星物語

秋長 豊

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第7章 それぞれの戦い

40、グリニア|ソーソ

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 エシルバたちが使節団のトロベム屋敷に戻れたのは、それから半月後のことだった。なぜなら、エシルバ、リフ、カヒィ、ポリンチェロ、ジュビオレノークは事情聴取のため調査局の個室で取り調べを受けなければならなかったからだ。

 聴取中の調査員は終始半信半疑でエシルバたちの話を聞いていた。10歳程度の子どもたちがヘンテコな乗り物を暴走させ、炎の中を突っ込んでエントランスの壁に激突したのだ。 

 ましてや存在しないはずの「地下147階」「影人間」「動く巨大な石板」なんて話をされた日には……子どもの遊びには付き合っていられないと思ったに違いない。          

 聴取が終わるまで、5人はお互いの顔も見られなかったし、外部の仲間とも連絡を制限されていた。その間調査局の寮にお世話になったわけだが、(身の周りの世話は全てしてくれたので)案外そこでの生活も悪くなかった。

 エシルバは調査員が調査に乗り出せば全て明るみに出るのだとばかり思っていた。ところが、いくら待っても「石板が見つかった」という報告は入ってこなかった。エシルバが状況を説明しようと第一炎の間に訪れて確認すると、なんと――抜け出したはずの穴がすっかり埋まっていたのである。その壁を無理やりこじ開けようという話にもなったが、何やら複雑な権限(大人の事情)とやらで調査は難航しているようだった。

 何より想定外だったのが、ナジーンが事件以来まったく目を覚まさないということだった。彼女は現在大樹堂内にある病院に入院しているが、このまま意識を取り戻さなければ捜査局も聴取ができない状況に気をもむことだろう。

 だが、聴取7日目にある男が調査局屯所を訪れたことで事態は一変した。
その男は背が高く痩せていて、細く長い髪を地面すれすれまで伸ばしていた。たくさんのしわが刻まれた顔には豆粒サイズの鼻があり、まるで最初からそうであるように両目はきれいに閉じられたままだった。

 やけに聴取室の外がさわがしいと思っていると、その男がエシルバの前に現れたのである。彼はしなびれた大きめの帽子をぬいで、エシルバの真向かいに座った。

「あなたは?」

「君が所属していたチームの中にいた人間だよ」
 それを聞いた途端、エシルバは記憶をたどるように目を細めた。情報の断片が次々と頭の中に浮かんでは一つにつながっていく。かつて、反乱の責任を取り辞職した老人、彼は目の見えない生ける伝説とも呼ばれた、伝説の指導者。その名前は? その名前は……

「グリニア|ソーソ?」
 エシルバの答えを聞いたグリニアは小さな笑みを浮かべた。

「正解だ、エシルバ」
「あなたが」エシルバは目を輝かせて立ち上がった。

「随分と長旅だった。もう少し早く君に会える予定だったのだが、どうにも予定が狂ってね。ちゃんと一人で立派にやっているかと心配してみれば、どうやらそれは余計な悩みの種だったようだ。君はちゃんと立派にやっている」

「でも、どうして? 引退したって」
 エシルバは詰め寄った。

「もう一度使節団の責任者をやってほしいと押し付けられてな」
 グリニアは閉ざされた目の向こうでエシルバを見ているのか笑顔を返してくれた。

「いいや、こう言うのが正しいだろう。君が私を呼び戻したと」
 グリニアはどこか懐かしむように笑った。

 エシルバはハッと思い出したように飛び上がった。
「聞いてください! 僕、大樹堂の地下でブユの石板を見つけたんです。とにかく、いろんなことがあって……」
エシルバは自分たちの身に何があったのかをすべて打ち明けたい衝動にかられたが、グリニアが余裕ある笑みを浮かべていたので不思議とその気持ちは収まってしまった。

「言いたいことはたくさんあるだろうね。私もだいたいのことは把握している」
 グリニアはゆったり言った。エシルバは自然と肩の力が抜けていくのが分かった。まず初めに何を言おうか膝の上でギュッと手を組んで悩み込んだ。頭の中ではさまざまなことが浮かんではシャボン玉のようにはじけて飛んでいった。エシルバはこう言った。

