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第四部:ビリー
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夕暮れ時、リサはキッチンに立ち、家族のために夕食の支度を始めた。
「ただいま」
玄関で夫の声がする。リサは手を止め、手を拭きながらリビングへ顔を出した。
「おかえりなさい。あら!?」
リビングへ入ってきた夫の後から、年若い青年が続く。
「あ、あの、突然お邪魔して、すみません…」
「ごめんリサ。今日付けでボクの所に配属されたウィリアム・ワイラー君。ホントは週末にでも招待しようと思ったんだけど…」
突然の来客に戸惑い、驚いた顔を隠せないリサを前に、ハリーは、道端に捨てられていた小動物を拾ってきた子供のような表情をしている。
「仕方のない人ね。いつもの事だけど…」
少し困ったような表情で溜息を一つついたリサは、それでもニッコリ笑んで見せた。そしてハリーの後ろで小さくなっているウィリアムに右手を差し出す。
「よろしくね、ウィリアム」
「あ、はい。こちらこそ…。んと、僕の事はビリーと呼んで下さって結構です。ミセスマクミラン」
握手を交わし、緊張した面持ちで挨拶をするウィリアムは、年の頃は二十二~三、ハリーよりも頭一つ背が高く、黒髪を清潔そうに短くした、しかし今時の流行を忘れない髪型の、意志の強そうな黒い瞳が印象的な整った顔立ちをした好青年である。
「ゆっくりしていってね」
恐縮しきっているウィリアムに向けられたリサの笑みは、まさしくマリア様のそれだった。
年齢的には自分の母親と大して変わらない筈のリサの笑みに、ウィリアムは頬を染めて、その場に棒のように突っ立っている。
「ああ、ビリー。ほら奥へどうぞ」
「は、は、は、はいっ」
ウィリアムをリビングに案内し、ハリーは洋酒の瓶が並ぶ棚の方へと歩みを向けた。
「何を飲む? これから食事だから、ワインの方がいいかな?」
「何でも結構です」
「そんなに力むなよ。じゃあ、やっぱりワインにしようか。取ってくるから、座っていなさい」
カチンカチンになって、ソファに腰を下ろしたウィリアムをおいて、ハリーはリサのいるダイニングへ戻る。
「本当に、ごめんねリサ」
夕食の席を慌てて一つ増やしているリサに、ハリーは申しわけなさそうな顔をして見せた。
「本当にそう思うなら、署を出る前に電話を入れてくれれば良いのに…」
手を止めて、ハリーの顔を見る。瞳には明らかに責めている色があった。
「ごめん、かけるつもりだったんだよ。バタバタしてたら忘れちゃって、思い出したのは家の前だったんだ。家の前の公衆電話から連絡するのも、マヌケだろう?」
「前も、その前も、ここ連続でイエローカードよ。今回はレッドカード。お夕飯の支度、お客様の相手をしながらでも手伝ってもらいますからね」
素気ない態度を保っている物の、リサはもう夫に対して怒ってはいなかった。
ハリーのこの性格は、何を言ったところで変わらない。そんな事は解りすぎるくらい解り切っている。今更、改めて怒りを覚える物ではない。
「仰せの通りに、奥様」
ハリーは苦笑いを浮かべて、ペコリと頭を下げた。
「じゃ、グラスとワイン。ビリー君にも謝って、すぐに手伝いに戻ってね。今日はリズがクラブの日で、ロイも迎えに行っているから、帰って来るまでヘルプしてもらわないと、ホントにてんてこまいだから」
「はいはい、解りました」
トレーを持って、ハリーはリビングへと戻った。
「ただいま」
玄関で夫の声がする。リサは手を止め、手を拭きながらリビングへ顔を出した。
「おかえりなさい。あら!?」
リビングへ入ってきた夫の後から、年若い青年が続く。
「あ、あの、突然お邪魔して、すみません…」
「ごめんリサ。今日付けでボクの所に配属されたウィリアム・ワイラー君。ホントは週末にでも招待しようと思ったんだけど…」
突然の来客に戸惑い、驚いた顔を隠せないリサを前に、ハリーは、道端に捨てられていた小動物を拾ってきた子供のような表情をしている。
「仕方のない人ね。いつもの事だけど…」
少し困ったような表情で溜息を一つついたリサは、それでもニッコリ笑んで見せた。そしてハリーの後ろで小さくなっているウィリアムに右手を差し出す。
「よろしくね、ウィリアム」
「あ、はい。こちらこそ…。んと、僕の事はビリーと呼んで下さって結構です。ミセスマクミラン」
握手を交わし、緊張した面持ちで挨拶をするウィリアムは、年の頃は二十二~三、ハリーよりも頭一つ背が高く、黒髪を清潔そうに短くした、しかし今時の流行を忘れない髪型の、意志の強そうな黒い瞳が印象的な整った顔立ちをした好青年である。
「ゆっくりしていってね」
恐縮しきっているウィリアムに向けられたリサの笑みは、まさしくマリア様のそれだった。
年齢的には自分の母親と大して変わらない筈のリサの笑みに、ウィリアムは頬を染めて、その場に棒のように突っ立っている。
「ああ、ビリー。ほら奥へどうぞ」
「は、は、は、はいっ」
ウィリアムをリビングに案内し、ハリーは洋酒の瓶が並ぶ棚の方へと歩みを向けた。
「何を飲む? これから食事だから、ワインの方がいいかな?」
「何でも結構です」
「そんなに力むなよ。じゃあ、やっぱりワインにしようか。取ってくるから、座っていなさい」
カチンカチンになって、ソファに腰を下ろしたウィリアムをおいて、ハリーはリサのいるダイニングへ戻る。
「本当に、ごめんねリサ」
夕食の席を慌てて一つ増やしているリサに、ハリーは申しわけなさそうな顔をして見せた。
「本当にそう思うなら、署を出る前に電話を入れてくれれば良いのに…」
手を止めて、ハリーの顔を見る。瞳には明らかに責めている色があった。
「ごめん、かけるつもりだったんだよ。バタバタしてたら忘れちゃって、思い出したのは家の前だったんだ。家の前の公衆電話から連絡するのも、マヌケだろう?」
「前も、その前も、ここ連続でイエローカードよ。今回はレッドカード。お夕飯の支度、お客様の相手をしながらでも手伝ってもらいますからね」
素気ない態度を保っている物の、リサはもう夫に対して怒ってはいなかった。
ハリーのこの性格は、何を言ったところで変わらない。そんな事は解りすぎるくらい解り切っている。今更、改めて怒りを覚える物ではない。
「仰せの通りに、奥様」
ハリーは苦笑いを浮かべて、ペコリと頭を下げた。
「じゃ、グラスとワイン。ビリー君にも謝って、すぐに手伝いに戻ってね。今日はリズがクラブの日で、ロイも迎えに行っているから、帰って来るまでヘルプしてもらわないと、ホントにてんてこまいだから」
「はいはい、解りました」
トレーを持って、ハリーはリビングへと戻った。
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