名切り同盟

秋長 豊

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20、同盟への加入

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 次男が屋敷に戻ったのは夜になってからだった。有之助は仕事終わりに鍛錬をするため、屋敷内で豊から指導を受けている最中だ。もう何千回と素振りをしたせいか全身が筋肉痛だった。

「有之助さん、そろそろ今日の鍛錬は終了です。ご苦労様でした」

「はぁ! 疲れた!」

 ドサッと木刀を放り出して有之助は大の字になった。ふと視線を上げるとちょうど次男が帰ってきたところだった。

「次男さん! あっ……いててて……」

 痛む体を無理して動かしながら近寄ると、次男は外套を脱いで豊に渡した。

「あれ? その頬……」

「自分の心配をしていろ」

 そう言って次男はスタスタ歩いて見えなくなった。

 有之助が豊と直接試合を行うことになったのは、長い冬を越え、春先になってからだった。冬の間はひたすら豊との稽古ざんまいだった。

 石庭にある桜の木が満開になったころ、いよいよ次男による最終精査が行われることになった。ここで豊の首に木刀を届けられれば有之助の勝ちとなる。同盟に入れる。

 首には一応防具をつけいるが、その他は生身の体だ。初冬のころはなよなよしていた体も、この通り筋肉が盛り上がっている。スタミナも、瞬発力もついた。あとは日頃の鍛錬の成果を発揮すればいいだけだ。

 春の心地よい風が2人の着物をはためかせ、桜のはなびらが地面を流れていく。

「15分でけりをつけろ」

 次男の一言で戦いの火ぶたが切られた。豊の身長は有之助より頭1個以上高い。体格差があるのは振不利でもあるが、発想を変えれば有利にもなる。

 有之助は接近した瞬間、一気に低い姿勢で豊の足元に踏み込んだ。踏み込んだ風圧で桜の花びらが水流のごとく舞い上がった。

 ここだ。

 木刀を持つ手の角度を瞬時に変え、有之助は右肩を軸に振り上げた。鍛錬では、豊の首に一度たりとも触れることはできなかった。それほどまでに、彼はうまいのだ。だが、負ける想像をしたところで心は弱くなるだけだ。勝つ想像をしろ。

 豊は後ろのめりになって転んだ。今の一撃は当たらなかったが……いや、転んだんじゃない。わざと後ろに体を倒したのだ。豊は手を床についてすぐさま体勢を持ち直した。今度は長い脚が飛び出て足元をすくわれた。有之助はドサッと尻もちをついて転がった。

「刀だけが戦術ではありませんよ、有之助さん」豊は笑みをたたえて言った。

 勝つことはできないと言われているような気さえした。有之助は歯をくいしばって起き上がり木刀を握りしめた。

「僕はあなたに勝つ!」

 有之助と豊は何度も木刀をぶつけ、互いの力を出し合った。だが、隙がない。どんなに木刀を突き込もうと、一瞬見えた隙はすぐに埋まっていく。彼の攻撃による体力消費も無視はできない。木刀で受け止めた一振りは、体中を震わせるほどの強さがある。そして、太刀裁きに迷いがない!

「なっ」

 こちらの隙を突かれ、有之助は横からきた木刀への対処が遅れた。切られる。一瞬の判断だった。さっき豊がしたように後ろのめりになって床を手で受け、髪をかすった。そのまま勢いつけて風を巻き付けるようにして体をひねり、木刀を真っすぐ突いた。

 首を守るようにして現れた彼の木刀に切っ先が当たり、木片とともに彼の木刀は真っ二つに折れた。

 折れた木刀はクルクル風を切って回り、次男の頬をかすってふすまに穴を開けた。守るものがなくなった豊は防具越しの首に切っ先を受け、地面の倒れ込んだ。

 勝った?

 有之助は一気に全身の力が抜けるのを感じ、膝をついて木刀を握りしめた。しばらく動かなかった豊はひょこっと上半身を起こし、満面の笑みを浮かべた。

「今のはいい突きでした、有之助さん」

 でも、これは勝ったと言えるのか? 有之助は唐突な不安に襲われて恐る恐る縁側に座る次男を見た。

「勝負あったな」

 次男はゆっくり立ち上がりながら言った。

「でも、今のは木刀が折れたから――」

「お前は自分の首を守った。相手の首をとった」

「それじゃあ……」

「お前の勝ちだ」

 急に心が晴れ、有之助はドサッと大の字になって真っ青な空を見上げた。春の風が前髪をなぶり、ようやく桜のいい香りを楽しむ心の余裕が生まれた。

 有之助は立ち上がると、まだ座っていた豊に手を差し伸べた。

「お手合わせ、ありがとうございました」

「いい勝負でした」

 豊は手を取り立ち上がった。ふと縁側を見てみると、次男の隣で座る花はほほ笑んでいた。

「次男さん!」

 有之助は期待を込めた目で次男に駆け寄った。

「僕を……同盟に入れてくれますか?」

「あぁ」

 この言葉を聞くために、これまで頑張ってきたんだ。有之助はうれしさのあまり、目元を拭って笑顔をこぼした。

「ありがとうございます!」

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