過去のやらかしと野営飯

琉斗六

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幼馴染と暴走と野営飯

 途中で何度かミノタウロスとの戦闘はあったが、そのすべてをユーリイが一撃で終わらせた。

「扉が見えてきたな」
「ランス。ちと聞くが、貴殿はスタンピードの発生に立ち会ったことがあるのか?」
「ああ、潜ってる時に発生したことがあってな」

 襲いかかる無数の魔獣を前に、戦闘スキルを持たない自分は成すすべも無かった。
 あの時のことを思い返すと、今もゾッとする。

「では、このダンジョンの瘴気の濃度、どう思う?」
「どう……とは?」
「私はスタンピードが発生したあと、それも領都の城壁まで魔獣が押し寄せた状態でしか、体験しておらんのでな。凶暴化した魔獣どものまとっていた瘴気は、色濃く禍々まがまがしかった。だが、このダンジョン内の瘴気の濃度は、あの時ほど濃くも禍々しくもない」
「今は波が引いているんだろう。……俺がスタンピードに巻き込まれた時も、ダンジョン内は静かだった。老成した冒険者に、予兆が出ているから行くなとめられたが……」
「無理をして、入った……と?」
「ああ。ここみたいな〝お試し〟ダンジョンと違って、かねになる人気の場所だったからな。人が入ってないなら、稼ぎ時だと思ったのさ」
「お試しって、なんですか?」

 ユーリイが問うた。

「初心者に実体験させるために連れ回しても、さほど危険が伴わない。入っても深層まで行かなきゃ儲けの出ないダンジョンのことだ」

 説明をしながら、ランスはセーフティエリアの扉に手を掛けた。
 瘴気に満ちた通路と、聖水に守られたセーフティエリアの空気がせめぎ合う、独特の重さを感じながら、扉を開く。
 そして中に入ったところで、ランスは思わず足をめた。

「どうした? ん……? 血の匂いか……?」

 ダリウスの問いに答えず、ランスは聖水の泉の傍に駆け寄る。
 そして、そこに倒れ伏しているものの体を抱き起こした。

「ヴィオ!」

 ほとんど形を成していない鉄製の大盾おおたて原型げんけいを留めていない鎧、そして傷だらけの体。
 頭の上からつま先まで、おのれのものか返り血かわからないほど、血まみれに凄惨な姿だった。

「死んでるんですか?」
「いや、息をしておらねば、人体はさっさとダンジョンに吸収されてしまうだろう。……ふむ、半身を聖水に浸しておったようだな」

 落ち着き払った声音で答えたダリウスは、ウェストポーチからポーションを取り出そうとしているランスの手を抑え、首を横に振る。

「離れよ、ランス」
「だがっ!」

 あとから歩み寄ってきたユーリイが、地面に落ちていた魔獣の革盾を拾ってどかし、それからランスの肩にそっと手を掛けた。

「ダリウスに任せましょう、ランス」

 ユーリイは、ランスを安心させるように笑みを浮かべ、ヴィオから距離を取らせる。

「メディカルフレイム!」

 ヴィオの体は傷だらけだったのだろう。
 ダリウスの炎は、ほぼ全身を覆い尽くすように燃え上がった。

「ヴィオっ!」
「ランス、駄目です。ダリウスの治癒の炎は、繊細な魔力操作が必要ですから」

 ユーリイに腕を引かれ、ランスは息を詰めてヴィオを見つめた。

「……うっ……」
「ヴィオ!」

 炎が収まったところで、ヴィオが微かに呻く。
 ランスは駆け寄り、再びその身を抱き起こした。

「……え……っ? ランス……?」
「そうだ、俺だ! ヴィオ! おまえ……よく……」

 ヴィオの顔に、ポタポタっと雫が落ちた。


§


 ランスは、バックパックから毛布を取り出すと、それを石畳の床に敷き、その上に寝袋を重ね、そこにヴィオを横たえさせた。

「呼吸が安定してきているな。少し休めば、意識も戻るだろう」
「ダリウス、感謝する」

 深々と頭を下げるランスに、ダリウスは片手を振った。

「魔法使いの仕事をしただけ。それより、なにかわしてもらおうか。それと、昨晩のあの〝コンテナ〟を貸してくれ」
「ああ、うん」

 ランスがコンテナを組み立てている間に、ダリウスは炉に火を起こし、泉から水を汲んでいそいそと湯沸かしをしている。

「自分で用意をするなんて、殊勝ですね」
「ランス一人に任せておいては、いつ足を湯に浸けられるかわからんからな。私は貴族であるが、冒険者。無駄な時間はかんのだ」
「聖水の足湯なんて、普通じゃ絶対できませんしね」
「全くだ。出来ることなら、全身浸かりたいほどだな」
「どんだけ贅沢な風呂ですか」

 ダリウスが炉に火を起こしてくれたので、ランスはそこに鍋を掛けた。
 そして、道中どうちゅうで狩ったミノタウロスの魔獣の肉を取り出し、薄切りにする。

──ダンジョンが巨大な魔獣の一種だとしたら、セーフティエリアの説明がつかない……か。

 石造りの床と壁、それに聖水の泉があるセーフティエリアは、その聖水の加護で魔獣は入ってこられない。

──むしろ、ダンジョンが魔獣と共生している生き物と仮定したら、魔獣の餌になる人間を誘い込むために、セーフティエリアを設置しているのかもしれんな。

 ダリウスに治癒を施してもらった直後、一瞬意識を取り戻したものの──。
 ヴィオはすぐにも気を失って、それきり未だ意識は戻らない。
 考えるとなにも手につかなくなりそうなランスは、わざと別のことを考えて、ヴィオから意図的に意識を逸らした。

 聖水の泉の傍には、複数の薬草が生えている。
 加護の影響が濃いために、地上では手に入りにくいピュリーフやトマルージュと言った、体力回復や浄化のポーションに必要な薬草が多い。
 ランスはそれらの薬草を集め、泉で洗ってから適当な大きさに刻んだ。

 熱した鍋に、脂身を入れて全体に油を伸ばす。
 そこに赤身の肉を入れて炒めたのち、先にピュリーフを加える。
 ピュリーフは、浄化の作用を持つが、その食感は玉ねぎに近い。
 全体に火がとおったところに水を少なめに注ぎ、煮立たせて灰汁を掬う。
 そして最後に潰したトマルージュを加えて、塩で味を整えた。

「おい、飯だ」
「おおおっ! 待ちかねたぞ!」

 既に足湯を済ませていたダリウスが、嬉しそうに飛んできた。

「むおおおっ! ミノタウロスがこれほど旨いとは! アルジャンティスのビーフシチューより味わい深いではないか!」
「本当にあなた、黙って食事できないんですか?」
「これは、トマトではなくトマルージュか! そのまま食うと痺れるほど酸っぱいが、煮込むと以外に甘みがあるのだな」
「違います。この甘みはピュリーフを炒めた味です」
「むむっ、ではピュリーフとトマルージュの総合効果というわけか。ううむ、暗く冷たいダンジョンで、これほど体が温まるスープを飲めるとは……」
「スープが温かいのは当然ですが、ピュリーフの体力回復、トマルージュの浄化の効果が含まれるから、ダンジョンの瘴気に蝕まれた体が回復してるんですよ」

 ユーリイは相変わらずダリウスに刺々しい返事をしているが、ハタから見れば和気藹々と食事をしているようだ。
 ランスはその様子に少し心を和ませつつ、鍋から汁だけを器に取って、そこに堅パンを浸した。
 そして、それを横たわっているヴィオの口元に運ぶ。
 パンを食べることは出来ないが、パンが吸った汁を口元ににじませることで、少しでも食べてもらおうと思ったのだ。

「ヴィオ……」

 パンから滲み出たスープが唇を濡らすと、微かに唇が動く。

「ヴィオ……?」
「……に……げろ……」

 呟かれた言葉に、胸が傷んだ。

「少々、熱が出ているだろう? その男は今、瘴気と戦っておるのだ」
「尊大で軽薄で鬱陶しいですが、ダリウスの魔法は本物です。ダリウスが大丈夫と言ってるなら、死にませんよ」
「ユーリイ。信頼を保証するのに、少々余分なコメントがありすぎではないか?」
「事実しか言ってませんよ」

