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52、季節巡り
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「守、他のネタも食べてみようか。なにが食べたい?」
守は顔をバッと上げると小声で言った。
「俺も、サーモン」
「穂海は?」
「ブリ」
「すみません、サーモンとブリを2貫ずつお願いします」
「はいよ!」
そんな調子で4人はすしを食べ、店を出るころにはすっかり日が暮れていた。守は最初に食べたたまごが一番衝撃的だったらしく、店を出てもうわごとのように”たまご”とぶつくさ言っていた。
港に向かう途中、有之助は柔らかい風を胸いっぱいに吸い込んだ。先を歩く次男の背中をふと見たとき、なぜだろう――言葉では言い表せない悲しみに襲われた。彼はこの町に来てから一言も父親のことを話さなかった。獅子が言っていたことが本当だとすれば、次男の父親は油を求めてきたこの地で命を落とした。他でもない、あの獅子の力により。親を殺された。それなのに、次男は……
僕だったら、きっと耐えられない。
「次男さん!」
必死に呼び掛けて立ち止まった彼の顔はいつも通りの冷静沈着だった。息を切らして膝に手をつく有之助を見た次男は例のごとく静かに口をつぐんだ。
「夢はかないますよ」
細まっていた次男の目が徐々に見開かれていく。有之助は包帯が巻かれた彼の右手を力強く握りしめて熱いまなざしを向けた。
「必ず」
有之助は声を振り絞った。
「必ずです」
次男は背を向けた。
「聞いてください。あなたがピンチになった時は僕が守りますから! 今はまだ、頼りないかもしれないけど……僕だって、守れるようになりますから! だから信じて待っていてほしい。あなたみたいに、強くなるから」
本当の悲しみは目に見えない、感じるものだ。だからこそ悲しい。有之助は膝をつき、あっけにとられる次男から片時も目をそらさなかった。通行人は足早に道の真ん中にいる2人を尻目に通り過ぎていく。
「強くない」
そう言って次男は有之助の手を払った。
手をつかんでも、そばにいないような壁。有之助が最初に出会ったときから感じていたものだ。生きているのに、死んでいるような、雪のような冷たさ。でも、すべてが冷たかったわけじゃない。
初めて次男と会った日は寒々しい夜だった。今も忘れようがない。あの時の苦しみ、覚悟があったから僕は今ここにいる。
地獄のような苦しみ。
死んでしまいたくなるような深い絶望を。
だからこそまぶしかった。
前に進むその背中を見て、追い掛けたくなった。
「僕はあなたに一生ついて行きます!」
有之助は煮えたぎる感情を瞳に燃やして言った。次男はしばらく目を見張っていた。やがて一呼吸おくと急に穏やかな顔になった。
「あぁ、期待しているぞ」
彼は着物の裾を翻して歩いていった。
季節は冬に移り変わった。商屋家ではいつものように、豊が主人がいつ帰ってもいいようぬかりのない仕事をしていた。
「お疲れ様です、豊さん」
松のせん定をしているところに、大きな箱を抱えた花が歩み寄って来た。
「花さん、お疲れ様です」
「次男さんから手紙と荷物が届きました」
「おや」
「開けてみましょうか」
ちょうどはさみを持っていた豊が包みを丁寧に切って開けると、中から見事な葉牡丹が顔を見せた。
「これは」
豊はポツリと言った。
花は涙を浮かべ、葉牡丹の鉢を抱き締めた。
この日は、ちょうど次男たちが屋敷から旅立った日だった。
「ちゃんと、覚えていてくださった。あの人は」
花の涙は葉牡丹にこぼれ、はじけて落ちた。葉牡丹が死んだと連絡した日から、次男は一切電話口でその話題を持ち出すことはなかった。掘り返して話すことではないと、そう花も思っていたが、庭につくった小さなお墓の前で、いつか次男がお花の一つでも供えてくれたらと期待していた。
