過去のやらかしと野営飯

琉斗六

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幼馴染と暴走と野営飯

 セーフティエリアで一夜を明かし、出発前に一度、確認のためのミーティングをする。

「先遣隊の生き残りたちの証言はバラバラだが、トータルで考えると最初の接敵せってきはこの辺りだと思われる」

 広げた地図は、ランスが若い頃からコツコツとメモを取り、自力で作ったダンジョンマップだった。

「ほほう、こんな便利なものを持っておったのか」
「懐かしいですね。ダンジョンマップの書き起こし方を教わった時に、見せてもらって以来です」

 稼ぎのタネとなるダンジョンマップは、冒険者にとって一種の〝機密情報〟だ。
 冒険者を死なせないために、ギルドがある程度の情報公開はするが、中層ちゅうそう以降の攻略は完全に自己責任の範疇となる。

「俺はこのダンジョンで稼いでいたことがあるからな。ただし、俺は最近、浅層しか潜ってない。中層ちゅうそうの情報が古いことは、覚悟してくれ」
「わかりました」
「うむ。仕方なかろうな」

 二人が了承するのを確認してから、ランスは指し示す位置を変えた。

接敵せってきを予想している地点の傍に、セーフティエリアがある。スタンピードが既に起きていたら、セーフティエリアもヘッタクレもないが。まだなら生き残りが避難している可能性があるはずだ」
「では、とりあえずそこを目指そうではないか」

 方針が決まり、一行はセーフティエリアを出た。


§


 中層ちゅうそうに入ると、ポツポツと魔獣との接敵せってきがあった。

「ダンジョンって、こんなに接敵せってき少なかったですっけ?」

 二足歩行の牛頭ミノタウロスを斬り伏せたところで、ユーリイが呟く。

「うむ。これはスタンピードの予兆の一つであるな。ダンジョン内の魔獣のかずが減り、その後突然数を増す。波のように増減を繰り返したのち、爆発的にかずが増えるのが〝スタンピード〟なのだ」
「その増減の波だけで終わる──つまり〝予兆〟だけで終わる場合もある」
「いくら稼げると言っても、ダンジョンって危険過ぎません?」
「だが、冒険者が稼ぎに潜ることで、間引きをしている意味合いもあるからな」
「そういうものですか……」

 優れた身体能力と高位貴族の血筋ゆえに持つ、恵まれた魔力を持つユーリイにしてみれば、地を這うようにして稼ぐ三級まりの冒険者の状況は理解できないのだろう。
 ランスは苦笑いを浮かべるに留め、それ以上は言わなかった。

「そろそろ、目的のセーフティエリアだな」

 扉を開くと、そこには数人の冒険者が聖水の泉の周りに三人、倒れ伏していた。

「おいっ!」

 ランスは駆け寄り、手前の一人を抱き起こす。

「だ……れ……?」
「王都のギルドの先遣隊か? 俺はランス。ギルマスの依頼で来た」
「ギル……マス……?」
「た……助け……か?」

 倒れていた数人が、ランスの言葉に反応をした。

退けい、ランス」

 ダリウスはランスの肩に手を掛け、下がらせる。

「メディカルフレイム!」

 炎は、傷を〝焼き尽くす〟ように消え、負傷者たちを癒やした。

「あ……あんたは灼熱のアルジャンティス!」
「ふははははっ! 我が名を知っているものがいたとはな。だがそれらはあくまで〝応急処置〟に過ぎん。失血をめ、骨が辛うじて繋がった程度だ。王都に戻ったら、専門の術者じゅつしゃに診てもらえ」

 ざわめく負傷者たちは、自身の体の回復具合を確かめ、頷きあった。

「ダリウス、それじゃあここから出口まで、生きて出ていくのは厳しいんじゃないですか?」

 ユーリイは〝さっさと全部回復しちゃってくださいよ〟とでも言いたげだ。

「ここはダンジョン。気軽に魔力を大量消費していいではない。まずは生存者を見つけたが、これでミッション達成ではないからな」

 ふふんっと、ダリウスが笑った。


§


「ここにいる……三人の中に、リーダーのニールはいるか?」
「俺がニールだ」

 中の一人が挙手をする。

「生きて戻った三級たちの話がバラバラでな。ここに来るまでの様子からすると、スタンピードは起きてないと思うのだが……」
「ああ、大きめの波が来ただけで、まだスタンピードにまでは至っていない」
「その大波に、飲まれたのか?」
「結構な数に襲われて、錐行すいこうの陣で一点突破をするためにタンクを前に集めたんだが、そこを横から不意打ちされて隊列が完全に崩れたんだ」
「ヴィオ……いや、それで、タンクは最初にやられてしまったのか?」
「あんた、ヴィオの知り合いか? タンクは三人居たが、隊が崩れた時に一人がやられてな。……フィルの悲鳴が聞こえた時には、もう押し潰されていた……」

 ニールの説明に、他の二人も悲痛な表情で俯く。

「……だが、残りの二人──ヴィオとクリスが体を張って殿しんがりを務めてくれたので、二級で魔獣を退けつつ、三級を逃がしたんだ」
「それで、どうなった?」

 ニールの説明に、顔を強張らせたランスに代わり、ダリウスが問うた。

「三級の撤退が確認できたところで、俺たちも下がった。ヴィオとクリスがどうなったのか、わからない。俺たちも命からがらここまで来たが、たどり着いた時には、五人居たはずの二級がこの人数になっていた……」

 他の二人が、声を殺してすすり泣いている気配がする。
 一人の剣士は、自身の腰に下げている剣とは明らかに様子の違うナイフを握りしめていた。

──ありゃ、遺品か……?

 よく見れば、もう一人も弓を抱えているが、その男もまた剣士の装備だ。
 彼ら自身の姿も、革鎧の一部が裂け、割れ、肌が見えている。
 魔獣との戦いの凄まじさを、察して余りある姿だ。

──この部屋まで逃げ込んでは来たが、二人は命を落とした……。

 ダンジョンでは亡骸が先に吸収され、装備品ですら数日で跡形もなくなる。
 だから彼らは、力を振り絞って〝仲間の生きた証〟を回収したのだろう。
 それが、彼らが殉職者にしてやれる、最後の手向けだったから。

 ランスは胸に広がる絶望を感じて、唇を噛んだ。

「うむ。話はだいたいわかった。ランス、おぬし〝帰還の魔道具〟を持っていたろう。此奴こやつらに〝貸して〟やれ」
「ちょっと! なに勝手なことを言ってるんですか! 帰還の魔道具はランスの最後の命綱なんですよ! こんな有象無象の見知らぬ連中に気軽にわた……」
「ユーリイ!」

 ランスの一喝に、ユーリイは黙った。

「今は緊急事態だ」
「でも!」

 それでも言い募ろうとしたユーリイに、ランスは首を横に振る。

「この連中をここに残して行くわけにはいかんし、だからって俺たちも調査の途中で引き上げるわけにはいかない。ダリウスの言ってることが最適解だ」

 常に最善を考え、最適解を選ぶ。
 それは、ランスがユーリイを指導していた時に何度も聞かされた言葉でもあった。

「……わかりました……。でも……、それなら、調査ちゅうにちょっとでも危険な気配を感じたら、すぐに撤退するって約束してください」
「ああ。ユリィが……戦えない俺の身を案じてくれてることはわかってる」

 ランスはウェストポーチから帰還の魔道具を取り出すと、負傷者たちの一人に手渡した。

「これで、ダンジョンの外に出られる。ダンジョンから王都までは、自力で帰れるよな?」
「もちろんだ。済まない、ありがとう」

 ニールは深々と頭を下げると、受け取った魔道具を発動させ、ダンジョンの外へと転移していった。


§


 負傷者を見送ったところで、ダリウスが言った。

「では、先へと進んでみるか」
「そうですね、調査はまだ途中ですし」

 ぽんっと、ユーリイがランスの肩を叩く。
 ランスは自分が、転移していった負傷者たちが座っていた場所を、ジッと睨みつけていたことに気づいた。

「ああ……、そうだな」
「瘴気の密度から言えば、スタンピードが起きるには少々物足りぬ気もするが。しかしスタンピードが発生する瞬間に立ち会ったことはないからな」

 ダリウスは、こきこきと首を回し、ことさら〝リラックスをする〟かのように腕や肩も回している。

「アルジャンティス領のスタンピードの時は、発生してから駆けつけた……ってことですか?」
「うむ。予兆を察知したところで知らせを受け取ったが、少々離れた場所にいたのでな。もっとも、我が領の騎士は優秀であるから、私が駆けつけるまでに領民の安全誘導を行い、領都の城壁内に魔獣を入れるようなヘマはしておらぬかったよ」

