異世界前髪前線

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5.異世界メイクアップアーティスト

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「なぜ、王都に行くの?」

 泣きそうになりながら喜んでいる二人に、僕は問うた。

「えっ? ああ、実はね…」

 ウォルフ様が言うには、以前からずっと領の窮状を訴えて、王国直轄の騎士団に魔物退治の依頼をしたいと思っていたそうだ。
 王国直轄の騎士団ってのは、簡単に言えば国が所有している軍隊のようなモノなので、派遣要請には冒険者を雇うのと違ってお金は掛からない。
 しかしアメリカの海兵隊とか日本の自衛隊みたいに、困ってるから来て! って言えば、すぐに派遣してもらえるもんでもないらしい。
 そもそも領っては地方自治体と違って、領主に絶大な権限が認められていて、ヘタすると王様も領内の事には口出しが出来ない。
 逆に言えば、王様的には、領内のトラブルは自分で解決しろよって立場を保っているから、筋を通して手続きをして、更に王様に「来て下さい」と懇願しないと、騎士団を寄越してはくれないって事だ。

「だけど僕がハゲだから、王に謁見は出来ないんだ」

 貴族は世襲制だけど、ハゲでは貴族になれない。
 と言うか、ハゲは蔑まれる対象だから、ハゲだとバレたら爵位を取り上げられて平民にされてしまうし、ウォルフ様みたいに長年それを隠していた履歴があると、奴隷落ちまでされてしまうかもしれない。
 領民相手ならペスト医師の格好でごまかせるけど、王様の前でまであの仮面を付けている訳にはいかないし、この世界にも一応カツラの文化はあるけど、使っているのは基本的に高齢者だ。
 まだ年若いウォルフ様がカツラを使っていたら、結局はハゲだとバレてしまう。
 ウォルフ様が ”ハゲ” である事は、ゴッドウィン家の使用人にすら明かされていない秘密で、知っているのはセバスチャンとその父親だけだ。
 セバスチャンは、代々ゴッドウィン家の執事をしている家系で、ウォルフ様にとっては兄弟同然の間柄なんだそうだ。

「じゃあ、僕のスキルでカムフラージュをすれば、王様に謁見出来る…かもだけど…」

 言い淀む僕に、二人は怪訝な顔をする。
 正直、僕も最初にウォルフ様の顔に猫メイクをした時には、そんなに深く考えてなかった。
 だけど、先刻ウォルフ様にメイクを施していた時。
 僕はパフから思う通りのファンデーションが塗れた事に驚いたけど、同時にメイクを施されているウォルフ様が、なんかちょっと妙な態度だった事も気になってた。
 謁見のためにメイクをするって事は、ほぼ全身にカムフラージュを施すって事だ。
 それ、大丈夫なの? って意味で、僕はその問いかけを口にする。

「腕とか足とか、見えるトコロは当然全部するけど。何があるか判らないから、見えないトコロも、ある程度はカムフラージュしなきゃでしょ?」

 謁見の時に着る服装が、どんな物かは知らない。
 だけど、襟元とか肩辺りは、保険として絶対にメイクをするべきだと思う。
 でもメイクに微妙な抵抗感を示したウォルフ様が、肩とか脛とかに同意出来るのだろうか?
 僕に指摘されて、ウォルフ様は一瞬迷うような顔をしたけど。

「今の状況を考えたら、そんなコト言ってる場合じゃない。直ぐにも手足に施してもらって、出来るだけ早く王都に行かなきゃだよ」

 領主としての責任の方が、個人的な抵抗感を上回ったらしい。

「では、スキルの使用を誰にも見られないように、私室に準備をします」

 服を脱いで全身に…となれば、食堂でなんか施す訳にいかないって気付いて、セバスチャンが出て行った。

「じゃあ、僕らも行こうか」

 屋敷内と言えど、セバスチャン以外はウォルフ様の事情を知らないのだろう。
 廊下に出る前に、ウォルフ様はペスト医師の仮面を被った。



 僕達は、セバスチャンがしっかりと人払いと、窓の施錠や見えないようにしっかりとカーテンを閉めてくれた、ウォルフ様の私室に場所を移した。
 ペスト医師の仮面を外し、全身を覆い隠していたローブを脱ぐと、伸び切ったTシャツみたいな下着を着ている。
 僕は、暖炉の傍に置かれていた肘掛け椅子にウォルフ様を座らせて、その前に跪くような格好でしゃがみ、片方の足に触れた。
 化粧用のパフを持って、脛にファンデーションを塗りながら、顔に施したファーと同じイメージを想像すると、たちまちそこに白っぽい猫みたいなフェイクファーのカムフラージュが施される。

