時の情景

琉斗六

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5-1:月とエール

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 食事を済ませ、マダムから分けてもらった薬草の茶を煎れる。
 飲み口は煎茶に似ているので、俺はそのまま飲むが。
 テオにははちみつを出してやった。

「いい香りのお茶ですね」
「自分用のだけは、味も匂いもまともなんだよな、あの婆さん」
「王宮にいた頃、聖女様が飲むお茶を、トキオミさんが煎れてましたよね」
「最初のうち、毒を警戒してたんだ……」
「しかし、聖女様は毒が効かないのでは?」
「そうなんだけど、一度クセが付くと、抜けなくなるんだよ」

 しかも、ポテトチップスやらポップコーンなんてすぐに飽きるだろうと予想した俺は、JCが喜びそうな生菓子を作るために厨房に入り浸り──。
 プディングの概念があったので、カスタードプリンを作って、映えをさせるために果物の飾り切りを覚え、ホイップクリームの絞り口まで作らされた。
 ノリが軽く、部屋に一人でいるのがつまらなくなった如月は、途中から一緒になって飾り切りを覚え、俺より映え可愛い盛り付けをしてマウントを取ってきたりもした。

「テオが冒険者になっちまったら、如月は寂しがってるんじゃないか?」
「いえ……それに関しては、僕が騎士を辞したいと言った時、聖女様も賛成してくださってるので、大丈夫です」
「なんだ。テオは如月と友達みたいになってたと思ってたのに。意外に薄情だな、あいつ……」
「違います。僕がトキオミさんを探しに行きたいと言ったら、それなら "ぜひエノセンを守って" と……」
「守る?」
「はい。レオン殿下は召喚直後は、聖女様が本来持っているべきだった翻訳のスキルを、トキオミさんが巻き込まれた所為で掠め取られたと考えていました」
「あ~、そりゃ口に出して言われたから知ってる」
「ですので、腹いせにトキオミさんを追放し、暗黒の森で魔獣まじゅうに襲われ、悲惨な最後を遂げれば良いと考えていたようです」
「幸い、魔獣まじゅうと遭遇しなかったおかげで、生き残ったけどな」
「僕が……もっと発言権があれば、事前に追放の策略に気付いて、お供も出来たと思うと……悔しいです」

 テオの手元で "べきっ" って音がしたので見ると、木製のスプーンが怒りの拳にへし折られていた。

「あ、すみません。思い出したら、腹が立って」
「いいよ。どうせハギレを削って、俺が作ってんだ」

 お茶にも折れた破砕が入ったので、俺は器ごと替えてやった。

「僕は、本当はすぐにでもトキオミさんを探しに来たかったんですが。冒険者として信用を勝ち得るランクがないと、本当に自由に動き回るのは難しくて。それで三年も掛かってしまって、申しわけありません」
「そもそも、俺は無事に定住したって連絡、如月からテオにも伝わってんだろ? 守るってなんだよ?」
「レオン殿下は、未だ聖女様を娶ることを諦めていません」
「しつこい男は、嫌われるのになぁ」
「しかし、聖女様を娶らねば、レオン殿下は王太子の任命を受けられませんから」
「なるほど……。そういえば、聖女の召喚をする前から、弟のジークのほうが次期国王に……って言われてたんだっけな」

 王宮からしばらく離れていたものだから、そんな政争が渦巻いていることをちょっと忘れかけていた。

「この辺境の村で、トキオミさんが子供たちに文字と計算を教え、さらに村の衛生管理もされたでしょう? その噂が王家の影の耳に入り、レオン殿下の元にトキオミさんの居場所が知れたようです。トキオミさんを暗闇の森で殺そうとしたことも許せませんが……。レオン殿下は、トキオミさんを拐って人質にとり、聖女様に結婚を迫る計画をしているらしいのです」
「王家の影が掴んだ情報で、あのすっとこどっこいが考えた策略……を、なぜテオが知ってるんだ?」
「聖女様からの情報です」

 如月が、ただの能天気娘を卒業し、聖女としてしっかり政治基盤を整えているらしいのが、実に頼もしい。

「せっかくここで、なんとかやってけるようになったんだが……。ノルヴェリオを出たほうがいいのかなぁ?」

 俺は、マダムからもらったエールを持って、テオに玄関先に出るように勧めた。
 今の季節、日が暮れて3つの月が夜空に浮かぶさまもなかなか情緒があっていいのだが、それ以上に日中にっちゅうの暑さが引いたこの時間は、夕涼みに最高なのだ。

「トキオミさんが王国を出ていかれるのは、勧めません。レオン殿下が人質にと考える程度に、周辺諸国でも聖女様の "先生" という立場は政治的に危うい存在です」

 家の前に置いたロッキングチェアの1つをテオに勧め、冷えたエールをやりながら月を眺める。
 見慣れた──あのとはクレーターの形も、大きさも……数も違うが……。
 この時間は、それなりに贅沢な気分を味わえる。

「如月の足は、引っ張りたくねぇなぁ……」

 しょぼいスキルしか持ってないこんなおっさん……とは思うが。
 俺だって、ガラクタの山と分かっているショルダーバッグの中身を、未だ処分出来ずにいる。
 故郷への未練は、如月より俺のほうが、思考の柔軟性を欠く分大きいと思うが……。
 しかし、同じ言語を話せる唯一の相手を失うとなったら、いくら能天気娘の如月だって、ショックはでかいだろう。
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