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第3章:白桜夢流~NON ILYOUVE~
Ⅱ
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◇
確かにこの洋館の警備システムはすごいものだった。
いったいここまで厳重にするほどの何を、彼らはしでかしたのだろうか。物事に無関心なわたしも、ついそんなことを考えてしまうほどだった。
システム解除には一週間の期間が必要だった。
その間、わたしは洋館で彼らと暮らすことになった。
無論わたしのことは表向きには秘密だったから、食事などを運んでくる外部の人間からは、わたしは隠れなければならなかった。
洋館の他の機能(電気など)にも多少支障をきたすため、夜は仕事をしなかった。
その間、いつもシオウがわたしを部屋に呼びつけた。
特に用事もないのにわたしを椅子に座らせ、自分も向かいに座って黙って本を読むのだ。
人間の考えていることが、わたしには時々分からない。
「おや。怪我をしましたか?」
ある夜、いつものようにわたしを呼んだシオウはわたしの腕をつかんでそう言った。
確かにその日、わたしはひとつのシステム解除に失敗し、高電圧を腕に通してしまっていた。
「配線の一、二本、のびてしまった程度です。怪我というほどのものではありません」
かしこまったわたしの答えに、シオウは強引だった。
「可愛いお嬢さんの怪我は、たとえ髪の毛一本ほどのものでも見るに堪えないんですよ、ぼくは」
そう言ってわたしの首の後ろへ指を入れた。本当にさり気ない動作だったので不意を突かれた。
───白王博士が作ったヒューマノイドにはそれぞれの弱点というものがある。
どんなに性能のいいヒューマノイドでも、必ずひとつはそれがある。
もちろん、それは「もしも機能が狂ってしまったとき、体機能を低下させ、危険を回避する」ためで、意図的に造られたものだ。
博士たちはそれを『生命(サラ)の(フ)繋ぎ(マイド)』と呼んでいた。
しかしなぜわたしの『生命の繋ぎ』をシオウが知っているのか。
ぐったりしたわたしを抱き上げて、シオウはベッドに寝かせる。
「不可解そうですね。何のためにぼくがあなたを毎晩呼びつけていたのだと思います? ───あなたが白王博士が造ったものだと分かっていましたからね、『生命の繋ぎ』の場所を探すため観察していたんですよ」
シオウの手が忙しなく動く。わたしの袖をまくり、焼けた腕の部分を治療していく。
「確かにあなたは通常のヒューマノイドより規定レベルが上のようですが、あれですね。ほら、察知能力だけが多少劣っているようですね」
───わたしには害にならない程度に感情機能がついている。それが働いたのがわかった。
これは───白王博士以外に感じたことのないもの。
わたしは「驚いた」のだ。
この男、白王博士と同じくらいにレベルの高い人間だ。
「あなたはなぜここに閉じ込められているの」
敬語も忘れて尋ねたわたしに、シオウは微笑んだ。
なんて美しい人間なのだろう。人間に対してそんなことを思ったのは初めてだ。
「飛沢博士を助けようとして、閉じ込められてしまったんですよ。直接的にはぼくは何もしていません」
「巻き添え───ということ?」
「まあ、そうですかね」
───混乱。
この人間、実はレベルが低いのだろうか。
わたしの顔を見て───わずかに表情が変わっていたのだろう───シオウは今度は声を出して笑った。
一度だけ、くすりと。
「ぼくのことが不可解ですか? ああ、まああなたがヒューマノイドであれば当然でしょうけど。通常のヒューマノイドは規定どおりのことしかプログラムされていないし、規定どおりの考え方しかできませんからね」
「あなたは規定外の人間ということ?」
「はは、やっぱりあなたにもぼくが人間に見えますか」
───!
