過去のやらかしと野営飯

琉斗六

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幼馴染と暴走と野営飯

 山羊の蹄亭は、冒険者で溢れかえっていた。
 ランスとヴィオは席を確保し、エールと串焼きを注文して、改めて向かい合う。

「懐かしいな、何年ぶりだ?」
「俺が怪我をしてからだから、12……いや13年ぶりだなぁ……。あん時は迷惑を掛けて済まなかった」

 テーブル越しに、ランスは頭を下げる。

「なにを言ってるんだ! こっちこそ、タンクとして敵のヘイトを集めきれず、サポーターのランスを守れなくて、済まなかった」

 そこでヴィオが頭を下げ、二人は互いに謝罪をしあっていたが……。
 エールを運んできた顔なじみの女給に「なにしてるんですかぁ?」と声を掛けられ、思わず互いの顔を見合わせる。

「謝罪はもういい! 昔のことだ。飲もう!」
「ああ、そうだな」

 木製のジョッキをぶつけ合い、二人はエールを味わった。

「それで、今までどこに行ってたんだ?」
「辺境だ。昇級したくて、討伐メインにしてたからな」
「アレッサや、カイルはどうしてる?」

 同郷で、一緒に王都へ登った他のパーティーメンバーの名を口にすると、微かにヴィオの表情が曇る。

「どうした?」
「実は……、アイツらとはもう疎遠になってしまってるんだ……」

 言いづらそうに、ヴィオは手元の串焼きに視線をあてて言った。

「え……?」
「俺が……昇級がしたいと言ったら、意見が分かれてな。三級でダンジョンに潜っている方が、稼ぎは安定するだろう?」
「うん……まぁ、確かにな」

 言葉を濁したあと、ランスは場の空気を変えるように話題を逸らす。

「しっかし、二級だって? あの泣き虫が出世したもんだ!」
「はははっ。いや、実際に泣き虫だったことは否定出来ないが。もう50が見えたおっさんだぞ。カンベンしてくれ」
「悪い、悪い」

 はははは……とランスは笑う。
 こんなざっくばらんで無遠慮な会話が出来るのも、幼馴染の特権だ。

「あのヴィオがなぁ。よくやったなぁ」
「まあ、ようやく……だがな。というかそっちだって二級だし、ハンターの称号持ちなんだろう?」
「俺のは……まぁ、おまけみたいなもんだ」

 誤魔化すように、ランスは笑う。
 ヴィオは胸元からドッグタグを取り出し、差し出した。
 ランスはそれをわざと大仰に、恭しく受け取る。

「うん! うん! おめでとう、ヴィオ! 今後の活躍が楽しみだな」

 ランスは、我がことのように喜んだ。

「それで、やっぱり一級を目指すのか?」
「まさか! もう俺もいい年齡としだ。そろそろ引退を視野にこれからは老後資金を貯蓄しようと思ってな。所属を王都のギルドに戻したんだ」

 ドッグタグをランプの光にかざし、矯めつ眇めつ眺めているランスを、ヴィオは目を眇め、微笑みを浮かべて見つめた。

「なあ、ランス」
「なんだ?」

 呼びかけられて、ランスはヴィオの顔に視線を移す。

「俺が、王都のギルドに籍を移したのは、おまえに会いに来たからなんだ」
「えっ? わざわざ昇級を教えに来てくれたのか?」
「いや……そうじゃなくて……。……ん、結果的にはそうなるんだが……」

 ごにょごにょと口ごもりつつ、ヴィオは迷うように視線を彷徨わせた。

「なんだよ?」

 しばらく迷うように目線を巡らせたあと、ヴィオは覚悟を決めたようにランスの顔を正面から見る。
 酒のせいか頬は紅潮し、年相応にシワが刻まれた顔に、村を出た当時の少年の頃の輝きを取り戻した瞳をしている。

「……俺は、おまえとパーティーを組み直したいと思って来たんだ」
「えっ……」

 ランスは、驚いてヴィオの顔を見つめた。


§


 ヴィオの誘いを理解して、ランスは胸が熱くなる。
 そして──。
 数秒あとに、込み上げてくる感情を押さえきれず、思わずポロッと涙をこぼした。

「ラ……ランスっ?!」
「いや! 済まん! 済まん……」

 言葉をつまらせ──。
 けれど、ヴィオに何かを言わせまいと、ランスは押し留めるように手を前にかざして振った。

「──ごめん……。その……。おまえが……まだ俺のことを本当に気にかけてくれていたことが……嬉しくて……」
「あ……当たり前じゃないか! ランスがいなかったら、俺は冒険者になろうなんて決して考えなかった! いわば、今の俺があるのは、ランスのおかげなんだぞっ!」
「だが、俺はヘマをして、怪我を負った。……結局、あの時、俺はヴィオの荷物になった……」
「だからそれは、俺がタンクとしてランスを守れなかったから……」
「いや、あれはヴィオの所為じゃない。スタンピードを起こして氾濫しているダンジョンでは、それぞれが自分の命を守るのが当たり前だ。……むしろ、怪我を負った俺を出口まで運んでくれたヴィオには、感謝しかないぞ」

