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◎
鳥のさえずりが聞こえ、ランスは目を覚ました。
むくりと起き上がろうとして、がっちりホールドされていることに気づく。
──ああ、そういえば……。
隣ですやすや眠っている美貌の男を見やり、ランスは自分を抱いている腕をほどいて、ズルズルと寝床を這い出した。
「おはようございます」
完全に抜け出す手前で、足首をがっちりと掴まれる。
ランスは凍りついた顔で振り返った。
「離せ」
「どこ行くんですか?」
「朝飯の支度するんだよ! あと、パンツ返せっ!」
下着を取り戻し、服を身に着け、ランスはテントの外に出た。
──くそ腰イテェ……。
正直に言って、若さと体力で好き放題にされた体は、悲鳴を上げている。
が、サポートとして仕事を引き受けた以上、やるべきことはやらねばならない。
熾火にしてあった焚き火を戻し、昨夜解体したアルミラージのささみ肉を枝に刺して炙る。
小麦粉を練って引き伸ばし、表面がツルツルしている石に貼って肉同様に炙る。
「ああ~、腰イテェ!」
屈んだところで、とうとう声に出して言ってしまった。
「あ、すみません。気付きませんでした」
ススッとユーリイが傍に寄り、ランスの腰に手を当てた。
「なんだっ!」
「大丈夫です。治癒の魔法を掛けるだけですから」
ふわっと温かい感じがしたところで、腰の痛みがすうっと軽くなった。
「うお……」
「僕、ランスに無理がさせたいわけじゃないですから、そういうことはすぐ言ってくださいね」
チュウっと頬にキスをされて、ランスは思わず飛んだ。
「うわっ! ととと……」
「危ないですよ」
飛んだところでバランスを崩すと、長い腕が伸びてきて支えられる。
「てか、なんで俺なんだよ!」
「人を好きになるのに、理由なんてありません」
「いや、あるよ! どんな些細な事でも、無いわけナイから!」
じわっと焼き上がった小麦の香りに、ランスは慌ててユーリイから離れた。
薄焼きのパンのようなものに、生で食べられる野草を乗せその上に炙ったささみ肉をのせ、二つに折る。
「ほら。あと、これを」
カップに注いだ薬草茶を渡すと、ユーリイはまたしてもそれはそれは嬉しそうに、朝食を受け取った。
「お肉が全然ぼそぼそしてなくて、美味しいです」
「炙ってすぐに火が通る厚さにすれば、固くならないからな」
「こっちは、お茶というよりコーヒーみたいですね。香りが良くて、苦みが口に残らないから、清々しいです」
「煎ってから煮出すだけだ」
「ランスさんの知識は、本当に幅広いですよね。こういうのって、どこで覚えたんですか?」
「覚えるというか……。俺は戦闘のセンスが皆無だから、少しでもパーティに貢献するために、試行錯誤しただけだ」
実際、言葉通りのことしかしていない。
戦闘で役に立たない魔力ならば、居心地の良さを作るために使う。
ランスをカバーするために命をかけてくれる友人たちを、翌日再び力いっぱい戦える状態に休息できる空間を作る。
少しでも美味しい食事を、身体を整えるための癒やしを、じっくりと回復するための睡眠を、自分の力で提供できるように……と。
「よく、ランスを手放しましたね。最初のパーティの皆さん」
「仕方ないさ。ユリィのように余裕があるなら別だが、四級冒険者じゃ自分を養うのがせいぜいで、怪我した奴の面倒まではみられない」
「でも、ギルドは怪我をした人に優遇処置をしてくれるでしょう?」
「だが、怪我をしてない連中は余裕がない。俺を欠いた状態でもパーティが切り盛りできるようになったら、無理して俺を雇う必要はないんだよ」
言葉にしてしまえば、それだけの話でしかない。
それは現実であり、誰が悪いわけでもない。
魔獣の爪で引き裂かれた腱は、長期に渡って治癒魔法を施されたおかげで繋がり、動くに問題のない状態にはなったが。
人間関係は、治癒魔法で治せはしないのだ。
「でも……、納得はできません」
「そりゃユリィが、まだ青い証拠さ」
答えて、ランスは立ち上がった。
「出かけよう。湿っぽい話は、もうごちそうさまだ」
ユーリイは、なにかまだ不満そうな顔をしていたが、ランスは無視して焚き火の後始末を始めた。
◎
テントを片付け、出発の準備を整えたところで、ユーリイがバッグからなにかを取り出して渡してきた。
「これ、使ってください」
「防毒マスク……か?」
「はい。僕は耐毒訓練もしてますから」
「わかった。ありがたく使わせてもらう」
被ると視界の邪魔になるし、かなり暑い。
だが、コカトリスの危険性を理解しているランスは、外したりはしなかった。
「浅層に出てきたばかりとなれば、トリックスグラスの分布を調べても意味なさそうだよな」
「ですね。いっそ、派手に植物が枯れてる地帯でも見つかれば楽なんですが……」
流石に一級冒険者のユーリイは、上位種の魔物を狩るコツを知っている。
知識のみで、経験は遠い昔のもののみの自分とは、勘もなにも違うだろう。
とすれば、余計なことは言わずにユーリイの指示に従うべきだ。
様子をみながら進むユーリイのあとを、ランスも気配を殺して進む。
しばらく進んだところで、ユーリイが振り返らずに手で合図を送ってきた。
──止まって、そのまま動くな。
立ち止まったランスは、そこで身をかがめる。
ユーリイは、素晴らしい身のこなしで傍の木にするするっと登った。
前のユーリイがいなくなったことで開けた視界に、毒に枯れた木の枝が見える。
──この先に、いるのか……。
ユーリイが、飛翔するように枝を蹴ったかと思うと、コカトリスの甲高い鳴き声が響いた。
戦闘が始まったところで立ち上がり、ランスは木立の隙間から様子をうかがった。
ユーリイの剣は、数々の装備品と同じく魔物素材の高級品だ。
剣身に魔力を巡らせることで、その属性に応じた効果をもたせることが出来る。
今は雷撃をまとわせているのが、遠目でも輝きから察せられた。
ショックで相手の動きを止めたり、鈍らせる効果を期待しての選択だろう。
牽制をしながらユーリイが魔法を放つ。
轟音とともに、閃光が走り、コカトリスの頭上に落雷した。
──流石、一級。魔法も豪快だな……。
コカトリスが動きが止まったことを確認してから、ランスはそちらに歩みだす。
「お見事」
「いえ、少し手間取りました」
ユーリイがコカトリスに背を向けた時、絶命したと思っていたコカトリスが揺らめいた。
「ユリィ!」
ランスの叫びにユーリイが振り返るが、それより早くコカトリスが甲高い雄叫びを上げる。
咄嗟に、ランスは全力でユーリイの体を突き飛ばした。
視界を、紫色をした毒の霧に包まれる。
マスクをしていても、皮膚に毒が触れて、ランスはたちまち身動きができなくなった。
「ランスッ!」
ポイズンブレスから逃れたユーリイは、即座に動いてコカトリスの首を切り落とした。
「ランスッ! ランスッ!」
駆け寄ってきたユーリイが、ランスの体を抱いて揺する。
顔からマスクが取れて、地面に落ちた。
「莫迦……やろ……、揺すったら、毒が余計に回る……」
「あ……、すみません……」
「心配……すんな。マスクもしてたし……、俺は……昔、コカトリスの毒で死にかけたことがあるから……、少しばかりだが……、耐性があるんだ」
「そ……そうなんですか?」
「こ……コカトリスは……、バッグに……。解体は……あとでしてや……るから……」
ランスの体から力が抜けて、カクンと意識を失う。
「こんな時まで、仕事の話して……」
ユーリイは、震える手でランスの体をぎゅうっと抱きしめた。
鳥のさえずりが聞こえ、ランスは目を覚ました。
むくりと起き上がろうとして、がっちりホールドされていることに気づく。
──ああ、そういえば……。
隣ですやすや眠っている美貌の男を見やり、ランスは自分を抱いている腕をほどいて、ズルズルと寝床を這い出した。
「おはようございます」
完全に抜け出す手前で、足首をがっちりと掴まれる。
ランスは凍りついた顔で振り返った。
「離せ」
「どこ行くんですか?」
「朝飯の支度するんだよ! あと、パンツ返せっ!」
下着を取り戻し、服を身に着け、ランスはテントの外に出た。
──くそ腰イテェ……。
正直に言って、若さと体力で好き放題にされた体は、悲鳴を上げている。
が、サポートとして仕事を引き受けた以上、やるべきことはやらねばならない。
熾火にしてあった焚き火を戻し、昨夜解体したアルミラージのささみ肉を枝に刺して炙る。
小麦粉を練って引き伸ばし、表面がツルツルしている石に貼って肉同様に炙る。
「ああ~、腰イテェ!」
屈んだところで、とうとう声に出して言ってしまった。
「あ、すみません。気付きませんでした」
ススッとユーリイが傍に寄り、ランスの腰に手を当てた。
「なんだっ!」
「大丈夫です。治癒の魔法を掛けるだけですから」
ふわっと温かい感じがしたところで、腰の痛みがすうっと軽くなった。
「うお……」
「僕、ランスに無理がさせたいわけじゃないですから、そういうことはすぐ言ってくださいね」
チュウっと頬にキスをされて、ランスは思わず飛んだ。
「うわっ! ととと……」
「危ないですよ」
飛んだところでバランスを崩すと、長い腕が伸びてきて支えられる。
「てか、なんで俺なんだよ!」
「人を好きになるのに、理由なんてありません」
「いや、あるよ! どんな些細な事でも、無いわけナイから!」
じわっと焼き上がった小麦の香りに、ランスは慌ててユーリイから離れた。
薄焼きのパンのようなものに、生で食べられる野草を乗せその上に炙ったささみ肉をのせ、二つに折る。
「ほら。あと、これを」
カップに注いだ薬草茶を渡すと、ユーリイはまたしてもそれはそれは嬉しそうに、朝食を受け取った。
「お肉が全然ぼそぼそしてなくて、美味しいです」
「炙ってすぐに火が通る厚さにすれば、固くならないからな」
「こっちは、お茶というよりコーヒーみたいですね。香りが良くて、苦みが口に残らないから、清々しいです」
「煎ってから煮出すだけだ」
「ランスさんの知識は、本当に幅広いですよね。こういうのって、どこで覚えたんですか?」
「覚えるというか……。俺は戦闘のセンスが皆無だから、少しでもパーティに貢献するために、試行錯誤しただけだ」
実際、言葉通りのことしかしていない。
戦闘で役に立たない魔力ならば、居心地の良さを作るために使う。
ランスをカバーするために命をかけてくれる友人たちを、翌日再び力いっぱい戦える状態に休息できる空間を作る。
少しでも美味しい食事を、身体を整えるための癒やしを、じっくりと回復するための睡眠を、自分の力で提供できるように……と。
「よく、ランスを手放しましたね。最初のパーティの皆さん」
「仕方ないさ。ユリィのように余裕があるなら別だが、四級冒険者じゃ自分を養うのがせいぜいで、怪我した奴の面倒まではみられない」
「でも、ギルドは怪我をした人に優遇処置をしてくれるでしょう?」
「だが、怪我をしてない連中は余裕がない。俺を欠いた状態でもパーティが切り盛りできるようになったら、無理して俺を雇う必要はないんだよ」
言葉にしてしまえば、それだけの話でしかない。
それは現実であり、誰が悪いわけでもない。
魔獣の爪で引き裂かれた腱は、長期に渡って治癒魔法を施されたおかげで繋がり、動くに問題のない状態にはなったが。
人間関係は、治癒魔法で治せはしないのだ。
「でも……、納得はできません」
「そりゃユリィが、まだ青い証拠さ」
答えて、ランスは立ち上がった。
「出かけよう。湿っぽい話は、もうごちそうさまだ」
ユーリイは、なにかまだ不満そうな顔をしていたが、ランスは無視して焚き火の後始末を始めた。
◎
テントを片付け、出発の準備を整えたところで、ユーリイがバッグからなにかを取り出して渡してきた。
「これ、使ってください」
「防毒マスク……か?」
「はい。僕は耐毒訓練もしてますから」
「わかった。ありがたく使わせてもらう」
被ると視界の邪魔になるし、かなり暑い。
だが、コカトリスの危険性を理解しているランスは、外したりはしなかった。
「浅層に出てきたばかりとなれば、トリックスグラスの分布を調べても意味なさそうだよな」
「ですね。いっそ、派手に植物が枯れてる地帯でも見つかれば楽なんですが……」
流石に一級冒険者のユーリイは、上位種の魔物を狩るコツを知っている。
知識のみで、経験は遠い昔のもののみの自分とは、勘もなにも違うだろう。
とすれば、余計なことは言わずにユーリイの指示に従うべきだ。
様子をみながら進むユーリイのあとを、ランスも気配を殺して進む。
しばらく進んだところで、ユーリイが振り返らずに手で合図を送ってきた。
──止まって、そのまま動くな。
立ち止まったランスは、そこで身をかがめる。
ユーリイは、素晴らしい身のこなしで傍の木にするするっと登った。
前のユーリイがいなくなったことで開けた視界に、毒に枯れた木の枝が見える。
──この先に、いるのか……。
ユーリイが、飛翔するように枝を蹴ったかと思うと、コカトリスの甲高い鳴き声が響いた。
戦闘が始まったところで立ち上がり、ランスは木立の隙間から様子をうかがった。
ユーリイの剣は、数々の装備品と同じく魔物素材の高級品だ。
剣身に魔力を巡らせることで、その属性に応じた効果をもたせることが出来る。
今は雷撃をまとわせているのが、遠目でも輝きから察せられた。
ショックで相手の動きを止めたり、鈍らせる効果を期待しての選択だろう。
牽制をしながらユーリイが魔法を放つ。
轟音とともに、閃光が走り、コカトリスの頭上に落雷した。
──流石、一級。魔法も豪快だな……。
コカトリスが動きが止まったことを確認してから、ランスはそちらに歩みだす。
「お見事」
「いえ、少し手間取りました」
ユーリイがコカトリスに背を向けた時、絶命したと思っていたコカトリスが揺らめいた。
「ユリィ!」
ランスの叫びにユーリイが振り返るが、それより早くコカトリスが甲高い雄叫びを上げる。
咄嗟に、ランスは全力でユーリイの体を突き飛ばした。
視界を、紫色をした毒の霧に包まれる。
マスクをしていても、皮膚に毒が触れて、ランスはたちまち身動きができなくなった。
「ランスッ!」
ポイズンブレスから逃れたユーリイは、即座に動いてコカトリスの首を切り落とした。
「ランスッ! ランスッ!」
駆け寄ってきたユーリイが、ランスの体を抱いて揺する。
顔からマスクが取れて、地面に落ちた。
「莫迦……やろ……、揺すったら、毒が余計に回る……」
「あ……、すみません……」
「心配……すんな。マスクもしてたし……、俺は……昔、コカトリスの毒で死にかけたことがあるから……、少しばかりだが……、耐性があるんだ」
「そ……そうなんですか?」
「こ……コカトリスは……、バッグに……。解体は……あとでしてや……るから……」
ランスの体から力が抜けて、カクンと意識を失う。
「こんな時まで、仕事の話して……」
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