「よかったね、葉牡丹。本当に、よかったね。あなたのご主人様は、ちゃんといつまでも、あなたのことを大切に思っていますよ……」
守は顔をバッと上げると小声で言った。
「俺も、サーモン」
「穂海は?」
「ブリ」
「すみません、サーモンとブリを2貫ずつお願いします」
「はいよ!」
そんな調子で4人はすしを食べ、店を出るころにはすっかり日が暮れていた。守は最初に食べたたまごが一番衝撃的だったらしく、店を出てもうわごとのように”たまご”とぶつくさ言っていた。
港に向かう途中、有之助は柔らかい風を胸いっぱいに吸い込んだ。先を歩く次男の背中をふと見たとき、なぜだろう――言葉では言い表せない悲しみに襲われた。彼はこの町に来てから一言も父親のことを話さなかった。獅子が言っていたことが本当だとすれば、次男の父親は油を求めてきたこの地で命を落とした。他でもない、あの獅子の力により。親を殺された。それなのに、次男は……
僕だったら、きっと耐えられない。
「次男さん!」
必死に呼び掛けて立ち止まった彼の顔はいつも通りの冷静沈着だった。息を切らして膝に手をつく有之助を見た次男は例のごとく静かに口をつぐんだ。
「夢はかないますよ」
細まっていた次男の目が徐々に見開かれていく。有之助は包帯が巻かれた彼の右手を力強く握りしめて熱いまなざしを向けた。
「必ず」
有之助は声を振り絞った。
「必ずです」
次男は背を向けた。
「聞いてください。あなたがピンチになった時は僕が守りますから! 今はまだ、頼りないかもしれないけど……僕だって、守れるようになりますから! だから信じて待っていてほしい。あなたみたいに、強くなるから」
本当の悲しみは目に見えない、感じるものだ。だからこそ悲しい。有之助は膝をつき、あっけにとられる次男から片時も目をそらさなかった。通行人は足早に道の真ん中にいる2人を尻目に通り過ぎていく。
「強くない」
そう言って次男は有之助の手を払った。
手をつかんでも、そばにいないような壁。有之助が最初に出会ったときから感じていたものだ。生きているのに、死んでいるような、雪のような冷たさ。でも、すべてが冷たかったわけじゃない。
初めて次男と会った日は寒々しい夜だった。今も忘れようがない。あの時の苦しみ、覚悟があったから僕は今ここにいる。
地獄のような苦しみ。
死んでしまいたくなるような深い絶望を。
だからこそまぶしかった。
前に進むその背中を見て、追い掛けたくなった。
「僕はあなたに一生ついて行きます!」
有之助は煮えたぎる感情を瞳に燃やして言った。次男はしばらく目を見張っていた。やがて一呼吸おくと急に穏やかな顔になった。
「あぁ、期待しているぞ」
彼は着物の裾を翻して歩いていった。
季節は冬に移り変わった。商屋家ではいつものように、豊が主人がいつ帰ってもいいようぬかりのない仕事をしていた。
「お疲れ様です、豊さん」
松のせん定をしているところに、大きな箱を抱えた花が歩み寄って来た。
「花さん、お疲れ様です」
「次男さんから手紙と荷物が届きました」
「おや」
「開けてみましょうか」
ちょうどはさみを持っていた豊が包みを丁寧に切って開けると、中から見事な葉牡丹が顔を見せた。
「これは」
豊はポツリと言った。
花は涙を浮かべ、葉牡丹の鉢を抱き締めた。
この日は、ちょうど次男たちが屋敷から旅立った日だった。
「ちゃんと、覚えていてくださった。あの人は」
花の涙は葉牡丹にこぼれ、はじけて落ちた。葉牡丹が死んだと連絡した日から、次男は一切電話口でその話題を持ち出すことはなかった。掘り返して話すことではないと、そう花も思っていたが、庭につくった小さなお墓の前で、いつか次男がお花の一つでも供えてくれたらと期待していた。
「よかったね、葉牡丹。本当に、よかったね。あなたのご主人様は、ちゃんといつまでも、あなたのことを大切に思っていますよ……」
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