もしわたしに力を入れることができたなら、間違いなく身体を起こしていただろう。
けれど今の状態ではかなわず、わずかに指先が震えただけだった。
シオウは軽く肩をすくめる。
「飛沢博士、彼は数年前にヒューマノイドを造りました。残念ながらそのヒューマノイド・ナキは社会的欠陥品として認定され事実上処分されましたが、飛沢博士はその後、欠陥ヒューマノイドの研究に没頭しました。過去に欠陥品として認定されたヒューマノイドのリストと彼らを造った博士のデータを集め、何年もかけて『究極の欠陥品』を造り上げたんです。まあ究極といっても所詮は自称にすぎないんですけどね。それがぼくだというわけです」
「あなたはレベルが高く見えるわ。どこが欠陥品? 体機能レベルが低いの?」
「いえ、通常レベルには達していますよ。欠陥しているのは内面(クロッグ)です。
……こう言えばすぐ納得できるでしょう───ユウイ。ぼくの行動の中で、あなたに理解できないことがたまにあるでしょう?」
確かに思い当たる。彼が人間ではなく、ヒューマノイドだと分かった今ならなおさらだ。
「あなたはヒューマノイドなのに微笑む。表情をつけて声を出す。計算で行動をしない。明らかに内面的に欠陥しているわ」
「それをね、ユウイ。欠陥ではなく、『心』というんですよ」
───心?
「つまり感情です。言葉としてはあなたにも登録されているでしょうが、心がヒューマノイドにも宿るということは登録されていないでしょう。ユウイ、ぼくは機械なのに心があるんですよ。夢を持つ心がね」
「夢」
ぽつり、つぶやいたわたしにシオウはうなずく。動かしていた手を止め、ゆっくりわたしを起こす。上半身を支えたまま、抱き抱えるかっこうになった。
「今までにも夢を持ったがゆえに処分されたヒューマノイドは何体もいますけど、例外もあります。イサヤという男型ヒューマノイドがそれです。飛沢博士は特にイサヤの分析を念入りにして、ぼくに似たような回路をつけた。ぼく自身も仕上げとしてイサヤに会わせられました、無論極秘のうちですけどね。正直ぼくはあなたに会うまで夢を持っていなかったんですが」
わたしはまた、驚いた。
わたしがこのヒューマノイドに夢のきっかけを与えたなんて───身に覚えがないからだ。
「あなたにもできそうですよ、ぼくの見たところではね。夢を持つと素敵な気分です。あなたにも教えてあげたい」
「───理解できない」
突き放すようなわたしの言葉に、しかし彼は傷つかなかった。答えが分かっていたように、ただ微笑んだだけだった。
「……そうですね。きっとできないほうがいい。ユウイ、今のままならあなたは処分に怯えなくてすむ」
なぜそんな言葉を紡ぐことができるのか。
どういう計算でそんな言葉を紡いでいるのか。
わたしには理解できない。
プログラムされていなかった。
確かにこの洋館の警備システムはすごいものだった。
いったいここまで厳重にするほどの何を、彼らはしでかしたのだろうか。物事に無関心なわたしも、ついそんなことを考えてしまうほどだった。
システム解除には一週間の期間が必要だった。
その間、わたしは洋館で彼らと暮らすことになった。
無論わたしのことは表向きには秘密だったから、食事などを運んでくる外部の人間からは、わたしは隠れなければならなかった。
洋館の他の機能(電気など)にも多少支障をきたすため、夜は仕事をしなかった。
その間、いつもシオウがわたしを部屋に呼びつけた。
特に用事もないのにわたしを椅子に座らせ、自分も向かいに座って黙って本を読むのだ。
人間の考えていることが、わたしには時々分からない。
「おや。怪我をしましたか?」
ある夜、いつものようにわたしを呼んだシオウはわたしの腕をつかんでそう言った。
確かにその日、わたしはひとつのシステム解除に失敗し、高電圧を腕に通してしまっていた。
「配線の一、二本、のびてしまった程度です。怪我というほどのものではありません」
かしこまったわたしの答えに、シオウは強引だった。
「可愛いお嬢さんの怪我は、たとえ髪の毛一本ほどのものでも見るに堪えないんですよ、ぼくは」
そう言ってわたしの首の後ろへ指を入れた。本当にさり気ない動作だったので不意を突かれた。
───白王博士が作ったヒューマノイドにはそれぞれの弱点というものがある。
どんなに性能のいいヒューマノイドでも、必ずひとつはそれがある。
もちろん、それは「もしも機能が狂ってしまったとき、体機能を低下させ、危険を回避する」ためで、意図的に造られたものだ。
博士たちはそれを『生命(サラ)の(フ)繋ぎ(マイド)』と呼んでいた。
しかしなぜわたしの『生命の繋ぎ』をシオウが知っているのか。