 はっはっはっ! とダリウスが笑う。

「スタンピードすると、領都が襲われるんですか?」
「魔獣が餌を求めて暴走するから、人の多い場所目指して雪崩れてくる。とはいえ、王都周辺のダンジョンは、冒険者の数が多いから、スタンピードを起こすほど瘴気が濃くなることは稀なんだがな」
「うむ。だが、ダンジョンは未だ解明されておらぬ点が多い未知の場所。突然瘴気が高まり、スタンピードを起こすこともままある」

 一行は、先遣隊が大波に襲われたと思しき場所までたどり着いた。

「ほとんど吸収されちまってるな」
「うむ……」

 通路に戦いのあとは残っておらず、魔獣の気配もない。
 あちこち見て回ると、ダンジョン内で比較的吸収されにくい素材とじゅつを施された、ドッグタグが何枚か見つかった。
 他にも聖魔法を施されたアミュレットや、旅の安全を祈願した指輪など──。

「このドッグタグは、フィルと書いてある。ニールの言っていた、最初に潰れたタンクのものであろうな」
「二級はタンクが三人と、さっきの負傷者、それにニールの言ってた二人の殉職者の八名ハチメイだったはずです……」

 見つけたものを丁寧に調べていたユーリイが、一つのドッグタグを見て表情を曇らせる。

「うむ? ランス、これは貴殿の友人のもので間違いないか?」

 ユーリイの手からそれを取り上げたダリウスは、名前を確認してから、まだ周囲を見て回っているランスに声を掛ける。

「ちょっ……」

 引き留めようとするユーリイを制し、ダリウスは歩み寄ってきたランスにドッグタグを差し出した。
 手渡てわたされたそれを見て、ランスの顔が強張る。

「ヴィオラン・ソルトヒル……」
「二級のドッグタグである。間違いないか?」
「……ああ、ヴィオのだ」
「では、それはぬしが持っているのがよろしかろう」

 ダリウスは、震えるランスの手を握らせる。

「……ああ……、すまんな……」

 ランスは、ドッグタグを握った拳に力を込めた。


§


 ヴィオのドッグタグを手渡されてから、ランスはほとんど喋らなくなった。
 親友の死にショックを受けたことは当然だが、それ以上にランスの心を占めていたのは後悔だ。

──こんなことになるんなら、もっと頻繁に連絡を取っておけばよかった。

 そんな気持ちが湧いて出る。
 ランスが負傷し、治療のために長い期間、休養しなければならなくなった時、ヴィオは泣いて別れを惜しんでくれた。

──心の何処かで、俺を置いて冒険者を続けるあいつらを羨んでいたのかもしれない。

 怪我をした冒険者には、休養期間ちゅうに最低限の保証金が支払われる。
 大きな外傷は、回復術師にじゅつを掛けてもらうことで、ほとんどが修復されるが──。
 魔獣に傷を負わされると、人は体内に瘴気が溜まってしまう。
 それを浄化するためには長い時間が掛かり、そのあいだは思うように活動ができなくなるのだ。

 問題は瘴気だけでとどまらず、魔獣に骨を砕かれたり、体の一部を食いちぎられるような怪我を負えば、その時のショックが心にも傷を負う。
 そこから立ち直れずに、冒険者を辞めるものも少なくない。

 ランスの場合は、冒険者を辞めるまでには至らなかったが、戦闘スキルを持たないポーターは避けられがちで、結局、ジョナサンのはからいで指導官の仕事を回してもらっていた。

──半ば引退状態の俺に、冒険者稼業を続けているヴィオから連絡する……なんて、無理な話だ。……俺から、声を掛けるべきだった。

 治療のために回復術師の元に通っていた頃、気持ちが塞いでギルドから足が遠のいていた。

「ランス。大丈夫ですか?」

 ユーリイに肩を叩かれ、ランスはハッとした。
 足取りが遅れていたらしく、こちらを振り返っているダリウスは少し先で立ち止まっている。

──いかん。ダンジョンの中で考え事をするなんて……。

「大丈夫だ。このもうちょっと奥にセーフティエリアがもうひとつある。先遣隊が襲われた場所も確定したし、今日はそこで休んで、明日王都に戻るのはどうだろう?」
「うむ、それが一番良かろう。ギルドもそろそろ騎士団と話が付いたであろうしな」

 一行は歩みを進め、次のセーフティエリアに向かった。
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