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第11章 友とともに
42、エシルバに託された卵
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「彼にはシブーの復権を任期付きで許可します」
女王は迷いのない言葉を口にした。
「お待ちください。一体なぜ! なぜ、そこまでこの男のことを優遇する必要があるのでしょうか? 護衛での腕が必要だというのなら、この私が身を削る覚悟でチームに同伴させていただきます」
ノルクスの言いたいことはエシルバでもよく理解できた。たとえ元使節団のメンバーであったとしても、いきなり戻ってきて女王から復権を与えられるなんて怪し過ぎる。事情をよく知らない多くの人間は、次に女王がどんな言葉を発するのか心から知りたいと願っていたに違いない。
「ロゲン、あなたは下がりなさい」女王は静かに言い放った。「ヴィーラ|アリュード、彼はロエルダ女王の姉ワコウ女王のご子息。トロレルの王位継承名はトクサナ|ファドアルネース。正真正銘の王子なのです。ヴィーラ……いえ、現在はメグロヴィンと言いましたね。彼はトロレル王家との橋渡しをしてくれる存在なのです」
「在籍記録には書かれていなかった」
エシルバは小さくリフにささやいた。エレクンやルバーグの顔を見ても初めて聞いたかのような表情をしていたし、これだけの大きな秘密を隠していたとは驚き以外のなにものでもない。スラム街ハイドオーケンで結成された防犯組織の団長を務める男が、まさかトロレルの王子だったなんて誰が予想しただろうか。
「ミセレベリーヨ空洞は現在、トロレル王家が所有し管理しています。現地での調査は既にロエルダ女王と調停済みですので、そう手間はかからないでしょう。メグロヴィンも任務の心強い一因となることを切に願います」
ロッフルタフ女王は侍女から何か布にくるまれたものを受け取ると、
「アマク国家機密として、銀の使節団を特別部隊として編成することをここに宣言します」と言ってゆっくり布を取り払った。
まさかとは思ったが、閉会式でトロレル女王に渡されたはずの銀の卵だった。神秘的な白い光を内から放っているのを見る限り、これが偽物だとは到底思えなかった。ロッフルタフ女王は卵を持って前に進み出ると、エシルバの前に近づいて止まった。女王がこんなにも近く自分の前に立っているなんて意識するだけで夢の世界に放り込まれたような気分だった。ロッフルタフ女王はエシルバの耳元で小さくこのように話し掛けた。
ロッフルタフ女王は緊張したエシルバの手を取り、美しい銀の卵を渡した。初めて触る感触に全身がポーッと熱くなるような気さえした。
「この卵は自分の命同様大切に守ってください。ミセレベリーヨできっとあなたの役に立ってくれるでしょう」
女王が幕の奥に下がり、今度は侍女が大き目のケースをエシルバに手渡した。
「これは銀の卵をしまっておく特殊な素材でできたケースです。移動中は、肌身離さずこの中に入れてお運びください」
背負うひものついたケースは軽く、中には銀の卵を納める高貴な装飾が施された卵形のケースまで入っていた。
「船長はルゼナン、あなたに一任します」
「承りました、女王陛下」ルゼナンは帽子を胸に当てて慎み深く答えた。
女王は全員の顔を見渡してから覚悟を決めた様子でうなずき、きつく結ばれた唇をゆっくりと動かした。
「ともに力の限り全力を尽くしましょう。全人類、いえ、この星の未来が懸かっているのです」
ロッフルタフ女王との謁見を終えた使節団一行は、屯所に戻ってから午後十一時までにすべての準備を終わらせなければならなかった。師の準備もサポートする弟子たちは、それぞれ指示された物品を事務室から借り出しに動き回り、荷物をそろえては屯所の入り口に積み重ねていった。
目が回る忙しさの中、ようやく準備を終えたころにはすっかり日が暮れていた。すっかり意気消沈してソファーに座り込むエシルバとリフに、ポリンチェロが籠を抱えてやってきた。
