115 / 122
ep.3:迷惑な同行者
9.美食の駆け引き【2】
しおりを挟む
風呂から出ると、脱衣所の籐かごの中にタオルとバスローブが置いてあった。
「おい、俺の服を知らないか?」
「替えの服ならば、そこにあるであろ」
室内からタクトが返事をする。
自分の服は、未だ湿っていたことを考えると、これは手際が良く気も効いている。
こういう采配が出来るタクトにしてみれば、マハトを "鈍感サウルス" などと言いたくもなるのだろう。
高慢で勝手な奴だと思っていたが、自分のほうがタクトに対して穿った見方をし過ぎているのかもしれないな…と、少し反省した。
サラリと乾燥したバスローブをありがたく借りて部屋に戻ると、真っ先に目についたのはテーブルの上のたくさんの料理だ。
だが、部屋のどこを見回しても、マハトの服がない。
備え付けのクローゼットを開いてみても、そこには装備品しか入っていなかった。
「俺の服はどこにやった?」
「ランドリーのサービスを頼んだ。明日の朝までには、すっかり乾いて部屋に届けてもらえるじゃろ」
タクトの答えに、マハトはびっくりしてしまった。
「俺の服は、ランドリーサービスを頼むような、上等なものじゃないぞ」
禊鎧場の試練のために、装備品には少々金を掛けたが、下につけている布の服は、麻やら綿の安物だ。
「貴様、あの湿って汚れた服を、この上等な部屋の中に吊るしておくつもりか?」
「だが…」
「ランドリーの代金も儂持ちじゃ。気にするでない」
「そこまでおまえに持たせるのも、気が引ける」
「これから豪華な食事を楽しもうというのに、クローゼットから異臭が漂ってきたら台無しじゃろう?」
これは、マハトの気持ちを慮って、タクトがわざと嫌な言い方をしているのだとさすがに気付く。
マハトは更に申し訳ない気持ちになった。
「わかった。済まなかったな」
「…それもそうか」
「そんなことより、冷めないうちに食事にしようではないか。心付けをたっぷりはずんでおいたので、自慢料理を熱々で運んでくれたぞよ」
肉料理は煮込みと焼き物があるし、今オーブンから出てきたばかりのようなクリーム色の料理からは、焦げたチーズのいい匂いがしていた。
「これはなんて料理だ?」
「グラタンじゃな。パスタ料理の一種じゃ」
マハトはテーブルに着くと、いつものように右手を額に当ててからフォークを手にする。
「前から気になっておったのだが、ぬしのその儀式はなんだ?」
「儀式って、なんだ?」
「食事の前に額に手を当てておるじゃろ。儀式でないなら、挨拶か?」
「ああ、これはクセだな。子供の頃から、食事の前には祈りをするんだ」
マハトの答えに、タクトは首を傾げた。
「それはつまり、修道院で教えられた "カミサマ" に、感謝を捧げて食事をしている…ということか?」
「いや、本当を言うと、俺には信仰心は無い…と思う」
「ではなぜ、そんな変な儀式をするのだ?」
「だから、クセだ。ずっとそうしてきたから、やらないと落ち着かないだけで」
タクトは「はんっ」と言って、呆れた顔をする。
「俺の習慣など、おまえには関係ないだろう。それよりも "ぱすた" とはなんだ?」
「さてな、パスタが何か当ててみろ。熱いから、がっついて口を火傷するなよ」
言われるまでもなく、熱くて器に触れられないほどだ。
慎重に一口分を冷ましつつ口に運ぶと、とろりとしたソースに絡んだ海老と、玉ねぎと、それからこれは……。
「小麦を練ったものか」
「正解じゃ。美味いか?」
「美味い。このミルクっぽいソースの味も美味い」
「それはベシャメルソースと言うてな、小麦粉をミルクとバターで滑らかに練ったものじゃ。もっと薄めて、スープのようにして食べる料理もあるぞよ」
「ふむ。おまえは本当に物知りだな」
「では次は、これを当ててみよ」
タクトが出してきたものは宿の料理ではなく、先刻の食料品店で買ったらしい、紙に包まれたボトルだった。
