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23、あんたならできる
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手すりと常夜灯を頼りに下りていく。一歩一歩、進むたびに木がきしむ音が響く。空雄の心はすっかり冷めきっていた。
どうしてこんなひどいしうちを。にゃんこ様は以前こう言った。おぬしは何も悪くない、と。神社に来たばかりの頃、この理不尽な現実を運が悪かったのだと自分に言い聞かせた。だけど、あまりの理不尽さに怒りを通り越し、悲しみが込み上げる。
どうして鈴音はあんなに苦しまなければいけない。体を傷つけなければいけない。空雄は階段の中間で壁に手をつき、腰を下ろした。髪を垂らし、下を見た。堅く握った拳を壁にぶつける。自分が生まれ、平凡に育ってきた間も、鈴音たちは戦ってきた。それでも生きていかなければいけない。終わらない体を抱え、もがき苦しみ、絶望しようとも。
空雄はゆっくり立ち上がり、階段を下りた。この先に、かつて猫戦士だった沢田麗羅という猫戦士がいる。階段の先には10畳ほどの薄暗い空間があった。一瞬物置かとも思ったが、奥に大きな台があり、上に人形の石像が横たわっていた。髪の長い美しい女の人で、目は開かれ、手は何かを求めるように伸びている。頭には猫の耳があり、しっぽもある。表情はどこか切なく、優しさが感じられた。
この人が、沢田麗羅。神社の境内に並べられた猫の石像と同じように、生きたまま石にされた。石井道夫は猫と猫戦士の首に触れることで石に変える。空雄は自分もかつて首をつかまれたことを思い出した。鳥居の前に現れた男が、石男だとは思いもしなかったあの時。あと一歩、流太が助けに来るのが遅れていれば、空雄は石にされていた。
彼女にできなかったことが、以前の五大猫神使(ごだいびょうしんつかい)にできなかったことが、自分にできるだろうか。鈴音が言ったように、力を合わせればきっとできる、そう思いたかった。でも、今となっては自信が落ちるところまで落ちた。もし、できなければ、人間に戻る未来は遠ざかったままだ。ちゃんと元の姿に戻ると小春に約束したのに。
元通り、人の姿で家に帰って、家族と過ごして、学校にも行って。戻りたい、あの頃に。心が粉々になりそうな時、母の姿が頭に浮かんだ。
”焦る時ほど冷静でいなさい”
今にもそう言って励ましてくれそうな笑顔を。自分は今、冷静でいるのか。そう問い掛けて空雄は目を閉じた。鈴音のけが、麗羅の石像を見て、動揺した。石井道夫の恐怖におびえ、自分には成し遂げられないと弱気になり、ふさぎ込もうとしていた。
きっと母は、視野が狭くなった時こそ、広い視野を持てと言ったんだ。感情に流され、泣いているうちは冷静な判断なんて下せない。
流太は3日戻ってこなかった。
鈴音が道夫との戦いで重傷を負った時に彼は町に出たというが、普段空雄に付きっ切りだった流太が単独で町に出るのはこれが初めてだった。空雄は鳥居の外に出られず、ただ彼が神社に戻ってくるのを待つしかなかった。
鈴音の体は元に戻ったが、心までは戻らなかった。あんなにひどいけがをすれば、心の傷も相当だ。普段は笑顔で話し掛けてくる鈴音も、ここ数日は影のある顔で誰とも話さなかった。重苦しい空気が境内に満ちる中、空雄は1人猫拳の訓練に勤しんでいた。見回りを許されていない今の自分は、鈴音の代わりに町へ出ることもできない。
夕刻、瓦割りをしていると、流太がやって来るのが見えた。彼の顔にはいつもの笑顔が張り付いていたが、目元はどこか疲れていた。
「3日も帰らないから、心配したじゃないですか」
「俺がいない間もちゃんと訓練して、偉い偉い。空雄、これからは俺もシフトに戻る。だから、頻繁に訓練の相手をしてあげられなくなる」
きっと、鈴音と石井道夫のことだ。鈴音が大けがをしてから、平穏だった空気ががらりと変わった。流太が3日の間に一度も帰ってこないなんて相当だ。でも、何をしていたのかは聞くに聞けなかった。
うつむく空雄の前に影が差す。見上げると流太が安心できる笑みを浮かべていた。
「大丈夫、あんたならできる」
「そんなの……」
「根拠がないって?」
空雄は見返した。
「俺にそう言わせたんだ。十分だろ」
この時、空雄は初めて理解した。信じられているのだと。自分にできることは、今流太が言ったことをうそにしないこと。仲間を信じ、石井道夫を滅ぼし、みんなで人間に戻ること。この終わりなき世界に、終わりをもたらすことだ。
「それじゃあ、さっそくお手合わせ願おうか」
空雄はいつもの対人訓練だと思いうなずいたが、違った。通常は流太が空雄の拳を受け止め、攻撃の指導をしてくれるが、今回は流太も手袋を身に着け、エネルギーをためる姿勢を示した。そう、彼も同じ猫拳を使うという意思表示だった。流太の猫拳。空雄はまだ一度もちゃんと見たことがない。
