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15、同盟の目的
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なにも考えられなかった。花は有之助の手を引いて車をつかまえた。白知丸も簡単な荷物を持って一緒に店を出た。
なにがあったのか尋ねても花はただ「とにかく来いと言われました」と言うだけだった。母によくないことがあったのは明白だった。でなければ、こんな夜に病院から電話があるはずない。病院に駆け込むと案内されたのは手術室の前だった。有之助は唯一の家族として診察室で待つ医師に呼ばれた。席に着くなり医者はこう告げた。
「この容態から回復することは難しい。でも、呼吸器をつけていれば命を長らえさせることができる。少し時間をあげるから、どうしたいのか決めなさい」
有之助は時計の針を長いこと見つめた。やっと、2人で逃げて来られたのに。信之助が命を懸けて守ってくれたのに。ここで母を死なせていいわけがない。一方で、同時に母はなにを望むのだろうかとも思った。
「母さんを……助けてください」
「分かった」
有之助は部屋を出て床に崩れ落ちた。花と白知丸は力の抜けた有之助の体を支え、待合室のいすに座らせてくれた。
「どうしてこんなことに」有之助は吐き気すら感じて言った。「医者は僕に選べと言った。母さんが今ここで死ぬか、目を覚まさないまま生き続けるか。だから僕は、ただ、死なせたくはないって。母さんは、なんにも幸せになっちゃいないんだ。こんなに苦労してきた人が、こんな最期だなんて、あんまりだっ」
あとはもう、言葉にならなかった。花はなにも言わず抱き締め背中をさすってくれた。手術は朝まで続き、日が昇るころに医師が手術室から出てきた。
有之助はすぐさま母のいる病室へ駆けて行った。いつもみたいにベッドに横たわっている。口元には人工呼吸器が着けられ、母はチューブにつながれていた。どんなに話し掛けてもまつげ一つ揺れ動くことはなかった。
「母さんっ!」
有之助は死んだように眠る母の手を握った。何度も頭をなで、抱き寄せてくれたあの手の温かさは変わらないのがまたつらかった。
「必ず治るって、そう、言ったのに」
有之助はせき込みながら言った。
暗い病室の中には有之助の泣き声だけが響いていた。花は病室のドアに透けて見える人影を見て外に出た。腕を組んで壁に寄り掛かって次男が黙って立っていた。彼は冷静な面持ちのまま廊下を歩いていった。
まるで、世界中の美しいものが枯れ果てていくような感覚だった。有之助は一睡もせずに母のそばを離れようとしなかった。ひょっとしたら目を覚ましてくれるんじゃないかと、そう信じていたからだ。
けれど現実は残酷だった。母は目を覚まさず、チューブにつながれて辛うじて命をつないでいる状態だ。金の盾に帰ったのは3日もたってからだった。花と白知丸はその間必ず食事を届けてくれた。
「なにか食べないと」
店に戻ると、花は目の下にくまをつくりぐったりした有之助を温かい毛布で包み、暖炉のそばに座らせながら言った。温かいスープを一口飲んだが、もうおいしいという気持ちさえ考える余裕がなくなっていた。
「しばらくは働かなくていいですからね」
「すぐ、良くなりますから」有之助は言った。
「いいんですよ。こういうときは、ゆっくり過ごすのが一番です」
有之助は自分の命を奪われたかのような気さえした。事実、これまでのつらい道を歩いてこられたのは母がそばにいたおかげだ。母は命同然だった。
それでも働かないわけにはいかなかった。有之助は一週間してようやくご飯をちゃんと食べられるようになり、花の言う通りまずは自分が元気にならなければという気持ちにもなった。
時間がたつごとに、今の状況を受け入れられるようにもなった。母は死んだわけじゃない、その事実だけが希望として唯一折れそうな心を支えていたのかもしれない。
がむしゃらに働く日々が続いた。母に話し掛ける言葉も忘れなかった。「おはよう」「おやすみ」は必ず言ったし、その日あったことをなるべく笑顔で語るようにもしていた。病院を出た途端大声で泣くこともあった。それでも有之助は常に母のことを思っていた。
暗闇の中で、有之助の意識は変わりつつあった。変わったというよりも、再認識したと言った方が正しい。信之助が協会に殺された時から胸にあった強い反骨精神は、今も胸の中で燃え続けている。
ある時、有之助は2階の事務所で次男と向き合っていた。部屋は灯籠の明かり一つ。障子からぼんやりと差し込む月の光が窓辺に座る次男を照らしている。
「話とはなんだ」
暗闇に溶ける穏やかな口調で言った。
「次男さん、一つお願いがあるんです」
次男はゆっくり瞬きした。
「僕を同盟に入れてください」
「断ったはずだ」
即座に言って次男は背中を向けた。
「話を聞いてください。兄が死んでから、毎日のように考えたんです。なぜ、信は死ななければいけなかったのか。もし、違う国に生まれていれば、こんなことにはならなかったって。変えなければいけないのはこの国なんです。
張り裂けるような苦しみを味わっている人が、僕以外にもたくさんいるはずなんです。どこかで断ち切らなければ、悲しみは連鎖する。だから僕は名前を切りたい。この国から、人々をしばりつける名前を」
静かに鼻から息をつく音がした。
「本気なんです」
