天使の紡ぐ雪の唄

希彗まゆ

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おれが、間違っているのか?──【聖治Side】

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「クソッ!」

何個目かの踊り場で
おれは息を切らせて壁に体を預けた。

悪態をつきたくもなる。
おれは、もう気が遠くなるほど校舎を走り回っていた。

腕時計を見ると、針が狂ったような速度で回転し続けている。
誰の仕業かは、考えなくても分かる。

「悠輝ィッ!」

ありったけの声を絞り出した。

「校舎を迷路にしやがったなっ! そんなにおれと会うのがいやかっ!?」

そしてふと気づく。
時を狂わせ、校舎を迷路にする。
それほどの力が悠輝に戻っているということは……。

ギリッと歯を食いしばる。

夏樹がまた、あいつを愛し始めた──
その証拠だ。

拳をつくり、壁に叩きつけた。
骨ばった手が、たちまち紫色に染まっていく。

「……おれのほうが、間違ってるのか?」

ぽつりとつぶやいたおれの声は、かすかに震えていた。
悠輝は夏樹が好きで、夏樹は悠輝が好きで。
それ自体は間違っていない。
ただ、おれひとりが苦しめばいいだけなのだ。

でも、悠輝は夏樹を連れていってしまう。
自分の国へ連れていってしまう。

悠輝はいいが、夏樹は魂にならなければそこへ行くことができない。
つまり、死ななければならないのだ。

「愛していれば、それでもいいのか? お互いが幸せならば、死んでもいいってのか?」

だから、おれは自分の意志を通そうとしたのだ。

悠輝が普通の人間で、ただ夏樹と愛し合っただけならば
おれは、苦しくても反対はしなかっただろう。

窓の外はもう薄暗い。
運動部の部員達も引き上げ始めていて、もうかけ声も聴こえてこない。

おれは気持ちを落ち着かせるように、ふうっと長いため息をついた。
目を閉じる。

ひとつ、気づいた。
これは「迷路」ではなく「幻覚」だ。

なぜなら、さっきからおれは
ひとりの教師にも生徒にも会っていない。

もしも迷路であれば、部活関係で登校している他の誰かも巻き添えになっていいはずだった。
──幻覚なら、破れる。
目に頼っては駄目だ。

おれは目を閉じたまま、ゆっくりと足を踏み出す。

もしおれが目を開けたままだったら
暗い外を、小さな白いものが舞い始めたのが見えただろう。

この地方では珍しい、それは雪だった。
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