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堕ちた天使
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聞き間違いではなかった。
確かに暁は、そう言った。
「どういうこと」
わたしの唇はそれしか紡ぐことができず、
暁もまた黒い微笑みを崩すことはなかった。
「【三船翔子】を殺せばもう願いが叶うから教えるよ。ひかりちゃん、一度流産したよね」
───
頭の中が真っ白になる。
暁が何を言ったのか、一瞬分からなかった。
「な、」
手が震える。
「何言ってるの?」
「【それも忘れたの】? 奴らがうまいこと記憶を消したのか、それともひかりちゃんが自己防衛で記憶をなくしてるかはわからないけど……確かにひかりちゃん、きみは一度妊娠して、流産したんだよ」
頭の中で何かがあふれ出しそうになる。何か──思い出したくない何かが。
ぽつり、雨が降り始める。ときが、とまっているはずなのに。
春夏秋冬が──泣いている、のだろうか。
「ぼくの正体はね、……天使なんだ」
雨に濡れるのも構わずに、暁は続ける。
「むかぁし魔王と戯れに遊んだときに、罰ゲームでトンボになった悪魔を狩る役目になったんだ。だけど望月勇雄──ひかりちゃんのお父さんにはからずも邪魔されちゃって、恨んじゃったんだよね」
「あんたが天使なんて、」
「嘘だと思う? 番人みたいな悪魔もいるのに?」
「……、…」
何か言おうとして、言葉にならない。
押し黙るわたしに面白そうに歩み寄ってそっと髪を撫でる、暁。
なぜか今は、ぞっと感じることもない麻痺、しているのだろうか。
「でね、望月勇雄本人にはもう番人の直接守護がついてたから無理だったから、いずれ産まれるその娘を手中にして一生いたぶってやろうと思ったわけなんだ。それがひかりちゃん、きみのこと」
だから初めて会ったとき、彼は「将来の伴侶」だと言ったのだ。
確かにそのことについて彼は確実な否定をしていない──。
「でもねえ、それを察した番人がそのことを望月勇雄に教えちゃったんだよね。で、さらに望月勇雄は同じ病院にいて仲良くなっていた【とある少年】にその話をし てたんだ。【その少年】はひかりちゃんを護ろうとして、しょっちゅうひかりちゃんに接触して話もしてた。ぼくの容姿や口調も一応はそいつを基本に【つくった】んだよ。だけどね……」
わざとのように、暁はそこで区切る。今度こそ、背筋に寒気が走った。わたしの脳裏を、黒い影が覆おうとする。
(いや)
両手で頭を覆う。
(なにこれ──いや──!)
暁の手がわたしの身体を包み込もうとしたその瞬間、
「逃げて! おかあさん!」
翔子の声がして、わたしのスカートのポケットの中の携帯が稲妻のように光って暁の目だけをつぶした。
蜘蛛にだけ効く光のように。
「っぐぅっ!」
苦しそうに目を覆ってしゃがみこむ暁をよそに、わたしは翔子の元へ駆け寄ろうとする。
「だめ」
翔子は哀しそうに微笑んでいた。
「もう、あたしはとどまれない。番人はちゃんと元の世界に帰ったから安心して」
「とどまれない、って、翔子」
憎いくらいに自分の言葉がもどかしい。
「ねえ翔子、……さっき、わたしのこと……」
「逃げて」
どん、と翔子に突き飛ばされた。
暁が起き上がり、わたしと翔子に向けて黒い糸の群れをてのひらから吐き出すところだった。
ジジッ……ジジジッ……
見下ろすと、携帯はさっき稲妻のように光ったときのまま燃えるような光を発している。
触れた瞬間、わたしの身体は虹色の空間に包まれた。
閉じようとする元の空間。
そこに、黒い糸にとらわれた翔子の姿が見えた。
(翔子!)
