視聴の払霧師

秋長 豊

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27、クモの糸

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 扉が古めかしい音を立てて開いた。朝だと言うのに、中は夜みたいな暗さで、ろうそくの明かりだけがポツポツついている。

(うわ、怪しい雰囲気だな)

 扉が閉まり、龍太郎の気配も消えた。一歩踏み出すだけで自分の足音が反響する。外とは異なり密閉性の高い空間だ。暗闇に目が慣れてくると、突然大きなろうそくにボッと火がともってしわがれた女の顔がのっぺりと青白く浮かび上がった。驚きのあまり心臓は早く脈打ち嫌な汗が頭皮から染み出た。

「お、おはようございます! 吉田さん! このたびは――」

「座りなさい」

 言葉でねじ伏せられた。

 具視は言葉ごと唾をのみ込んで、言われた通り用意された座布団に座った。目の前には、黒い着物を着た女が座っている。顔には何十年と時の流れを感じる深いしわが刻み込まれ、ボソボソの髪は束ねられている。きっと、この人が職員の言っていた吉田で間違いないだろう。

「お前さん、名前は」


「波江具視です」

 吉田は垂れ下がった瞼を持ち上げると、小粒な目で具視を見つめた。

「クモは嫌いか?」

 質問の主旨が分からない。

「クモは嫌いか?」

「嫌いです」

 困惑しながら答えると、吉田は2、3うなずいて顎を引いた。

「以前、私のクモを見て気絶した者がいたから、それ以来初めて審査を受ける者には毎回聞いている。なに、大嫌いでなければ問題にはならないだろう。さて、お前さんの守護影を眠りから覚ます前に、糸でどんな守護影が眠っているのかを見よう」

「そんなことができるんですか?」

「さよう。私のクモが教えてくれる」

 表情の読み取れなかった吉田は、ここにきて初めて薄気味悪く笑った。この部屋も入った時から不気味だったし、いきなりクモの話をされるし、具視は早くも帰りたい気分になった。でも、我慢、我慢するんだ。今を耐えなくては守護影を見つけることはできない。

「でておいで」

 ゾワゾワゾワッ。

(こえぇ)

 吉田はどこを見るわけでもなく目をつむって穏やかに言った。数秒待ってみても、クモらしきものはどこにも見えなかった。それでもじっと耐えて待っていると、カサカサッと嫌な音が真後ろから背筋をなぞるように聞こえた。全身鳥肌が立って悪寒が止まらない。バッと振り返ると、天井から糸を垂らしてぶら下がる巨大なクモが脚を動かしていた。

「げっ!」

 かなり気持ち悪い。やっぱりクモは嫌いだ。

「これが私の守護影だ」

 具視は黒い半透明のクモをまじまじと見つめた。

「波江具視の影にすむ生き物を見てきなさい」

 本当にそんなことができるのだろうか? 具視は事の顛末を見届けようとクモの動きから片時も目をそらさないように注視した。クモは明らかに吉田の声に反応し、体勢を変えると腹先から垂らした影の糸を具視から延びる影に落とし入れた。

「なにを――」

「動かないで」

 立ち上がろうとした具視を吉田は言葉で制した。影の糸が自分の影に落とされ、どこまでも深く落ちていく。数分たったところで、急に体のしんが火照るような気恥ずかしさを感じた。裸になった姿を誰かに見られているような、感じたことのない羞恥心。さっき吉田は影にすむ生き物を見て来いと命令していたが、まさか、自分の心まで読まれているのだろうか?

「心を穏やかに。深呼吸して」

 具視は姿勢を正し、言われた通り深呼吸して冷静になった。

「今、お前さんの影に糸が入っている」
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