「名切り同盟の新の目的を聞いてもなお、お前は同じことが言えるのか」
次男はかぶせるように強く言った。
「同盟の目的は王の首をとること」
次男は静かに言うと拳を力強く握った。
なにがあったのか尋ねても花はただ「とにかく来いと言われました」と言うだけだった。母によくないことがあったのは明白だった。でなければ、こんな夜に病院から電話があるはずない。病院に駆け込むと案内されたのは手術室の前だった。有之助は唯一の家族として診察室で待つ医師に呼ばれた。席に着くなり医者はこう告げた。
「この容態から回復することは難しい。でも、呼吸器をつけていれば命を長らえさせることができる。少し時間をあげるから、どうしたいのか決めなさい」
有之助は時計の針を長いこと見つめた。やっと、2人で逃げて来られたのに。信之助が命を懸けて守ってくれたのに。ここで母を死なせていいわけがない。一方で、同時に母はなにを望むのだろうかとも思った。
「母さんを……助けてください」
「分かった」
有之助は部屋を出て床に崩れ落ちた。花と白知丸は力の抜けた有之助の体を支え、待合室のいすに座らせてくれた。
「どうしてこんなことに」有之助は吐き気すら感じて言った。「医者は僕に選べと言った。母さんが今ここで死ぬか、目を覚まさないまま生き続けるか。だから僕は、ただ、死なせたくはないって。母さんは、なんにも幸せになっちゃいないんだ。こんなに苦労してきた人が、こんな最期だなんて、あんまりだっ」
あとはもう、言葉にならなかった。花はなにも言わず抱き締め背中をさすってくれた。手術は朝まで続き、日が昇るころに医師が手術室から出てきた。
有之助はすぐさま母のいる病室へ駆けて行った。いつもみたいにベッドに横たわっている。口元には人工呼吸器が着けられ、母はチューブにつながれていた。どんなに話し掛けてもまつげ一つ揺れ動くことはなかった。
「母さんっ!」
有之助は死んだように眠る母の手を握った。何度も頭をなで、抱き寄せてくれたあの手の温かさは変わらないのがまたつらかった。
「必ず治るって、そう、言ったのに」
有之助はせき込みながら言った。
暗い病室の中には有之助の泣き声だけが響いていた。花は病室のドアに透けて見える人影を見て外に出た。腕を組んで壁に寄り掛かって次男が黙って立っていた。彼は冷静な面持ちのまま廊下を歩いていった。
まるで、世界中の美しいものが枯れ果てていくような感覚だった。有之助は一睡もせずに母のそばを離れようとしなかった。ひょっとしたら目を覚ましてくれるんじゃないかと、そう信じていたからだ。
けれど現実は残酷だった。母は目を覚まさず、チューブにつながれて辛うじて命をつないでいる状態だ。金の盾に帰ったのは3日もたってからだった。花と白知丸はその間必ず食事を届けてくれた。
「なにか食べないと」
店に戻ると、花は目の下にくまをつくりぐったりした有之助を温かい毛布で包み、暖炉のそばに座らせながら言った。温かいスープを一口飲んだが、もうおいしいという気持ちさえ考える余裕がなくなっていた。
「しばらくは働かなくていいですからね」
「すぐ、良くなりますから」有之助は言った。
「いいんですよ。こういうときは、ゆっくり過ごすのが一番です」
有之助は自分の命を奪われたかのような気さえした。事実、これまでのつらい道を歩いてこられたのは母がそばにいたおかげだ。母は命同然だった。
それでも働かないわけにはいかなかった。有之助は一週間してようやくご飯をちゃんと食べられるようになり、花の言う通りまずは自分が元気にならなければという気持ちにもなった。
時間がたつごとに、今の状況を受け入れられるようにもなった。母は死んだわけじゃない、その事実だけが希望として唯一折れそうな心を支えていたのかもしれない。
がむしゃらに働く日々が続いた。母に話し掛ける言葉も忘れなかった。「おはよう」「おやすみ」は必ず言ったし、その日あったことをなるべく笑顔で語るようにもしていた。病院を出た途端大声で泣くこともあった。それでも有之助は常に母のことを思っていた。
暗闇の中で、有之助の意識は変わりつつあった。変わったというよりも、再認識したと言った方が正しい。信之助が協会に殺された時から胸にあった強い反骨精神は、今も胸の中で燃え続けている。
ある時、有之助は2階の事務所で次男と向き合っていた。部屋は灯籠の明かり一つ。障子からぼんやりと差し込む月の光が窓辺に座る次男を照らしている。
「話とはなんだ」
暗闇に溶ける穏やかな口調で言った。
「次男さん、一つお願いがあるんです」
次男はゆっくり瞬きした。
「僕を同盟に入れてください」
「断ったはずだ」
即座に言って次男は背中を向けた。
「話を聞いてください。兄が死んでから、毎日のように考えたんです。なぜ、信は死ななければいけなかったのか。もし、違う国に生まれていれば、こんなことにはならなかったって。変えなければいけないのはこの国なんです。
張り裂けるような苦しみを味わっている人が、僕以外にもたくさんいるはずなんです。どこかで断ち切らなければ、悲しみは連鎖する。だから僕は名前を切りたい。この国から、人々をしばりつける名前を」
静かに鼻から息をつく音がした。
「本気なんです」
「名切り同盟の新の目的を聞いてもなお、お前は同じことが言えるのか」
次男はかぶせるように強く言った。
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