声が出せない。
わたしの脳裏に、翔子の言葉がこびりつくように残っていた。
ニゲテ オカアサン
確かに暁は、そう言った。
「どういうこと」
わたしの唇はそれしか紡ぐことができず、
暁もまた黒い微笑みを崩すことはなかった。
「【三船翔子】を殺せばもう願いが叶うから教えるよ。ひかりちゃん、一度流産したよね」
───
頭の中が真っ白になる。
暁が何を言ったのか、一瞬分からなかった。
「な、」
手が震える。
「何言ってるの?」
「【それも忘れたの】? 奴らがうまいこと記憶を消したのか、それともひかりちゃんが自己防衛で記憶をなくしてるかはわからないけど……確かにひかりちゃん、きみは一度妊娠して、流産したんだよ」
頭の中で何かがあふれ出しそうになる。何か──思い出したくない何かが。
ぽつり、雨が降り始める。ときが、とまっているはずなのに。
春夏秋冬が──泣いている、のだろうか。
「ぼくの正体はね、……天使なんだ」
雨に濡れるのも構わずに、暁は続ける。
「むかぁし魔王と戯れに遊んだときに、罰ゲームでトンボになった悪魔を狩る役目になったんだ。だけど望月勇雄──ひかりちゃんのお父さんにはからずも邪魔されちゃって、恨んじゃったんだよね」
「あんたが天使なんて、」
「嘘だと思う? 番人みたいな悪魔もいるのに?」
「……、…」
何か言おうとして、言葉にならない。
押し黙るわたしに面白そうに歩み寄ってそっと髪を撫でる、暁。
なぜか今は、ぞっと感じることもない麻痺、しているのだろうか。
「でね、望月勇雄本人にはもう番人の直接守護がついてたから無理だったから、いずれ産まれるその娘を手中にして一生いたぶってやろうと思ったわけなんだ。それがひかりちゃん、きみのこと」
だから初めて会ったとき、彼は「将来の伴侶」だと言ったのだ。
確かにそのことについて彼は確実な否定をしていない──。
「でもねえ、それを察した番人がそのことを望月勇雄に教えちゃったんだよね。で、さらに望月勇雄は同じ病院にいて仲良くなっていた【とある少年】にその話をし てたんだ。【その少年】はひかりちゃんを護ろうとして、しょっちゅうひかりちゃんに接触して話もしてた。ぼくの容姿や口調も一応はそいつを基本に【つくった】んだよ。だけどね……」
わざとのように、暁はそこで区切る。今度こそ、背筋に寒気が走った。わたしの脳裏を、黒い影が覆おうとする。
(いや)
両手で頭を覆う。
(なにこれ──いや──!)
暁の手がわたしの身体を包み込もうとしたその瞬間、
「逃げて! おかあさん!」
翔子の声がして、わたしのスカートのポケットの中の携帯が稲妻のように光って暁の目だけをつぶした。
蜘蛛にだけ効く光のように。
「っぐぅっ!」
苦しそうに目を覆ってしゃがみこむ暁をよそに、わたしは翔子の元へ駆け寄ろうとする。
「だめ」
翔子は哀しそうに微笑んでいた。
「もう、あたしはとどまれない。番人はちゃんと元の世界に帰ったから安心して」
「とどまれない、って、翔子」
憎いくらいに自分の言葉がもどかしい。
「ねえ翔子、……さっき、わたしのこと……」
「逃げて」
どん、と翔子に突き飛ばされた。
暁が起き上がり、わたしと翔子に向けて黒い糸の群れをてのひらから吐き出すところだった。
ジジッ……ジジジッ……
見下ろすと、携帯はさっき稲妻のように光ったときのまま燃えるような光を発している。
触れた瞬間、わたしの身体は虹色の空間に包まれた。
閉じようとする元の空間。
そこに、黒い糸にとらわれた翔子の姿が見えた。
(翔子!)
声が出せない。
わたしの脳裏に、翔子の言葉がこびりつくように残っていた。
ニゲテ オカアサン
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