「おい、俺の服を知らないか?」
「替えの服ならば、そこにあるであろ」
室内からタクトが返事をする。
自分の服は、未だ湿っていたことを考えると、これは手際が良く気も効いている。
こういう采配が出来るタクトにしてみれば、マハトを "鈍感サウルス" などと言いたくもなるのだろう。
高慢で勝手な奴だと思っていたが、自分のほうがタクトに対して穿った見方をし過ぎているのかもしれないな…と、少し反省した。
サラリと乾燥したバスローブをありがたく借りて部屋に戻ると、真っ先に目についたのはテーブルの上のたくさんの料理だ。
だが、部屋のどこを見回しても、マハトの服がない。
備え付けのクローゼットを開いてみても、そこには装備品しか入っていなかった。
「俺の服はどこにやった?」
「ランドリーのサービスを頼んだ。明日の朝までには、すっかり乾いて部屋に届けてもらえるじゃろ」
タクトの答えに、マハトはびっくりしてしまった。
「俺の服は、ランドリーサービスを頼むような、上等なものじゃないぞ」
禊鎧場の試練のために、装備品には少々金を掛けたが、下につけている布の服は、麻やら綿の安物だ。
「貴様、あの湿って汚れた服を、この上等な部屋の中に吊るしておくつもりか?」
「だが…」
「ランドリーの代金も儂持ちじゃ。気にするでない」
「そこまでおまえに持たせるのも、気が引ける」
「これから豪華な食事を楽しもうというのに、クローゼットから異臭が漂ってきたら台無しじゃろう?」
これは、マハトの気持ちを慮って、タクトがわざと嫌な言い方をしているのだとさすがに気付く。
マハトは更に申し訳ない気持ちになった。
「わかった。済まなかったな」
「…それもそうか」
「そんなことより、冷めないうちに食事にしようではないか。心付けをたっぷりはずんでおいたので、自慢料理を熱々で運んでくれたぞよ」
肉料理は煮込みと焼き物があるし、今オーブンから出てきたばかりのようなクリーム色の料理からは、焦げたチーズのいい匂いがしていた。
「これはなんて料理だ?」
「グラタンじゃな。パスタ料理の一種じゃ」
マハトはテーブルに着くと、いつものように右手を額に当ててからフォークを手にする。
「前から気になっておったのだが、ぬしのその儀式はなんだ?」
「儀式って、なんだ?」
「食事の前に額に手を当てておるじゃろ。儀式でないなら、挨拶か?」
「ああ、これはクセだな。子供の頃から、食事の前には祈りをするんだ」
マハトの答えに、タクトは首を傾げた。
「それはつまり、修道院で教えられた "カミサマ" に、感謝を捧げて食事をしている…ということか?」
「いや、本当を言うと、俺には信仰心は無い…と思う」
「ではなぜ、そんな変な儀式をするのだ?」
「だから、クセだ。ずっとそうしてきたから、やらないと落ち着かないだけで」
タクトは「はんっ」と言って、呆れた顔をする。
「俺の習慣など、おまえには関係ないだろう。それよりも "ぱすた" とはなんだ?」
「さてな、パスタが何か当ててみろ。熱いから、がっついて口を火傷するなよ」
言われるまでもなく、熱くて器に触れられないほどだ。
慎重に一口分を冷ましつつ口に運ぶと、とろりとしたソースに絡んだ海老と、玉ねぎと、それからこれは……。
「小麦を練ったものか」
「正解じゃ。美味いか?」
「美味い。このミルクっぽいソースの味も美味い」
「それはベシャメルソースと言うてな、小麦粉をミルクとバターで滑らかに練ったものじゃ。もっと薄めて、スープのようにして食べる料理もあるぞよ」
「ふむ。おまえは本当に物知りだな」
「では次は、これを当ててみよ」
タクトが出してきたものは宿の料理ではなく、先刻の食料品店で買ったらしい、紙に包まれたボトルだった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる