星物語

秋長 豊

文字の大きさ
上 下
78 / 90
第8章 それぞれの葛藤

31、思い込みは大きなかせとなる

しおりを挟む
 雑談を交わしながら実習室に着くと、バドル銃の手入れをしながら部屋の中央を陣取るジュビオレノーク、ルシカ、ジャキリーンがいた。

「ちょうどよかった」ジュビオレノークは言いながらエシルバたち三人をあざ笑うようにねめつけた。「君の師から言伝を預かってね、今日の実習は中止ということだ」

「どういうこと?」エシルバは冷静な面持ちでたずねた。

「緊急の会議が入ったそうで、僕の師も同じさ。そんなことより、初戦で当たるのがリフで残念だよ。僕はエシルバに初戦から勝つつもりだったのに」

「そういうことは俺を先に倒してから言えよ」

「リフ、僕らは僕らの練習をしよう」エシルバは言った。

「いい加減自主練習も飽きただろう、俺と一つ勝負しないか? もちろんこれは正式な実習であって決闘じゃない。お互い、よりいい状態で予選に挑めると思うよ」

 エシルバはジュビオレノークにつっかかるつもりなんてなかったが、バドル銃の競争で負けたことを思い出し心の中に火がついた。

「言っておくけど、僕は君に負けるつもりなんてない」

 数分後、仕事を終えたダントとポリンチェロも駆けつけてエシルバはジュビオレノークと向き合っていた。対人では危険なのでバドル銃の対流バーは切っているが、それ以外はリアルな戦いに等しい。

 みんなが見守る中、二人の戦いは始まることになった。審判役に選ばれたのはガインベルトカップのルールに詳しいダントだった。

「ルールに乗っ取って制限時間は前半十五分、後半十五分。頭、首など急所への攻撃は違反とする。腕二点、脚二点、胴四点で合計点数の多い方が勝利。同点の場合は延長十二す点先取で勝敗を決定する」

 ダントの説明を聞きながら、向かい合う二人を周囲は真剣な眼差しで見ていた。ウリーンはジュビオレノークが勝って当然とばかりに余裕そうな表情を浮かべ、リフとカヒィ、ポリンチェロたちはハラハラしながら見守っている。

「二人が決闘したときは、ジュビオの方が少しだけ上手に見えた」

「エシルバには勝機がないってこと?」ポリンチェロはリフに聞き返した。

「そんなことない、どんなやつにも必ず弱点があるはずなんだ」

 エシルバの目標はジュビオレノークを負かすことだ。トーナメントに残りたいとか、本番のガインベルトカップで優勝したいとか、そんな真っすぐで清い理由じゃない。彼に勝って、以前の自分を超えたいのだ。去年大樹堂小橋で彼と決闘した時、自分以上に強いことは身をもって経験していた。

 二人は床を蹴って前に進み、バドル銃の刃を激しくぶつけた。

「やれ! ジュビオ!」ルシカが叫んだ。

 単調な技の繰り出し方ではあるが、最初の一発目でエシルバは見事に吹き飛ばされてしまった。まさかこんなにあっけなく一撃を食らってしまうなんて、エシルバは予想だにしていなかった。

「ジュビオ二点先取」ダントが戸惑いながら言った。

 エシルバ陣営からは落胆の声が上がり、ジュビオレノークの陣営からは歓声が上がった。エシルバは驚き過ぎて尻餅をついたまま、彼の冷え冷えとした視線を浴びていた。負けるつもりはないと言った矢先の出来事だったので、エシルバは虚を突かれてぼう然としてしまった。

「立てよ」

 ジュビオレノークの言葉に、エシルバは平静を装って立ち上がった。前半戦の十五分はとても長く感じられ、エシルバが彼から奪えた点数は終盤間際のたった四点だった。後半戦開始前の休憩時間、エシルバはリフから水を受け取りながら汗を拭った。

「おいおう、一体どうしちまったんだ! エシルバ、君の力はこんなもんじゃないだろう?」

 休憩している間、リフはずっと耳元でゴタゴタ言っていたがエシルバはまったく聞いていなかった。どうやって勝つか、それだけを頭の中で考えていたし、何が自分に足りないのかを考察するのに忙しかったのだ。

 その後もエシルバはジュビオレノークに押され、見事にぼろ負けした。汗一つかかずに試合を終えたジュビオレノークはウリーンたちに囲まれて早くもお祭り気分だった。勝てると思った試合に負けることほどみじめなものはなかった。エシルバは試合が終わってから一人実習室に残り、惨敗した身の上を思っては気持ちを切り替えられずにいた。もしもジュビオレノークとの戦いが実習ではなく実戦だったら、間違いなく命を落としていただろう。

「居残りとは精が出るね」

 自分の師である男の声が後ろで聞こえたので、エシルバは説教を垂れ込められると早とちりして荷物をまとめ始めた。

「ちょっと待ってくれ、エシルバ。今日は実習に出られず申し訳なかった。もう屋敷の方へ戻っているかと思って見に来てみれば、まだ明かりがついていたから様子を見に来たんだ」

「ねぇ」エシルバは息を詰まらせて話し掛けた。「どうしたらジグみたいに強くなれるの? 僕はあなたみたいに強くなりたい。ジュビオレノークにも勝って、彼を超したいんだ」

 ジグは困ったような、でも優しい目をしながらエシルバのそばに寄った。

「よく見極めなさい。本当に越えなければいけないのは自分自身だ、エシルバ。本物の戦いとは想像する以上につらいものなんだ。時には思い通りにいかない事態が起こり、悲しみ、怒りに溺れることもあるだろう。そういうときに、自分自身と向き合って高めてきたことがいつか必ず心の支えになる」

「僕には難しいよ。つい、他人と比べてしまうもの」

「バドル銃とガインベルトの扱いで悩んでいるのなら、一つ面白いことを教えてあげよう。この二つの武器は、持ち主に比例するといわれている。つまり、怖気づいた気持ちでいれば力も弱り、逆に自分を信じる強い気持ちを持てば力は強まる。刃にエネルギーが宿れば、君は心持ち次第でどんな大男と対峙しようと対等に勝負ができる」

「でも、僕はジグに勝てない」

「そんなことはない」

「なにもかもが違うもの」

「思い込みは大きなかせとなり、自分をしばりつけてしまう。自分の剣を信じない者に本来の力は扱えない」
しおりを挟む

処理中です...