七日メール

希彗まゆ

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天国へ八つ当たり

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 その日の放課後、帰り支度をしていたわたしの前に人影が立った。

「……よ」

 ばつが悪そうにしている、この男──わたしのクラスメイトであり、そして──モトカレ、というものでもある。
 わたしの「人生最悪」の日にはこの男、八川健路(やかわ けんじ)もかかわっていた。

「何か用?」

 自然、言葉もとげとげしいものになる。同じく帰り支度をしていた翔子が目ざとく気づいて心配そうにこちらを窺っていた。

「いや、その……さ。これ」

 そそくさと、後ろ手に持っていたらしい分厚い封筒をわたしの開きっぱなしだった鞄に押し込む。

「うちのお袋……から」

 じゃあな、とうつむき加減に去っていく。
 なんとなく想像がついて、わたしは追いかける気力も失せて突っ立っていた。

「ひかり」

 みはからって翔子がそっと声をかけてくる。

「八川のやつ、なんだって?」
「こっち」

 鞄を閉じ、わたしは無表情のまま翔子の腕をとって教室を出る。
 校舎裏に誰もいないのを確認し、鞄の中から封筒を取り出し二人で開けてみた。

「やっぱり」

 呆然とした。翔子も言葉もなく唖然としている。
 封筒の中には、数十枚の万札と──短い走り書き。健路の母の筆跡だろう、どこか神経質そうな印象を受ける文字だった。

『健路と別れてくださってとても感謝しております。今後一切の関わりを親子共々かたくご遠慮致します』
「手切れ金てわけ!?」

 翔子が悲鳴のように叫ぶ。

「どこの政治家の家系か知らないけど、あんまりじゃない!? 大体身体求めてきたのだってあいつのほうからだったじゃん!」
「いいよ」

 わたしは乾くように笑った。
 本当に、すべてが乾いていくようだった。
 自分でもあっけないと思った。なんであんな人を、いっときでも好きだったんだろう。

「翔子、いいよ。ありがと」
「ひかり!?」

 わたしは呼び止める翔子を振り切って、駆け出した。
 泣くな。こんなことで泣いたら負けだ。
 泣くな泣くな泣くな。
 公園まで一気に走ってきて、何事もないように噴水のそばのベンチに腰掛ける。
 ポケットから携帯の振動がする。翔子からだった。

『ひかり、大丈夫? あたしはひかりの味方だよ』

 返信しようとして、手が震えていることに気がついた。

「やだな……なにダメージ受けてるの、わたし」

 必死に涙を押しとどめる。そして翔子にではなく、別の宛先にメールを打った。

『子供ができたわけでもないのに、身体の関係が親にバレてあっさり破局。モトカレは親のいいなりだし。【えらいひと】は【それなりの相手】じゃないと交際認めないんだって。わたし庶民だもん、ダメだよね』

 送信。
 ぱら、と雨が降ってきた。傘──持ってきていただろうか。
 頭で考えていても、身体は動かない。しがみつくように指が白くなるほど携帯を握りしめていた。
 ── 一件の着信。
 開くと、「あなたを想う者」改め「春夏秋冬」から。

『がんばったね、ひかり。でも、全部ひとりで抱え込んだらいけないよ』

 絵文字も何もない文章。
 偶然なのか小さい頃、昔父に言われた言葉そのもので。
 自然と涙がこぼれ落ちた。

『なんなの、あなた。全部見越してるみたい。天国にいるからって、全部分かるの? 全部見えるの? ばかみたい』

 わたしの涙が画面に落ちる。防水の携帯でなければ、雨と涙のダブルパンチで壊れてしまっていただろう。
また返事がかえってくる。

『うん。ばかでもいい。【ぼく達】はきみのためならばかにでもなんにでもなるよ』
『親ばか? 親じゃないから違うね、何ばか? でも、それって中島みゆきの歌詞に似てる。あの唄、好き』
『きみが笑ってくれるならぼくは悪にでもなる?』
『そう。それ』
『なれるよ。だって【ぼく達】は天国に所属してるだけで、神様でも天使でもないから。きみのためなら、なるよ。だから、きみは【ぼく達】に何を言っても何をしても大丈夫だからね』
『彼氏より彼氏っぽい台詞みたい』
『そうかな?』
『そうだよ』

 やり取りをしながら、わたしはわんわん泣いた。
 負けてもいい。
 いまのわたしには、ためこむことのほうが自分に負けてしまいそうだった。
 なんとなくこの雨は、春夏秋冬が一緒に流してくれる涙なのかな、なんて都合のいいことを考えたりも、していた。
 すべてが乾いていくようだった心に、優しく染み渡るような雨だった。
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