んでいた視線が外される。くすくすと堪えきれない笑いが肩の震えでわかってしまう。あー、また、失敗……。
「待たせすぎ」
 間近で響く声よりも、戻ってきた視線よりも先に、宙に浮いていた手を掴まれ、一瞬で視界を奪われた。焦点が合わない距離のなか、触れているのは、手だけじゃない。
 柔らかく潰された感覚だけが、残される。
 味じゃない。温度なんて感じる時間もない。だけど、なんていうか、これ。
「……あっま」
 内側からわきあがる熱が、いつもより濃い香りが、肌に触れる息が、なによりもここにある空気そのものが、甘いとしか言えない。これは、たぶん、やばいやつ。
「わかる」
 そんな顔して笑ったらさ、同じだって言われたらさ。主張を強める心音に耳を塞がれながらも、尋ねてしまう。
「お菓子、今日も食べられなくていい?」
「……いいよ」
 ポッキーの日ありがとうございます。最高すぎます、と心の中でこっそり感謝して、チョコレートよりも中毒性の高い甘さにもう一度触れた。一度で終われるのかはわからないけど。

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