──ああもう、年下にこんな気遣いさせてちゃ駄目だな……。

「すまん。おかわりあるが、食うか?」
「もちろん。堅パンもいただこう」
「僕もお願いします」

 ランスは、二人の器にスープを注ぎ足した。


§


「ランスにとって、あのヴィオという人は、そんなに大事な人なんですか?」

 最後に足湯を使っていたランスに向かって、ユーリイが問うた。

「大事というか……、言っただろう? 幼馴染だ」
「でも、ランスの話からすると、この人。ランスが怪我をした時に、別れたパーティーの人なんでしょう?」

 言外に〝ランスを捨てたパーティー〟という意味を含ませた発言に、ランスは苦笑いを浮かべる。

「そうだな……。だが、仲違いをしたわけでもない。……ユリィみたいな才能に溢れて、一気に一級まで駆け上がれる実力持ちには理解できないかもしれんが。……地を這うようにして日々の稼ぎを得ている冒険者は、自分の責任を負うだけで精一杯なんだよ」
「三級ごときの有象無象、いざとなったら足の引っ張り合いもする輩もいる。ランスの話を聞くに、気のいい仲間だったようだがな」

 ふふんっとダリウスが鼻で笑った。

「ダリウスは、物知り顔してますけども。だからって、あなたが理解できてるとは思えませんけど」
ぬしよりは理解しておるわ」

──まぁ、実際そうだよな。

 三級冒険者を虫けらのように見下しているダリウスだが。
 見下す理由を持って見下しているのだろう。
 ランスのサポートに付加価値があることを認められる時点で、ダリウスが冒険者のプライドを持って活動をしていることは分かる。

「幼馴染ということは、こちらのタンクはソルトヒル出身か?」
「ああ、昔は糸杉みたいに細っこくて、背ばかり高いやつだった。弱虫で、泣き虫で……。いじめられっ子でなぁ」
「ランスはどうだったんですか?」
「俺か? 俺は……ヴィオがいじめられてる時にあいだに入って、一緒にボコられてた」

 ははは……と笑うランスを、ユーリイは痛々しげに見つめている。

「ヴィオの他にアレッサとカイル、四人で村を出て……。カイルは長剣、アレッサは弓、ヴィオには盾の適性が出たが、俺には戦闘スキルが全くなくてなぁ……」

 湯から足を上げ、ランスは片付けを始める。

「一番いきがって、一番皆を煽ったくせに、自分が矢面に立てないのが悔しくて、申しわけなくて……。田舎に帰ろうかと思ってたら、ヴィオが励ましてくれてな。ポーターやバックサポートを雇うかねを支払う必要がないとか、パーティーの会計を任せられるのは俺だけだ……とか」
「うむ。かねの管理は、よほど信頼できるものでなければ、任せるのは危険だからな」
「見習いの時に、ランスにそう指導されたので、自分でしてましたが。そんなに危険ですか?」
「言ったであろう。三級ごときの有象無象は、足の引っ張り合いをすると。上前をはねる、資金を持ち逃げする、ままある話よ」

 そんなものかと、ユーリイは不思議そうだ。

「ヴィオがいなけりゃ、今の俺はない。だからヴィオが、俺を改めてパーティーに誘いにきてくれたのは、すごく嬉しかった」
「えっ!」

 ランスの言葉に、ユーリイは立ち上がった。

「いや、ことわったよ。……俺はいま、ユーリイによくしてもらってるし、このパーティーの仕事を中途半端に放り出すようなことはしたくないからな。……それに、現状ソロで動いているヴィオと俺がパーティーを組んでもメリットは薄い。……俺が怪我を負った時、命がけで俺を背負って走ってたあいつは、帰還した時満身創痍だった。重荷に……なりたくないんだ」
「そ……そうですね。僕なら! ランスを危険に晒すことなどありませんし!」

 ユーリイは、から元気で胸を張る。

「ふふふ、ユーリイよ。気が気ではないと言った顔だな」
「うるさいです」

 息をついて、改めて座ったユーリイを、ダリウスがからかった。
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