8 / 15
第8話
しおりを挟む
汚れた体液を摂取しても、俺自身には何の影響もない。
しかしあんなものを口にするくらいなら、餓死する方がマシなくらいだ。
もっとも、食わなくたって俺は死にはしないが。
俺のような生物にとっては、『死』という概念そのものが曖昧なのだ。
人間よりも遙かに頑丈な身体は、強度もさる事ながら、根本の構造からして人間とは違う。
コンクリの壁だって拳で破壊する事が出来るし、身体の一部を失ったとしても、同じ形をした人間のパーツをつけてしまえば、それはもう俺の身体になってしまう。
視力や聴力といった分かり易い能力から、年齢を見透かしたり気持ちを感じ取ったりするような、いわゆる「超能力」まで備わっているイキモノなのだ。
気が付いた時からずっと「俺」は「俺」のままだったところを見ると、多分歳も取らないんだろう。
睡眠も休息も必要ない。
陽の光だって平気だ。
俺が夜間に行動するのは、そのほうが目立たず都合がいいってだけで、昼間は起きていたって意味がないから寝てるのだ。
何も出来ずどこへも行けずただジッと壁を眺めていても、つまらない事ばかり考えて気が滅入るだけだから。
まだ人間の世界に馴染みが薄かった頃は、面白半分に人間のフリをして働いたりした事もあった。
けれどそれも、飽いてやめてしまった。
気が向かないとか、気が滅入るとか、俺という存在は笑ってしまうくらい人間とよく似ている。
中身はまるで違うのに、外見は殆ど同じである皮肉。
全く…。
時々、神様ってヤツに深く問いただしたくなる。
俺は何の為に存在してるのだろう?
いっそフィクションの世界の吸血鬼のように、華々しく人間達を襲って挙げ句に壮絶な死でも迎えれば、曖昧な存在にも綺麗サッパリ片が付くのかもしれないが。
そこまで羽目を外せる程、俺は脳天気にはなれなかったし。
第一、フィクションの世界のように人間がちゃんと俺を退治してくれる保証すら、どこにもないのだ。
十字架もニンニクも、聖水も白木の杭も、俺には何の意味もない。
動かぬ心臓を串刺しにされたとしても、俺のカラダが消滅する訳でもない。
そりゃまぁ確かに……痛いけどね。
俺に「死」が訪れる事があるならば、それは「思考をしなくなって動かなくなった状態」の事なのだろう。
因みにこのカラダは、まるで人間の男のように女性を満足させる事も出来る。
だがその行為が楽しいかと言えば…?
まぁ…それなりの満足感が得られるって程度で…。
自分から望んで行為に及んだ事など、1度だって無かった。
死ぬ事のない生き物に、子孫を残す為の本能がある筈もない。
だからそういう感情が起こらなかった事について、俺は今まで何の疑問も持たなかった。
必要ないとすら思っていた。
彼に逢うまでは。
そうだ。
彼に出逢った事で、俺は変わったと思う。
なぜならそれまでの俺は、自分が孤独なのだという事さえ解らなかったのだから。
誰かを欲しいと思う気持ちも。
誰かを守りたいと思う気持ちも。
俺は知らなかった。
長い時間を潰す為、沢山の本を読み、映画や芝居を観たりもした。
そして物語の中の登場人物が恋愛感情を口にする度、俺は、彼らはイカレていると思っていた。
俺の中に同じ感情があるなんて、思いもしなかった。
彼の存在が、俺の知らなかった俺を目覚めさせる。
執着心や欲といった、俺の知らなかった感情。
彼の存在が、俺の中の総てを掻き立てる。
触れて、抱きしめて、牙を突きたてて、快楽に悶えさせて…。
俺の総てを満たし、全身で彼を感じたい。
彼の総てで、俺を受けとめさせたい。
俺の側を通り過ぎてゆく、寄り添う恋人達。
酒気を帯び、戯れながら、流れてゆく若者達。
彼らの楽しげな声や様子は、俺の孤独感を逆撫でて、俺が欲したヒトに似ていた娘は、最悪の味がした。
今夜、俺は独りだ。
彼は手の届かない場所にいる。
虚しい現実をいくら反芻しても、意味なんて無いって解っているのに。
考え始めると、もう止まらなかった。
どうせ手に入れられないのなら、この世界の全てを破壊してしまおうか? とか。
彼と俺以外の生き物を、一匹残らず排除してしまおうか? とか。
狂気が滲んだくだらぬ感情に、俺がまとわりつかれ始めた、その時。
不意に、これまで聴いた事もない声が、俺のアタマに響いたのだった。
悲鳴?