「準備お疲れ様。セムがみんなに差し入れだって」
エシルバは疲れ過ぎて喉が渇いていたことをすっかり忘れていたので、もらってすぐにジュースを飲み干してしまった。
「あんな間近で女王陛下のお話を聞けるなんて滅多にないことよ」
「とにかく驚くことがいっぱいだ。女王からのお願いだってそうだし、なにせメグロヴィンがトロレル王家の人間だったなんてさ」
リフはソファに全体重をかけながらやる気のない声で言った。
「グリニアとメグロヴィンが面会したとき、きっと今日のことを話していたんだよ」
「だとしたら、グリニアは最初からメグロヴィンが生きていてこの件に役立つ存在だと知っていたのね。ぐうぜん彼が屯所に来てその話を聞くなんて都合が良過ぎるわ」
「グリニアは僕らの十も百も先を見ている、そういう人だよ」
「俺たちにしてみれば、グリニア|ソーソって謎だらけだし超人的存在だもんなぁ」
「それよりエシルバ、それ――ずっと背負っていて疲れない?」
ポリンチェロは背中に背負ったままのケースを見ておずおずと尋ねた。
「女王様から守ってほしいって頼まれたんだ。少しの疲れくらいどうってことないさ」
「その卵を守るのはわれわれの仕事でもある」
渋い落ち着いた声がしたので振り返ると、アムレイが立っていた。
「アムレイとジオノワーセンも行くんだね」
エシルバがうれしそうに言うとアムレイはいつもの仕事口調で「そうとも」と答えた。
「トロレルまでは片道二日もかかる。道中はしっかり睡眠をとっておいた方がいいだろう。夜更かしは禁物だ」
雑談を交わすエシルバたちの元に、今度は一仕事終えてすっきりとした顔のウルベータがやってきた。
「エシルバ、私は今回の任務にはついていけない」
ジグの弟子同士仕事に行けると思っていただけあって、エシルバにはショックな出来事だった。
「事情が事情だけに、全員は行けないんだ。何人かはいつも通り屯所で内務の仕事をしなければならない。力になりたいとは思っているんだけど、ジグが判断したことだから仕方がないんだ」
「私はあなたと一緒に行くことになっている」
ポリンチェロはしっかりと目をエシルバに向けて言った。
「俺もさ」
リフも答えた。
女王は迷いのない言葉を口にした。
「お待ちください。一体なぜ! なぜ、そこまでこの男のことを優遇する必要があるのでしょうか? 護衛での腕が必要だというのなら、この私が身を削る覚悟でチームに同伴させていただきます」
ノルクスの言いたいことはエシルバでもよく理解できた。たとえ元使節団のメンバーであったとしても、いきなり戻ってきて女王から復権を与えられるなんて怪し過ぎる。事情をよく知らない多くの人間は、次に女王がどんな言葉を発するのか心から知りたいと願っていたに違いない。
「ロゲン、あなたは下がりなさい」女王は静かに言い放った。「ヴィーラ|アリュード、彼はロエルダ女王の姉ワコウ女王のご子息。トロレルの王位継承名はトクサナ|ファドアルネース。正真正銘の王子なのです。ヴィーラ……いえ、現在はメグロヴィンと言いましたね。彼はトロレル王家との橋渡しをしてくれる存在なのです」
「在籍記録には書かれていなかった」
エシルバは小さくリフにささやいた。エレクンやルバーグの顔を見ても初めて聞いたかのような表情をしていたし、これだけの大きな秘密を隠していたとは驚き以外のなにものでもない。スラム街ハイドオーケンで結成された防犯組織の団長を務める男が、まさかトロレルの王子だったなんて誰が予想しただろうか。
「ミセレベリーヨ空洞は現在、トロレル王家が所有し管理しています。現地での調査は既にロエルダ女王と調停済みですので、そう手間はかからないでしょう。メグロヴィンも任務の心強い一因となることを切に願います」
ロッフルタフ女王は侍女から何か布にくるまれたものを受け取ると、
「アマク国家機密として、銀の使節団を特別部隊として編成することをここに宣言します」と言ってゆっくり布を取り払った。
まさかとは思ったが、閉会式でトロレル女王に渡されたはずの銀の卵だった。神秘的な白い光を内から放っているのを見る限り、これが偽物だとは到底思えなかった。ロッフルタフ女王は卵を持って前に進み出ると、エシルバの前に近づいて止まった。女王がこんなにも近く自分の前に立っているなんて意識するだけで夢の世界に放り込まれたような気分だった。ロッフルタフ女王はエシルバの耳元で小さくこのように話し掛けた。
ロッフルタフ女王は緊張したエシルバの手を取り、美しい銀の卵を渡した。初めて触る感触に全身がポーッと熱くなるような気さえした。
「この卵は自分の命同様大切に守ってください。ミセレベリーヨできっとあなたの役に立ってくれるでしょう」
女王が幕の奥に下がり、今度は侍女が大き目のケースをエシルバに手渡した。
「これは銀の卵をしまっておく特殊な素材でできたケースです。移動中は、肌身離さずこの中に入れてお運びください」
背負うひものついたケースは軽く、中には銀の卵を納める高貴な装飾が施された卵形のケースまで入っていた。
「船長はルゼナン、あなたに一任します」
「承りました、女王陛下」ルゼナンは帽子を胸に当てて慎み深く答えた。
女王は全員の顔を見渡してから覚悟を決めた様子でうなずき、きつく結ばれた唇をゆっくりと動かした。
「ともに力の限り全力を尽くしましょう。全人類、いえ、この星の未来が懸かっているのです」
ロッフルタフ女王との謁見を終えた使節団一行は、屯所に戻ってから午後十一時までにすべての準備を終わらせなければならなかった。師の準備もサポートする弟子たちは、それぞれ指示された物品を事務室から借り出しに動き回り、荷物をそろえては屯所の入り口に積み重ねていった。
目が回る忙しさの中、ようやく準備を終えたころにはすっかり日が暮れていた。すっかり意気消沈してソファーに座り込むエシルバとリフに、ポリンチェロが籠を抱えてやってきた。
「準備お疲れ様。セムがみんなに差し入れだって」
エシルバは疲れ過ぎて喉が渇いていたことをすっかり忘れていたので、もらってすぐにジュースを飲み干してしまった。
「あんな間近で女王陛下のお話を聞けるなんて滅多にないことよ」
「とにかく驚くことがいっぱいだ。女王からのお願いだってそうだし、なにせメグロヴィンがトロレル王家の人間だったなんてさ」
リフはソファに全体重をかけながらやる気のない声で言った。
「グリニアとメグロヴィンが面会したとき、きっと今日のことを話していたんだよ」
「だとしたら、グリニアは最初からメグロヴィンが生きていてこの件に役立つ存在だと知っていたのね。ぐうぜん彼が屯所に来てその話を聞くなんて都合が良過ぎるわ」
「グリニアは僕らの十も百も先を見ている、そういう人だよ」
「俺たちにしてみれば、グリニア|ソーソって謎だらけだし超人的存在だもんなぁ」
「それよりエシルバ、それ――ずっと背負っていて疲れない?」
ポリンチェロは背中に背負ったままのケースを見ておずおずと尋ねた。
「女王様から守ってほしいって頼まれたんだ。少しの疲れくらいどうってことないさ」
「その卵を守るのはわれわれの仕事でもある」
渋い落ち着いた声がしたので振り返ると、アムレイが立っていた。
「アムレイとジオノワーセンも行くんだね」
エシルバがうれしそうに言うとアムレイはいつもの仕事口調で「そうとも」と答えた。
「トロレルまでは片道二日もかかる。道中はしっかり睡眠をとっておいた方がいいだろう。夜更かしは禁物だ」
雑談を交わすエシルバたちの元に、今度は一仕事終えてすっきりとした顔のウルベータがやってきた。
「エシルバ、私は今回の任務にはついていけない」
ジグの弟子同士仕事に行けると思っていただけあって、エシルバにはショックな出来事だった。
「事情が事情だけに、全員は行けないんだ。何人かはいつも通り屯所で内務の仕事をしなければならない。力になりたいとは思っているんだけど、ジグが判断したことだから仕方がないんだ」
「私はあなたと一緒に行くことになっている」
ポリンチェロはしっかりと目をエシルバに向けて言った。
「俺もさ」
リフも答えた。
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