ぐったりしたわたしを抱き上げて、シオウはベッドに寝かせる。
「不可解そうですね。何のためにぼくがあなたを毎晩呼びつけていたのだと思います? ───あなたが白王博士が造ったものだと分かっていましたからね、『生命の繋ぎ』の場所を探すため観察していたんですよ」
シオウの手が忙しなく動く。わたしの袖をまくり、焼けた腕の部分を治療していく。
「確かにあなたは通常のヒューマノイドより規定レベルが上のようですが、あれですね。ほら、察知能力だけが多少劣っているようですね」
───わたしには害にならない程度に感情機能がついている。それが働いたのがわかった。
これは───白王博士以外に感じたことのないもの。
わたしは「驚いた」のだ。
この男、白王博士と同じくらいにレベルの高い人間だ。
「あなたはなぜここに閉じ込められているの」
敬語も忘れて尋ねたわたしに、シオウは微笑んだ。
なんて美しい人間なのだろう。人間に対してそんなことを思ったのは初めてだ。
「飛沢博士を助けようとして、閉じ込められてしまったんですよ。直接的にはぼくは何もしていません」
「巻き添え───ということ?」
「まあ、そうですかね」
───混乱。
この人間、実はレベルが低いのだろうか。
わたしの顔を見て───わずかに表情が変わっていたのだろう───シオウは今度は声を出して笑った。
一度だけ、くすりと。
「ぼくのことが不可解ですか? ああ、まああなたがヒューマノイドであれば当然でしょうけど。通常のヒューマノイドは規定どおりのことしかプログラムされていないし、規定どおりの考え方しかできませんからね」
「あなたは規定外の人間ということ?」
「はは、やっぱりあなたにもぼくが人間に見えますか」
───!
もしわたしに力を入れることができたなら、間違いなく身体を起こしていただろう。
けれど今の状態ではかなわず、わずかに指先が震えただけだった。
シオウは軽く肩をすくめる。
「飛沢博士、彼は数年前にヒューマノイドを造りました。残念ながらそのヒューマノイド・ナキは社会的欠陥品として認定され事実上処分されましたが、飛沢博士はその後、欠陥ヒューマノイドの研究に没頭しました。過去に欠陥品として認定されたヒューマノイドのリストと彼らを造った博士のデータを集め、何年もかけて『究極の欠陥品』を造り上げたんです。まあ究極といっても所詮は自称にすぎないんですけどね。それがぼくだというわけです」
「あなたはレベルが高く見えるわ。どこが欠陥品? 体機能レベルが低いの?」
「いえ、通常レベルには達していますよ。欠陥しているのは内面(クロッグ)です。
……こう言えばすぐ納得できるでしょう───ユウイ。ぼくの行動の中で、あなたに理解できないことがたまにあるでしょう?」
確かに思い当たる。彼が人間ではなく、ヒューマノイドだと分かった今ならなおさらだ。
「あなたはヒューマノイドなのに微笑む。表情をつけて声を出す。計算で行動をしない。明らかに内面的に欠陥しているわ」
「それをね、ユウイ。欠陥ではなく、『心』というんですよ」
───心?
「つまり感情です。言葉としてはあなたにも登録されているでしょうが、心がヒューマノイドにも宿るということは登録されていないでしょう。ユウイ、ぼくは機械なのに心があるんですよ。夢を持つ心がね」
「夢」
ぽつり、つぶやいたわたしにシオウはうなずく。動かしていた手を止め、ゆっくりわたしを起こす。上半身を支えたまま、抱き抱えるかっこうになった。
「今までにも夢を持ったがゆえに処分されたヒューマノイドは何体もいますけど、例外もあります。イサヤという男型ヒューマノイドがそれです。飛沢博士は特にイサヤの分析を念入りにして、ぼくに似たような回路をつけた。ぼく自身も仕上げとしてイサヤに会わせられました、無論極秘のうちですけどね。正直ぼくはあなたに会うまで夢を持っていなかったんですが」
わたしはまた、驚いた。
わたしがこのヒューマノイドに夢のきっかけを与えたなんて───身に覚えがないからだ。
「あなたにもできそうですよ、ぼくの見たところではね。夢を持つと素敵な気分です。あなたにも教えてあげたい」
「───理解できない」
突き放すようなわたしの言葉に、しかし彼は傷つかなかった。答えが分かっていたように、ただ微笑んだだけだった。
「……そうですね。きっとできないほうがいい。ユウイ、今のままならあなたは処分に怯えなくてすむ」
なぜそんな言葉を紡ぐことができるのか。
どういう計算でそんな言葉を紡いでいるのか。
わたしには理解できない。
プログラムされていなかった。
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