いや、それとも少し違うような…。
助けを求める色も見えるが、でもこの声に含まれている感情には、歓喜も満ちている。
辺りを見回しても、道を行く人間達は何も変わった様子もない。
そう、これは紛れもなく俺にしか聞こえていない、特別な響だ。
距離を超えた旋律の、その声音の持ち主を思いだした瞬間。
俺は弾かれたように走り出していた。
しかしあんなものを口にするくらいなら、餓死する方がマシなくらいだ。
もっとも、食わなくたって俺は死にはしないが。
俺のような生物にとっては、『死』という概念そのものが曖昧なのだ。
人間よりも遙かに頑丈な身体は、強度もさる事ながら、根本の構造からして人間とは違う。
コンクリの壁だって拳で破壊する事が出来るし、身体の一部を失ったとしても、同じ形をした人間のパーツをつけてしまえば、それはもう俺の身体になってしまう。
視力や聴力といった分かり易い能力から、年齢を見透かしたり気持ちを感じ取ったりするような、いわゆる「超能力」まで備わっているイキモノなのだ。
気が付いた時からずっと「俺」は「俺」のままだったところを見ると、多分歳も取らないんだろう。
睡眠も休息も必要ない。
陽の光だって平気だ。
俺が夜間に行動するのは、そのほうが目立たず都合がいいってだけで、昼間は起きていたって意味がないから寝てるのだ。
何も出来ずどこへも行けずただジッと壁を眺めていても、つまらない事ばかり考えて気が滅入るだけだから。
まだ人間の世界に馴染みが薄かった頃は、面白半分に人間のフリをして働いたりした事もあった。
けれどそれも、飽いてやめてしまった。
気が向かないとか、気が滅入るとか、俺という存在は笑ってしまうくらい人間とよく似ている。
中身はまるで違うのに、外見は殆ど同じである皮肉。
全く…。
時々、神様ってヤツに深く問いただしたくなる。
俺は何の為に存在してるのだろう?
いっそフィクションの世界の吸血鬼のように、華々しく人間達を襲って挙げ句に壮絶な死でも迎えれば、曖昧な存在にも綺麗サッパリ片が付くのかもしれないが。
そこまで羽目を外せる程、俺は脳天気にはなれなかったし。
第一、フィクションの世界のように人間がちゃんと俺を退治してくれる保証すら、どこにもないのだ。
十字架もニンニクも、聖水も白木の杭も、俺には何の意味もない。
動かぬ心臓を串刺しにされたとしても、俺のカラダが消滅する訳でもない。
そりゃまぁ確かに……痛いけどね。
俺に「死」が訪れる事があるならば、それは「思考をしなくなって動かなくなった状態」の事なのだろう。
因みにこのカラダは、まるで人間の男のように女性を満足させる事も出来る。
だがその行為が楽しいかと言えば…?
まぁ…それなりの満足感が得られるって程度で…。
自分から望んで行為に及んだ事など、1度だって無かった。
死ぬ事のない生き物に、子孫を残す為の本能がある筈もない。
だからそういう感情が起こらなかった事について、俺は今まで何の疑問も持たなかった。
必要ないとすら思っていた。
彼に逢うまでは。
そうだ。
彼に出逢った事で、俺は変わったと思う。
なぜならそれまでの俺は、自分が孤独なのだという事さえ解らなかったのだから。
誰かを欲しいと思う気持ちも。
誰かを守りたいと思う気持ちも。
俺は知らなかった。
長い時間を潰す為、沢山の本を読み、映画や芝居を観たりもした。
そして物語の中の登場人物が恋愛感情を口にする度、俺は、彼らはイカレていると思っていた。
俺の中に同じ感情があるなんて、思いもしなかった。
彼の存在が、俺の知らなかった俺を目覚めさせる。
執着心や欲といった、俺の知らなかった感情。
彼の存在が、俺の中の総てを掻き立てる。
触れて、抱きしめて、牙を突きたてて、快楽に悶えさせて…。
俺の総てを満たし、全身で彼を感じたい。
彼の総てで、俺を受けとめさせたい。
俺の側を通り過ぎてゆく、寄り添う恋人達。
酒気を帯び、戯れながら、流れてゆく若者達。
彼らの楽しげな声や様子は、俺の孤独感を逆撫でて、俺が欲したヒトに似ていた娘は、最悪の味がした。
今夜、俺は独りだ。
彼は手の届かない場所にいる。
虚しい現実をいくら反芻しても、意味なんて無いって解っているのに。
考え始めると、もう止まらなかった。
どうせ手に入れられないのなら、この世界の全てを破壊してしまおうか? とか。
彼と俺以外の生き物を、一匹残らず排除してしまおうか? とか。
狂気が滲んだくだらぬ感情に、俺がまとわりつかれ始めた、その時。
不意に、これまで聴いた事もない声が、俺のアタマに響いたのだった。
悲鳴?
いや、それとも少し違うような…。
助けを求める色も見えるが、でもこの声に含まれている感情には、歓喜も満ちている。
辺りを見回しても、道を行く人間達は何も変わった様子もない。
そう、これは紛れもなく俺にしか聞こえていない、特別な響だ。
距離を超えた旋律の、その声音の持ち主を思いだした瞬間。
俺は弾かれたように走り出していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる