過去のやらかしと野営飯

琉斗六

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 昨晩野営をした場所に戻り、ユーリイはテントを張った。
 ランスが昨日整地してくれた場所ならば、野営でも寝心地は悪くないはずだ。

 あの場で、ランスには解毒剤を飲ませた。
 意識があったら拒まれたかもしれないが、口移しでなんとか一口だけ。

──耐性があって、解毒剤も飲んだ。マスクもしていて、毒を吸引はしていない。

 それだけ条件が揃えば、命の危険は無い。
 それは今までの経験から知っている。

 だが、手の震えが止まらない。
 このまま二度とランスの意識が戻らなかったら? という恐怖が、ずっとまとわりついている。

 ユーリイは、焚き火の傍でジッと身動ぎもしなかった。






 ユーリイ・アッシュホロー・ヴァルクレスト。
 それがユーリイのフルネームだ。

 長兄のアレクセイは、体は丈夫で、剣技も魔力も人並み・・・の才能を備え、少し狡猾で領地経営に秀でた、貴族の跡継ぎとして必要な資質は全て持っている人物だ。
 次兄のパヴェルは、非常に体が丈夫なことを除けば、全てが凡庸な人物であった。
 三男のユーリイは、剣技と魔力に特別優れた才能を持っていて、だれより素直で正義感に溢れた子供だった。

 それは、貴族家の三男としては、あまり求められない資質であった。
 ユーリイは、二人の兄を、兄として尊敬していた。
 だが二人の兄は、ユーリイの才に好意を示さなかった。

 アレクセイが、ユーリイの才を愛でていれば。
 もしくはパヴェルがユーリイを弟として愛していれば。

 ユーリイの人生は、違っていたかもしれない。
 余計ものとして、それほどの才があるのならば、その才で身を立てろと、追い出されることもなかったかもしれない。

 現・ヴァルクレスト侯爵は、三男を "いないもの" と扱い、成人する前に家から離した。
 それでも、ヴァルクレストの紋章のハイった短剣を渡し、もしもの時は名を使うことを許し、身を立てるために必要な費用──見習いとして最長である一年分の賄い金を持たせた。

──僕は、余計ものだ。

 14歳のユーリイは、それまでの人生を父と二人の兄の関心を買うことに費やしてきた。
 家を出された日は、その全てを否定された日だった。






 冒険者ギルドに登録をしに行った日。
 ユーリイに付き添ったのは、侯爵の側近を勤めているグスタフだった。
 子供の頃から知っている、めったに表情を動かすことのない武官。

 グスタフは、冒険者ギルドの長にアポイントを取り付けると、因果を含めてユーリイを「15才の見習い」として登録させた。
 最後に彼が一言「ご武運を」と言い、ユーリイに敬礼をしてから部屋から去ったのを覚えている。
 ギルド長はユーリイに冒険者のタグを渡し、それから受付嬢に「ランスに割り振ってやってくれ」と言った。
 受付嬢に案内されて、ギルドの一般フロアに行き、そこでランスと顔合わせをされた。
 それが、ランスロットとの出会いだった。

 クエストの受注の仕方から始まり、野営時のやり方や注意点。
 文字が読めるなら、ギルドにある魔獣の事典を見ておくこと。
 事典に書かれていたことは、実地の時に自身の五感で確認すること。
 剣技や魔力がどれほど優れていても、安易に大きなクエストに挑まないこと。

 ランスは、懇切丁寧に教えてくれた。
 自分が年齢詐称をしていることを知っても、事情があるなら仕方がないと流してくれた。

 ランスの作る野営時の食事、寝床。
 指導を真似て上手く出来た時には、手放しで褒めてくれた。
 失敗をした時は、上手く出来るまで根気よく付き合ってくれた。
 それが、ランスの持つ──冒険者をくだらない理由で死なせないという、信条に基づく指導だと、彼は最初に告げた。
 それでも──。

──アレクセイ兄上は、才ある僕を競争相手としか見なかった。
──パヴェル兄上は、僕を見て見ぬふりをした。
──父上は、僕をいないものと扱った。
──僕を手放しで褒めてくれたのは、ランスしかいない。

 15歳の誕生日を祝ってくれたのは、ランスだけだった。

 それでも、ユーリイ自身は分かっていた。
 ランスに執着をするのは、筋が違う……と。

 だが、ランスの元を "卒業" して、冒険者として活動を始めたところでもまた、ユーリイは躓いた。






 冒険者として活動を始めて、ユーリイはトントン拍子に三級まで進んだ。

 剣技も魔力も、素養は充分。
 最初に持たされた装備品も、侯爵家では最底辺の兵が持つような品であったが、駆け出しの冒険者が持つには分不相応な上級品ばかり。

 だが──そこで足が止まった。
 三級から二級に上がるには、大きな壁がある……と言われている。

 二級指定の魔獣は、知恵や特性を持つ。
 集団で連携を取ったり、待ち伏せなどの罠を張る。
 毒や麻痺といった、状態異常を起こす爪やブレス。
 更に初級の魔法を扱うものもいる。

 つまり、今までのような "力押し" 一辺倒で倒せなくなってくるのだ。
 パーティのバランス、戦術、連携。
 そういった互いの信頼や力量を見誤らない冷静さなど。
 そうした準備と調整で、多くの冒険者が先へ進めなくなるのだ。

 だが、ユーリイが躓いたのはそこではなかった。
 父や兄からの信頼と称賛を欲して、幼少から鍛えた体と技。
 潤沢な魔力と、高貴な血筋によって恵まれた魔法の知識。
 純粋な戦闘力だけで言えば、既に "人間の域" を超えたと、長年多くの冒険者を見てきたギルドでさえもが認めるほどだった。
 戦術や対策、臨機応変な対応もまた、幼い頃から騎士団に混ざって学んだものが基礎になっていた。

 問題は──それ以外。
 主に人間関係に関するそれだった。

 ユーリイは、パーティにランスと同等の支援を求めた。
 冒険者の指導をされた、あの "一年" が、ユーリイの基準となっていた。

 それが、最初のズレとなった。

 一般的な冒険者──三級までトントン拍子にランクを上げ、次なる試練に挑もうとしているものたちは、冒険者の遠征になんの期待も持ってはいない。
 野営とは、食えるものを食べ、寝床の硬さを我慢し、目的を達成すること以外に気など払わないのが当たり前だ。
 それ以上の環境を求めるのは、二級に上がったあとに考えること……であった。

 ユーリイとパーティメンバーの間に生まれた、価値観の溝は、結局最後まで埋まらなかった。

 狩った魔獣を手渡せば、自分で解体をしろと返される。
 肉は火が通っていないか、もしくは焦げたものしか出てこない。
 テントを張って食事が出来れば上等で、寝床に気など払わない。

 期待した "当たり前" が崩れていく。
 指摘をすれば「贅沢だ」と返される。

 何人もの冒険者とパーティを組み、ポーターを雇ってみたが、状況はさほど変わらない。
 挙げ句の果てには、侯爵家の家紋入りの短剣を所持していることも含めて "贅沢病の坊ちゃん冒険者" などと揶揄された。
 パーティメンバーに求められる条件は、 "料理スキル必須" と後ろ指をさされたりもした。

 だが本当に料理人を連れて行っても、結果は同じ。
 普通の料理人は、調理場あっての料理スキルであって、野営ではその腕を振るうことは不可能だった。
 去っていった冒険者たちが「二級に上がってから考える」と言っていた状況は、本当に二級に上がったものたちと行動しても大差なかった。

 結局、だれもが野営に癒やしを求めることなど、諦めているのだ。

 だが、ユーリイは諦めきれなかった。
 現に "ランス" という存在を見て……体験してしまったあとに、それが理想であり幻想であると言われても、肯定できるはずもない。

 ユーリイが最後にすがれるたった一つの希望。
 それは、ランスの言った「待ってるよ」の約束だけだった。
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