白雪ちゃんと七人の男

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Tuesday1

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 朝の入浴を済ませた後は、リハビリを始めるのが平日の日程だ。
 現在俺が暮らしているマンションは、モノズキなパトロン共の多大なる好意(?)のお陰でヘタな病院よりも立派な「リハビリ専用ルーム」が作られていて、ドコゾに通う手間はない。
 お陰で俺は、月に一度の検診の時ぐらいしか表に出ない…という生活をしている。
 ハッキリ言ってそういう意味では、都心の一等地にある高層マンションに住んでいるのは贅沢と言っていいだろう。
 もっとも、ココに通ってくるモノズキ共は都心で仕事をしているのがもっぱらだから、ヤツらの都合を考えたら、妥当な場所…というコトになるかもしれないが。
 俺の怪我は、実際問題として両足以外の部分と表面的なモンダイを除けば、とりあえず「事故前」とほとんど同程度にまで回復している。
 集中治療室から出てきたばかりの時は両腕に痺れがあったが、それは一時の事で、精密検査の結果は特別問題はないと医者から太鼓判を貰えた。
 一方、いくら小柄と言っても鉄のカタマリである事に変わりはない「ポルシェ」に轢かれた足は、「辛うじて切断を免れて原形を留めているだけマシ」ってな状況だ。
 ジャックが言う所の「目立つ」傷に至っては、目立つ…なんてのは友人的立場からジャックが優しく表現してくれているだけに過ぎず、腰から下…特に両足は継ぎ目だらけのフランケンシュタインみたいになっている。
 オマケに神経の繋がりも少々イカレているから、夜眠っている時にいきなり痙攣して飛び起きる事も頻繁だ。
 だが、無一文で病院から叩き出されそうだった時と違い、今の俺は金の心配だけは全くしなくて良い身の上になっている。
 それどころか、パトロン共の存在によってそうした不安を全く取り除かれてしまった俺は、同時に日がな一日ロクにやる事もない。
 元々、やや偏執狂的な性格をしている俺は、一つの事に熱中して入れ込んでいる時はともかく、やる事がない…っていうのはかなりツライ。
 というか、入れ込む事が無いと無意識のうちに入れ込めるナニカを常に模索してしまうような傾向さえある。
 結果、俺は件のリハビリルームに入り浸り、歩行訓練ばっかりしているワケだ。
 もっとも、今のところそれはあまり功を奏しておらず、俺の足は相変わらず杖が無ければ立っている事もままならない状態が続いている。
 医者は「杖が無くても歩けるようになる(かもしれない)」と俺に言ったが、同時に「どんなに頑張っても、走る事は二度と出来ない」とも言った。
 以前に見たテレビで、最近のサイバネティック技術というのは飛躍的に進歩していて、腿の付け根から足を切断された人間の為に開発された義足というのは、訓練次第によっては「走る」コトも可能だというが。
 だからってせっかく「切らずに済んだ」両足を、わざわざ切断する気になるワケもなく。
 もう二度と元には戻らないと判っているポンコツ相手に、俺はリハビリを続けているのだ。
 俺がそこで歩行訓練をしている間、ジャックは室内の清掃などをしてくれる。
 ハッキリ言って、今の俺はジャックがいなかったら生活の大半が行き詰まるだろう。
 ジャックに向かってはカッコつけて「家政婦を雇えば、なんとでもなる」と言ったが、本音を言うならそんなコト絶対にしたくない。
 そりゃあ以前の、ただ少しばかり名前が売れたミュージシャン…という肩書きだった頃ならば、見知らぬハウスキーパーを雇う事にそれほどの抵抗はなかっただろう。
 だが、今の俺の状況は、フツーに考えたらあまりにも「異常」だ。
 ここに至るまでの経緯と、俺の性格と、その他諸々全てを理解してくれているジャックだからこそ、俺は気楽…とまではいかないが、なんでも任せられる。
 少なくとも前夜、フミアキとナニをしたのか赤裸々に語る肌身を晒して風呂の介助をして貰う…なんて、ジャック以外の見知らぬハウスキーパーには頼めない。
 それどころか。
 リハビリをしていると、あまりにも自分の自由にならない自分の足に、段々と腹が立ってくる。
 それはもう、毎日同じくらい同じコトで腹を立て、同時に情けなくて涙が出そうだ。
 苛立ちと腹立たしさで、いつだって俺は少し無茶なコトを始めてしまうのだが。
 気持ちに絶対ついてきてはくれない身体は、無様にもつれてひっくり返る。

「ダメじゃないか、手すりから手を放しちゃ!」

 床に身体を打ち付けてのたうっていると、様子を見に来たジャックが駆け寄ってきた。
 ハウスキーパーの仕事をしながら、同時にジャックはちゃんと俺の様子もチェックしていて、ちょっとでもこういった不穏な動きをすると即座に飛んでくる。
 苛立ちと情けなさで半ばヒステリックになっている俺は、立ち上がれない自分の足がまるでジャックの所為のような罵詈雑言を吐き、子供みたいにワアワア泣き叫ぶ。
 後になって落ち着いて考えると、とんでもないコト言ってるって思うのに。
 ジャックはそんなコト最初から解ってる…みたいな顔で、笑うのだ。

「今日はもう、終わろうよ、シノさん」
「イヤだっ!」
「でも、ほら、もうお昼だからさ。続けるにしても、食事をしてからにしよう?」

 ダダをこねる俺を宥めすかして、ジャックは俺をリハビリルームから引き離す。
 今はこの程度だが、病院を退院したばかりの車いすに乗せられていた頃などは意地になっていて、ジャックが俺を車いすに戻そうとするとやたらに腕を振り回して暴れたりしたんだから、全く迷惑な話だっただろう。
 だがジャックは、そんな俺に対して愚痴の一つも零さない。
 確かに今のジャックは、こうした介助の仕事をやっているごく一般的な介護士の給料よりも破格の金額で雇われている。
 中師サンを始めとする俺のパトロン共は、金回りはさほど悪くない連中ばっかりだ。
 そしてヤツらは、俺がジャック以外の誰にも身の回りの世話を任せたくない…という要望を聞き入れて、ジャックを破格の給料で雇う事を了承したのだ。
 もっとも、正確にいくら支払われているか…なんて、俺の関与するコトじゃないから知らないが。
 少なくとも、俺の付き人をやっていた時よりも遥かに高額だろう。
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