イルン幻想譚

琉斗六

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ep.1:剣闘士の男

11:ドラゴン(2)

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 黙れと言われていたので、ファルサーはアークが作業を終えるまで黙っていた。

「なんだろう? 涼しくなった気がします」
「君のひたいに、ヘンジを刻んだ」
「刻んだ? 書いたんじゃないんですか?」
呪文スペルは、音…つまり声で詠唱チャントするか、空中に魔力ガルドルを込めた指先でサークルを描くことによって、じゅつを顕現させるものだ。だが時間差を付けた発動や、しばらく維持したい場合など、物理的に描いたほうが都合が良い時には、特殊な道具を使ってサークルを描く。その特殊なペンで描かれたサークルヘンジと呼び、本来は形の残らない状態で使われるものを敢えて形に残すので "刻む" と表現するのだ」
「それって、ホントは書いてるだけのコトを、刻むと表現してるってコトですか?」
「まぁ、そうだ」
「僕はそもそも学が無い所為もあるんでしょうけど、魔法ガルズって面倒くさいものですね」

 ファルサーの答えに、アークは微妙な表情をしたが、今は "それどころではない" と判断して、気になったことを敢えて無視した。

わたしへの祈りを聞き届け、君にドラゴンと対峙できるだけの奇跡チカラを与えたと言ったほうが、君には理解がしやすいか?」
「なるほど。本来なら、ドラゴンとは存在するだけで、人間リオンを殺すと言いますもんね」
「剣を、こちらへ」

 ファルサーがグラディウスを差し出すと、アークはそれにも手に持っている物で何かを描き付けている。

竜殺しの剣ドラゴンキラーになりますか?」
「それは、君次第だな」

 一渡りの術式の記述が終わったところで、アークは改めた様子で顔を上げた。

「さて。あのドラゴンは、言語はかいさないが知能は非常に高い。見た目は少々厳つく巨大なトカゲのようだが、その姿に騙されるな。それと私は、趣味で術式の研究をしているが、実戦で使ったことは無い。一応、攻撃や防御をいくらか想定して術式を組んでいるが、君の戦いに適ったアシストは期待しないほうが良いと思う」
「僕としては、ここまで着いて来てもらえただけで感謝のしようもありません」

 ファルサーは、手を伸ばしてアークを抱き寄せようとした。
 するとアークはファルサーの頬に手を当てて、そのまま互いに引き寄せ合うような形で、唇を重ね合わせる。

「僕の気持ちを読み取って、僕に合わせてくれているだけだって判っていますが。でも、こうしていると、まるであなたと想い合っているような錯覚を覚えます」
「そう思ってもらっても、私は一向に構わないがね」

 少し寂しい微笑みを浮かべ、ファルサーはアークから離れた。
 手に握ったグラディウスを構え、ファルサーは一歩を踏み出した。
 ドラゴンが巣食っている場所は、くだんの特殊な金属が埋蔵されている場所で、元は坑道の一部だったはずだが、今や大きな広間のようになっている。
 天井が高くなった巣の中で、ドラゴンはうつらうつらと眠っているようだった。
 大きさはファルサーの三倍ぐらいだろうか。
 アークはトカゲと表現したが、ファルサーは巨大なワニのようだなと思った。
 試合では、凶暴な動物や妖魔モンスターと戦うこともある。
 闘技場コロッセオの中に水を満たして、戦艦を浮かべた船上の戦いの時に、水の中にワニを放っていたことがあった。
 船から落とされたものが、悲鳴を上げてワニに食われた姿を思い出す。
 しかし目の前のドラゴンは、あの凶暴なワニよりも更に面倒な相手なのだ。
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