「んんっ…」

 途端に、ウォルフ様がビクッと身を竦ませた。

「やっぱり、なんか痛いの?」

 僕が問うと、ウォルフ様は首を横に振る。
 でも僕が次のひと塗りをすると、やっぱりなんだか体を強張らせて、唇を噛んで声を押さえている。

「大丈夫?」
「平気…だよ。別にその…痛いとかじゃないんだ……」

 完全に猫顔のウォルフ様の顔色は判らないけど、目元がちょっと潤んでいる。
 その目に滲んだ感情は、確かに痛みを堪えているのとは違っていて、むしろなんだか、色っぽくすらあった。
 僕は手を伸ばし、もみあげ部分から繋げて伸ばした長い毛で隠した、ウォルフ様の耳をつまんだ。

「うひゃあっ!」

 突然耳をつままれて驚いたのだろうけど、それ以上に赤く染まった耳朶に、なんとなくだけど「ああ、やっぱり」って思った。
 何が「やっぱり」なのかと言うと、向こうの世界に居た時から、僕はメイク術に関しては絶対の自信を持っていたからだ。
 勤め先のブライダルサロンでも、コスプレ仲間を手伝った時でも、僕にメイクをしてもらった相手が賛辞を送る時に、ほぼ必ず「気持ち良いくらい、可愛くなった」って言われた。
 この賛辞はあくまで、メイクアップで可愛く変身した事による、気持ちの高揚なんだろう、あっちの世界では。
 しかしこちらでは、僕のメイク術はスキルだ。
 気持ち良さまでスキルに取り込まれているとしたら、僕にカムフラージュを施されている時に、快感を得ていても不思議は無い。

「ご…ごめん、変な声を出し……て……」

 慌てて謝罪するウォルフ様に、僕はキスをしてた。
 慌てふためいて、狼狽えている様子があんまり可愛かったからだ。
 最初は僕の行為に混乱していたウォルフ様だったけど、少し落ち着いたところで僕の肩を掴んだ。

「ちょ…っとっ!」
「ごめん。だって、あんまりカワイイ顔をするから」
「キミって、そういう趣味だったのっ?」
「そういう…?」
「って言うか、キミの世界にも性別はあるんだよねぇっ?!」

 ああ、そうか。
 僕の周りに居た、メイクアップアーティストって、性別みたいなモノをあまり気にしないヤツが多かったんだよな。
 かくいう僕もその一人で、性別なんてのは、美を際立たせる時のスパイス程度の認識しかない。

「性別の概念はあるけど、僕にその垣根は無いかな…」
「えええっ!」

 どうやらウォルフ様は、筋金入りのノンケらしい。
 せっかくこんなに可愛いのに、もったいない。

「でも、公私を分けるのが僕の流儀だから、大丈夫。ごめんね」

 テヘペロって笑って、僕はウォルフ様の肩に手を掛け、真面目に仕事に戻った。
 ウォルフ様は、僕のヨコシマな下心と、自身がどうしてもやり遂げなきゃならない義務感と、微妙に気持ちいいカムフラージュと、色々翻弄されつつも結局はメイクを完成させた。
 僕が性急に事を運ばなかったのは、どっちにしろ僕の能力が必要なウォルフ様は、僕を屋敷から追い出したりは出来ないって解っていたからだ。
 それに、キスをした様子から、なんとなくの手応えは感じている。
 ウォルフ様を口説く時間はたっぷりあるし、どうせ僕も王都に着いていくつもりだしね。



*異世界前髪前線:おわり*
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