 ランスの言葉に、ヴィオは微かに相貌を崩した。

「じゃあ……」
「うん……。ありがとう、ヴィオ。すごく嬉しい申し出だ。だが、俺は今ユーリイのパーティーに所属している。サポーターとして、それなりに頼りにされて仕事をしていて……。申しわけないが、その申し出を受けるわけにはいかないんだ」

 ランスの答えに、ヴィオのジョッキを口に運ぶ手が止まった。

──そりゃ、そうだよな……。

 怪我を負い、冒険者稼業をしばらく休まねばならなくなった時。
 他のパーティーメンバーの生活も守らねばならない状況に立たされたヴィオは、ランスをパーティーから外すことを泣きに泣いて詫びた。
 壁と呼ばれる二級への昇級は、その件の後悔が強い衝動になっていたに違いない。
 やっと、当時の穴埋めを……と持ってきた話を、断られるとは思っていなかったのだろう。

「本当に済まん! 俺なんかを、そこまで気にかけてくれるのなんて、この世にヴィオだけだ。だけど、俺は仕事を中途半端で放り出すようなこともしたくなくて……」

 ヴィオは、首を横に振った。

「いいんだよ、ランス」

 浮かべられた微笑みは、落胆を混ぜた苦いものに見えたが──。
 しかしランスのよく知る、ヴィオの人のよい笑顔でもあった。

「わかってる。ランスが途中で仕事を放り出すような性格じゃないことは、俺が一番知ってるよ。……だが、断られたからって諦めるわけじゃない。そっちのパーティーに不都合があったら、こっちに話があったことを覚えておいてくれ」
「すまん。ありがとう」

 細やかに気遣いをしてくれる幼馴染に、ランスは思わず目頭が熱くなった。
 じわっと滲み出てきた涙を、袖口で慌てて拭う。

「なんだ。ガキ大将のランスらしくもない。年齡としの所為で涙もろくなったんじゃないのか?」
「うるさい! ほっとけ!」

 笑い合い、ランスはヴィオに勧められるまま、ジョッキの数を重ねていった。


§


 翌朝、ランスは宿のベッドの上で目を覚ました。

──どこだ、ここ……?

 見慣れた、安宿の天井……ではない。
 が、ユーリイが使う、高級宿……でもない。

 ランスがキョロキョロしていると、扉にノックの音がした。

「ヴィオランさん! ギルドから使いが来てるよ!」

 扉の向こうの──宿の女中は伝言だけを一方的にまくし立てて、去っていく足音がする。

「ギルドから~……? あたたたた……、飲み過ぎだ……」

 ランスの隣で、ヴィオが起き上がった。

「あ~、おはようランス。眠れたか?」
「おはよう、ヴィオ。ひどい顔だな」
「二日酔いだ……。というか、ランスは平気なのか?」

 ランスはベッドから降りた。
 昨夜の記憶を手繰ると、山羊の蹄亭でエールを飲んだあとに、秘蔵のウィスキーがあると言うので、ヴィオの宿に場所を移し、そこで杯を重ねた。
 途中から記憶がかなりアヤシイが、現状を見るに、酔った挙げ句に下着一枚で、ベッドに二人で雑魚寝をしたようだ。
 椅子の上に乱暴に脱ぎ散らかした自分の服を取り、道具袋の中から一包の薬包を取り出す。

「ほら、これ」
「おお~、懐かしいな。ランスの手製薬かぁ~」

 受け取ったヴィオは、それを水差しの水と共に飲み下す。

「ぐあー! 相変わらず、凄まじいな」
「まぁ、本来は薬じゃないしな」

 それはいわば、ランスオリジナルのスパイスである。
 野営の際、そこらにある適当な〝食べられる草〟を集めて、ハーブの代わりに使っているランスだが。
 道具袋の中に、いざという時のための〝乾燥スパイス〟を常備している。

 そもそもランスが野営料理の時に使う〝食べられる草〟は、ポーションや毒消しなどに使われる薬草類であるため、料理を食べることで体調が良くなったり、不快な野営地でも良質な睡眠が取れる効果がある。
 それらを乾燥させた粉は、言わば省略版のポーションであり、二日酔いの頭痛や吐き気を抑えることもできるのだ。

「ギルドからわざわざ呼び出しが掛かるなんて、さすが二級冒険者」
「からかうな。そも、俺は昇級したばかりで、呼び出しされるのなんて初めてだ」

 身支度を整え、部屋を出る。
 階下に降りるとギルドの使者が待っていた。

「じゃあ、俺はここで」
「ああ、またなランス」
「またな」

 使者を待たせたまま、ヴィオは帰っていくランスの背を、いつまでも見送っていた。
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