2人はうっすら雪が積もった竹林の中で向かい合っていた。空雄も拳を握り、流太を攻撃対象として捉える。空雄からは引の原理による風が引き寄せられ、流太からは斥の原理による風が外側に向かってゴウゴウ吹いた。2人は同時に地を蹴る。
どうしてこんなひどいしうちを。にゃんこ様は以前こう言った。おぬしは何も悪くない、と。神社に来たばかりの頃、この理不尽な現実を運が悪かったのだと自分に言い聞かせた。だけど、あまりの理不尽さに怒りを通り越し、悲しみが込み上げる。
どうして鈴音はあんなに苦しまなければいけない。体を傷つけなければいけない。空雄は階段の中間で壁に手をつき、腰を下ろした。髪を垂らし、下を見た。堅く握った拳を壁にぶつける。自分が生まれ、平凡に育ってきた間も、鈴音たちは戦ってきた。それでも生きていかなければいけない。終わらない体を抱え、もがき苦しみ、絶望しようとも。
空雄はゆっくり立ち上がり、階段を下りた。この先に、かつて猫戦士だった沢田麗羅という猫戦士がいる。階段の先には10畳ほどの薄暗い空間があった。一瞬物置かとも思ったが、奥に大きな台があり、上に人形の石像が横たわっていた。髪の長い美しい女の人で、目は開かれ、手は何かを求めるように伸びている。頭には猫の耳があり、しっぽもある。表情はどこか切なく、優しさが感じられた。
この人が、沢田麗羅。神社の境内に並べられた猫の石像と同じように、生きたまま石にされた。石井道夫は猫と猫戦士の首に触れることで石に変える。空雄は自分もかつて首をつかまれたことを思い出した。鳥居の前に現れた男が、石男だとは思いもしなかったあの時。あと一歩、流太が助けに来るのが遅れていれば、空雄は石にされていた。
彼女にできなかったことが、以前の五大猫神使(ごだいびょうしんつかい)にできなかったことが、自分にできるだろうか。鈴音が言ったように、力を合わせればきっとできる、そう思いたかった。でも、今となっては自信が落ちるところまで落ちた。もし、できなければ、人間に戻る未来は遠ざかったままだ。ちゃんと元の姿に戻ると小春に約束したのに。
元通り、人の姿で家に帰って、家族と過ごして、学校にも行って。戻りたい、あの頃に。心が粉々になりそうな時、母の姿が頭に浮かんだ。
”焦る時ほど冷静でいなさい”
今にもそう言って励ましてくれそうな笑顔を。自分は今、冷静でいるのか。そう問い掛けて空雄は目を閉じた。鈴音のけが、麗羅の石像を見て、動揺した。石井道夫の恐怖におびえ、自分には成し遂げられないと弱気になり、ふさぎ込もうとしていた。
きっと母は、視野が狭くなった時こそ、広い視野を持てと言ったんだ。感情に流され、泣いているうちは冷静な判断なんて下せない。
流太は3日戻ってこなかった。
鈴音が道夫との戦いで重傷を負った時に彼は町に出たというが、普段空雄に付きっ切りだった流太が単独で町に出るのはこれが初めてだった。空雄は鳥居の外に出られず、ただ彼が神社に戻ってくるのを待つしかなかった。
鈴音の体は元に戻ったが、心までは戻らなかった。あんなにひどいけがをすれば、心の傷も相当だ。普段は笑顔で話し掛けてくる鈴音も、ここ数日は影のある顔で誰とも話さなかった。重苦しい空気が境内に満ちる中、空雄は1人猫拳の訓練に勤しんでいた。見回りを許されていない今の自分は、鈴音の代わりに町へ出ることもできない。
夕刻、瓦割りをしていると、流太がやって来るのが見えた。彼の顔にはいつもの笑顔が張り付いていたが、目元はどこか疲れていた。
「3日も帰らないから、心配したじゃないですか」
「俺がいない間もちゃんと訓練して、偉い偉い。空雄、これからは俺もシフトに戻る。だから、頻繁に訓練の相手をしてあげられなくなる」
きっと、鈴音と石井道夫のことだ。鈴音が大けがをしてから、平穏だった空気ががらりと変わった。流太が3日の間に一度も帰ってこないなんて相当だ。でも、何をしていたのかは聞くに聞けなかった。
うつむく空雄の前に影が差す。見上げると流太が安心できる笑みを浮かべていた。
「大丈夫、あんたならできる」
「そんなの……」
「根拠がないって?」
空雄は見返した。
「俺にそう言わせたんだ。十分だろ」
この時、空雄は初めて理解した。信じられているのだと。自分にできることは、今流太が言ったことをうそにしないこと。仲間を信じ、石井道夫を滅ぼし、みんなで人間に戻ること。この終わりなき世界に、終わりをもたらすことだ。
「それじゃあ、さっそくお手合わせ願おうか」
空雄はいつもの対人訓練だと思いうなずいたが、違った。通常は流太が空雄の拳を受け止め、攻撃の指導をしてくれるが、今回は流太も手袋を身に着け、エネルギーをためる姿勢を示した。そう、彼も同じ猫拳を使うという意思表示だった。流太の猫拳。空雄はまだ一度もちゃんと見たことがない。
2人はうっすら雪が積もった竹林の中で向かい合っていた。空雄も拳を握り、流太を攻撃対象として捉える。空雄からは引の原理による風が引き寄せられ、流太からは斥の原理による風が外側に向かってゴウゴウ吹いた。2人は同時に地を蹴る。
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