「黒くて不気味な生き物が僕らを襲ってきたんです」
 グリニアは否定せずにうなずいて聞いてくれた。

「それらはナジーンがつくり出したエネルギーの残像だ。問題は、なぜ外出禁止令が出されている間に屯所から抜け出したかということだな」

 その言葉にはエシルバも思わずギクリとした。

「このような事件に巻き込まれるとは思わなかったのかね?」

「本当のことを言ったら破門になります」

「ジュビオレノークに決闘を申し込まれたことか?」

 どうやらグリニアの耳には全てが筒抜けらしい。エシルバは観念してうなずいた。
「シクワ=ロゲン規則32項、決闘の禁止。それを行った者はそれなりの処罰を受けなければならない。使節団の称号者であれば称号の剥奪、必然的に師から破門を言い渡される。もちろん、彼も同様に処罰を受けなくてはならない」

「覚悟できています。でも、聞いてください」
 エシルバは急き込んで言った。

「犯人はナジーンでした。あの人はお父さんとつながっていて、大樹堂に隠されていたブユの石板を――」

「盗もうとした?」

「いいえ、あんな大きなものは誰にも盗めません。とにかく、文字を読もうとしていました。石板に刻まれているという文字が、僕になら読めるはずだと言って。でも、僕にはなにも読めなかったんです」

 グリニアはまたうなずいた。

「それに、あの石板は本当に恐ろしいんです! まるで生きているみたいに、僕をのみ込もうとした。そしたら……全てが脈打ち始めたんです」

 エシルバは地下で起こった出来事を思い出して、今にも泣きそうな目になって言った。
「君がアバロンの騎士だからといってなにもかも知っているということはあり得ない。そして、未知のものに対して恐怖を感じるのはおかしなことではない」

 エシルバは苦しい胸を手で押さえながら、彼のことを見つめた。
「話が変わるのだが、あのマンホベータの奥に通ずる道というのは、古代ブユ人が造りだした秘密のトンネルのようなものだと私は思っている。この建物は新しいように見えてものすごく古いのだ。普段は誰にも見つけられない道が、君の力によって開かれた」 

「そうだ。鍵、鍵が僕の目の前に現れたんです!」

「ほう」グリニアは興味深そうに言った。

「ブユの石板があった広間で、ナジーンが僕に石板の文字を読むように強要してきました。ポリンチェロはそのために利用されてしまったんです。そう、リフたちだってそうされたかもしれない。みんなの命が危ない。そう思ったときに、本物の鍵が現れたんです」

「鍵はどうなった」
 グリニアは静かに聞いた。

「信じられないけど、鍵はまた手に戻ったんです」
 グリニアはエシルバの手をどこか懐かしむように見つめ、やがてこう言った。

「他に、奇妙なことは起こらなかったか?」
「あの……はい。ナジーンが鍵を奪おうとしたとき、鍵が彼のおなかに突き刺さったんです。でも、血は出なかった。そして光ったんです! あまりにもまぶしくて、だけどどこか幻想的な光で。それからナジーンは倒れてしまいました」
 エシルバはあのときの痛みや衝撃を思い出しながら言った。

「鍵が君の味方をした。そう考える方が自然だろう」

 妙にすんなり頭の中に入る言葉だった。

「いずれにせよ、ナジーンを連れ帰ったのは賢い選択だった。君は、自分を殺そうとした女の命を救った。普通なら、見捨ててもおかしくない状況だったのに。例え仲間に反対されても、君は君自身の理論を持って行動に移した。そこにはちゃんとした説得力もある。だから、彼らは君のことを信じた。違うかね?」

「あのときは一生懸命で」

「いずれにせよ、君が残した一つの結果が新たな結果を生み出そうとしている」

「どういう意味ですか?」

「今朝、ナジーンが目を覚ました」
「本当ですか!」エシルバは思わず立ち上がった。

「だが、彼女には一部の記憶が欠如していた」
 途端にエシルバはとんだぬか喜びだったと肩を落とした。

「そうがっかりする必要もない」

 エシルバは気を取り直して顔を上げた。

「彼の腕にはジリーマークがあったそうだが、それが消えた痕跡があった。あのマークはガンフォジリーが付ける服従の証。一度付けられた者は生涯主に服従しなければならない。だが、それが消えていたということは、君の鍵がなんらかの形で作用し、彼を恐ろしい力から解放したと考えられるのではないだろうか?」

「あの人はゴドランを尊敬していました。でも、裏切られたんです。とても傷ついて、心の奥底で怯えているのが見えました。早く呪いを断ち切らないと、もっと不幸な人が増えます」

「そのようだな。現状を見れば彼女がうそをついているだけか、一時的なショックで記憶喪失に陥っているだけかは断定できない。だが、すっかり性格も様変わり……初めてシブーになった初々しい新人のようになってしまった」

