イルン幻想譚

琉斗六

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ep.3:迷惑な同行者

9.美食の駆け引き【2】

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 風呂から出ると、脱衣所の籐かごの中にタオルとバスローブが置いてあった。

「おい、俺の服を知らないか?」
「替えの服ならば、そこにあるであろ」

 室内からタクトが返事をする。
 自分の服は、未だ湿っていたことを考えると、これは手際が良く気も効いている。
 こういう采配が出来るタクトにしてみれば、マハトを "鈍感サウルス" などと言いたくもなるのだろう。
 高慢で勝手な奴だと思っていたが、自分のほうがタクトに対して穿った見方をし過ぎているのかもしれないな…と、少し反省した。

 サラリと乾燥したバスローブをありがたく借りて部屋に戻ると、真っ先に目についたのはテーブルの上のたくさんの料理だ。
 だが、部屋のどこを見回しても、マハトの服がない。
 備え付けのクローゼットを開いてみても、そこには装備品しか入っていなかった。

「俺の服はどこにやった?」
「ランドリーのサービスを頼んだ。明日の朝までには、すっかり乾いて部屋に届けてもらえるじゃろ」

 タクトの答えに、マハトはびっくりしてしまった。

「俺の服は、ランドリーサービスを頼むような、上等なものじゃないぞ」

 禊鎧場ネメトンの試練のために、装備品には少々かねを掛けたが、下につけている布の服は、麻やら綿の安物だ。

「貴様、あの湿って汚れた服を、この上等な部屋の中に吊るしておくつもりか?」
「だが…」
「ランドリーの代金も儂持ちじゃ。気にするでない」
「そこまでおまえに持たせるのも、気が引ける」
「これから豪華な食事を楽しもうというのに、クローゼットから異臭が漂ってきたら台無しじゃろう?」

 これは、マハトの気持ちを慮って、タクトがわざと嫌な言い方をしているのだとさすがに気付く。
 マハトは更にもうわけない気持ちになった。

「わかった。済まなかったな」
「…それもそうか」
「そんなことより、冷めないうちに食事にしようではないか。心付けをたっぷりはずんでおいたので、自慢料理を熱々で運んでくれたぞよ」

 肉料理は煮込みと焼き物があるし、今オーブンから出てきたばかりのようなクリーム色の料理からは、焦げたチーズのいい匂いがしていた。

「これはなんて料理だ?」
「グラタンじゃな。パスタ料理の一種じゃ」

 マハトはテーブルに着くと、いつものように右手をひたいに当ててからフォークを手にする。

「前から気になっておったのだが、ぬし・・のその儀式はなんだ?」
「儀式って、なんだ?」
「食事の前にひたいに手を当てておるじゃろ。儀式でないなら、挨拶か?」
「ああ、これはクセだな。子供の頃から、食事の前には祈りをするんだ」

 マハトの答えに、タクトは首を傾げた。

「それはつまり、修道院で教えられた "カミサマ" に、感謝を捧げて食事をしている…ということか?」
「いや、本当を言うと、俺には信仰心は無い…と思う」
「ではなぜ、そんな変な儀式をするのだ?」
「だから、クセだ。ずっとそうしてきたから、やらないと落ち着かないだけで」

 タクトは「はんっ」と言って、呆れた顔をする。

「俺の習慣など、おまえには関係ないだろう。それよりも "ぱすた" とはなんだ?」
「さてな、パスタが何か当ててみろ。熱いから、がっついて口を火傷するなよ」

 言われるまでもなく、熱くて器に触れられないほどだ。
 慎重に一口分を冷ましつつ口に運ぶと、とろりとしたソースに絡んだ海老と、玉ねぎと、それからこれは……。

「小麦を練ったものか」
「正解じゃ。美味いか?」
「美味い。このミルクっぽいソースの味も美味い」
「それはベシャメルソースとうてな、小麦粉をミルクとバターで滑らかに練ったものじゃ。もっと薄めて、スープのようにして食べる料理もあるぞよ」
「ふむ。おまえは本当に物知りだな」
「では次は、これを当ててみよ」

 タクトが出してきたものは宿の料理ではなく、先刻の食料品店で買ったらしい、紙に包まれたボトルだった。
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