†レクリア†

希彗まゆ

文字の大きさ
10 / 10

しおりを挟む
レクリア
それは、───

ドームを出る前に、玲は小型コミュニケータをバッグから取り出してどこかに連絡を取った。

「親友の名前は延司(えんじ)っていうんだ。事情を説明したよ。今からすぐに聖を連れてきてくれるって」

車で「禁忌の都」から飛ばしてきても、間に合うだろうか。
あと数日だという玲の命に、間に合うだろうか。

「芽生に抱かれていれば、ぼくはきっともつ」

玲がそう微笑んだから。
わたしはオアシスに着いてから、玲を腕の中に抱きしめて過ごした。
ふたりで湖のふちのミルキーウェイフルーツの樹にもたれて……。

時折訪れる「生き血への渇望」を抑えるのはとても無理で、そのたびに玲が自分の腕をナイフで傷つけて血をくれた。

玲のミルキーウェイフルーツを食べる量が少しずつ減って行き───。
ドームを出て5日が経った頃、砂漠専用の特殊車がオアシスにやってきた。

濡れたように真っ黒な短髪の、20代の終わりごろくらいの片目の青い瞳の男。
右目には刀傷でつぶれたような傷痕があった。

その男は片手に荷物を持ち、もう片方の腕に小さな男の子を抱いて、車を降りて歩いてきた。
彼はわたしと、わたしの腕の中の玲を素早く見比べた。

「『禁忌の都』では挨拶しなくて悪かった」

その言葉はわたしに向けられていた。
どう答えていいか戸惑っていると、彼は、じっとわたしたちを観察している男の子を地面におろす。

「俺が延司。玲の親友だ。こいつが聖、お前らの子供だ」

そして、

「ほら、聖。パパとママだぞ」

と聖の背を押した。

白い薄茶色の髪の毛と、きれいで賢そうな顔立ちは玲に生き写しだ。
けれどその瞳の色は、わたしと同じ夕焼け色だった。
生まれてからずっと、わたしの希望は玲だけだった。

ずっと玲だけにすがって生きてきた。
そのわたしに、もうひとつ、光ができた。
初めて逢ったのに、無性に聖が愛おしくて。

「はじめまして」

2歳にしてはおとなびすぎるその台詞を言って、ぺこりとおじぎをした聖を、わたしはかき抱いていた。

「ママ……?」

驚いた聖が、やがておずおずとわたしの背に手を回す。

「エンジからおはなし、きいてました。ずっとあいたかったです」

横たわっていた玲が、わずかに声を立てて笑った。

「賢いね、聖」

そして傍らに座る延司の方向を見上げた。
けれど焦点が合っていない。

「間に合ってよかった……昨日からもう目が見えないんだ」

延司は持っていたバッグから医療器具を取り出し、しばらく玲の身体を診察していた。
やがて彼は手を止めると、わたしを振り向いて目くばせをする。

ああ───玲はもう限界なんだ。

わたしは聖の片手を握りしめ、玲のそばに座った。

「芽生。もうひとつ、きみに言わなくちゃならないことがある。きみを見ていて、気づいたことだよ」

玲の手が持ち上がり、わたしを探る。
わたしはその手をもう片方の手で強く握りしめた。

「一年ぶりに会ったとき、きみは確かに背が伸びていた。……たぶん、人魚の肉も完全じゃないんだ」

ドームを出ようとしたあの日。
くずおれる前に、「背がのびた」と彼が言っていた、そのわけがようやく分かった。

───では、わたしもいつかは死ぬのだ。

「人魚の肉を食べたとき、急激な身体の変化もあったはずだ。そして、食べたあとにも変化がある。だからこそ、そのぶんきみの寿命もそう長くない。だけど、これだけは覚えていて」

玲は握った手に力をこめる。

「きみはこの世を憎んでいたよね。何もかもが不完全だって。自分のことを憎んでいたよね。とても無力だって。
だけど、愛だけは不完全じゃない。ううん、不完全だからこそ唯一の『完全』なんだ。
芽生はぼくのためならなんでも犠牲にしようとしてくれた。それは決して無力なことじゃない。
人を愛せるきみは、ちっとも無力なんかじゃない」

玲の呼吸が、小さくなっていく。

「覚えてる? レクリア───ふたりでつけた、秘密の言葉。その意味を。芽生、きみは……覚えてくれている……?」

忘れるわけがない。

命のために、魂のために、鎮魂のために、愛のために。
ふたりで考えて、ふたりでこの世界に新しい言葉を作った。

それは今、玲がわたしとわたしとの子供とのふたりのために、この世で最も尊いと言われている研究の名前としてつけている。

レクリア────その言葉を。
「永久愛」の意味の言葉を。

「きみは気づかなかっただろうけど、ぼくはきみのために、そのためにその名前をつけたんだよ。
……たとえきみがどんな罪を犯しても、天国にいこうと地獄にいこうとも。魂が永久に彷徨ってしまったとしても。
ぼくはあきらめない。見つけ出して、その手を離さない、魂を離さない」


だって、そのための、そのために、
       レクリアになったんだから────

玲───わたしの愛するただひとつの光。
ただひとりの、ひと。

その黒い瞳が静かに閉じられてから。
半狂乱に暴れるわたしを延司がずっと抱きしめていてくれた。
引っ掻いても噛みついても、彼はじっとしてわたしを離さなかった。
聖は動かなくなった玲のそばを離れなかった。

どれだけの時間が経ったのか───。

暴れすぎて疲れ切り、延司の腕の中で眠ってしまったわたしが目を覚ましたとき。
オアシスは、明け方を迎えようとしていた。
延司がミルキーウェイフルーツの根本に穴を掘って待っていた。

「ママ」

起き上がったわたしのすぐ隣から、声が上がる。
聖がわたしにぴったり寄り添って横になっていたのだ。
頭を撫でると、聖は初めてくすぐったそうな笑顔を見せた。

小さなころの、玲を思い出す───。

半ば機械的な動きで、延司とともに玲の遺体を穴に埋めた。

「心配するな」

玲が死んでから初めて、延司が口をきいた。

「たとえお前が死んでも、聖は俺が育てていく。完成したレクリアの交渉も俺がする。聖は不死の身体にしかなれないが、賢い。きっとこの世の中でも愛を見つけるだろう。玲がお前を愛したように」

玲はわたしを愛してくれた。

こんなに不完全の世の中で。
こんなに不完全なわたしを愛してくれた。

その玲がわたしのために遺してくれた、───聖。
大切な子供……。

『ありがとう』

延司に向けて、唇だけで言葉をかたどる。
くちもとに笑みを浮かべて、延司は小さくうなずいた。

「ママはぼくがまもるよ。ずっとまえから、きめてたよ」

まだ幼すぎる聖のその言葉がとても嬉しくて。
わたしは聖を抱き上げた。
ずっしりと重いその身体が、命はここにあるのだと教えてくれるようで。
わたしは、泣いた。

玲───約束する。

あなたが遺したすべてを、大切にする。
もう決して、自棄になったりはしない。

これから、やがてわたしが死ぬそのときまで。
延司と協力して、聖を育てていくから───。

「ママ、よあけ。きれいだね」

聖の指さすほうを振り向けば。
黄金色の太陽が、わたしたちを照らしていた。
その光が、とても暖かく思えた。

レクリア───永久愛
この世で唯一
     確かな導(しるべ)───

《完》
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

処理中です...