「時間がかかりそうですね」

「安心しなさい。それに、彼女は捜査局の厳重な監視下に置かれている」

「実は最近考えることがあって。シハン、僕は本当にここへ来てよかったんですか? 使節団の人間になって」

「むしろ君がいるべき所だ」

 グリニアの反応が驚くほど落ち着いていたのでエシルバは戸惑った。普通なら、もっとこう、危機感のある話し方や表情をするのではないだろうか? しかし、相変わらず彼は笑みを浮かべていた。

「なんとも不謹慎な話かもしれないが、ブユの石板を探していたのはジリー軍だけではないのだよ。シクワ=ロゲンもその存在を探し続けていた。今回、君が大樹堂へ来たことで事態は急展開したわけだ。

 ここで一つ、間違いなく断言できることがある。それは、ジリー軍の頭領が君の父親になってから、組織はブユの暴走を引き起こすために過激な方向へ向かい始めているということだ。ここ数百年ジリー軍には目立った動きがなかった。しかし、最近はシクワ=ロゲンにスパイを送り込むほど浮足立っている」

 エシルバは息をのんだ。

「いずれにせよ、シクワ=ロゲンとジリー軍の因縁を断ち切る時期が目前に迫りつつある」

「断ち切るためにはどうしたら?」

 グリニアはためらうように目を伏せた。

「大きな賭けをするのだ」
「賭け?」

「シクワ=ロゲンは星の仕組みそのものを破綻させようと考えている。今回石板の存在が明白になったことでより具体的に計画は進むはずだ」

「星の仕組みを破綻させる方法?」

「実に簡単なことだ。エシルバ、ブユの暴走を起こすために必要なものを言ってごらん」
「四つの鍵?」

「その通り。暴走を起こすために必要なものは主にその四つ。その鍵がそろったとき、ブユの扉がガシュフォールの頂上に出現する」

「ガシュフォール……ロゲンとガンフォジリーが対決した場所だ」
 エシルバはポツリとつぶやいた。専門書を読みまくっていたおかげで話の内容がなんとなく理解できた。

「そう、ガシュフォール、死の塔。その頂上に現れた扉を開き、その中にあるもう一つの扉を壊すのだ。それが、ブユの暴走という仕組みを破綻させることができる唯一の方法」

 このとき、エシルバは彼が言っていた「大きな賭け」という言葉の意味をくみとることができた。しかし、それと同時にとてつもない恐怖にさいなまれた。

「あなたは何者なんです? こんなことを知っているなんて」

「私も大きな賭けに乗った一人の人間なのだよ」

 そんなふうにはぐらかされたのでエシルバは頭の中がモヤモヤした。

「じゃあ、鍵を全て集めるにはどうしたらいいんですか? あなたなら知っているでしょう?」
「まだそのピースはそろっていない」

「ブユの石板、結局はあそこに書かれているんですね」エシルバは肩を落としながら言った。

「ブユの石板に関する調査はじきに始まるだろう。心も体も休まらんうちにこんな話をされるのも嫌かもしれんが、君には石板の調査に協力してもらわねばならん」

 エシルバは重い口を開いた。

「それで世界が救われるなら、いくらでも協力します。要するに、僕が鍵をすべて手にして、扉を壊せばいいんですね。でも、アバロンはどうなるんです?」

「最優先事項はアバロンの阻止。扉の破壊は、ゲームで言う王手のようなものだ。だが、ガシュフォールへの道のりは厳しい。あそこはジリー軍の領地なのだ。そう先走る必要はない。来るべきときというのは来るべくしてやってくるものだ。明日にでもガシュフォールへ赴かなければいけないという話ではない。まずは鍵が必要なのだ」

「そのために、石板の調査が必要なんですね」
 グリニアは静かにうなずいた。

「僕は」エシルバは静かに言った。「お父さんのことを信じています。もしも、ナジーンが鍵の力によって恐ろしい力から解放されたというのなら、きっとお父さんの呪いを解く方法だってあるはずです」

「信じ続けなさい」

「え?」エシルバは小さく声を漏らした。

「だが、一つ覚悟せねばならん。父親の無実を証明することは想像以上に難しい。君一人だけでなく、協力者を募るのだ。力はやがて大きくなり君の助けとなるだろう」

 エシルバは思わずグリニアのことを二度見した。

「あなたも信じているんですね!」

 エシルバは椅子から飛び上がって言ったが、グリニアは帽子をかぶってほほ笑むだけだった。

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