蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

文字の大きさ
1 / 35

プロローグ カウント

しおりを挟む
 赤い雪が見えると、
 その声が聞こえるような気がする。

 ─── もっと憎悪を、
 ─── 蠍の舌(アル・ギーラ)を、

 と。



( ─── ……雪)

 雪、だ。

 しん しん しん

(雪 が 降っている)

 地上に積もる。庭土の上にさらりと。
 どんどん覆っていく。何もかも。思い出も理性も。

 しん しん しん

 『彼』の夢は、いつも濁(だく)に塗(まみ)れている。
 憎悪の炎に濡れている。

(雪……真っ赤な、赤い、雪!)

 そして、『彼』は目覚める ─── 激情に駆られた夢に、滝のように汗を流しながら。
 まだ、空は明け方にも届いていない。夜中の三時頃だろう、時計を見なくても分かる。こんなことは毎晩だ。

「三十五………三十六、三十七」

 ふうっと息をつき、起き上がる。まだ彼の頭は朦朧としている。未だ夢をさまよっているようだ。
 部屋の隅に黒い布をかぶせた大きな姿見がある。昔に死んだ両親の部屋にあった母の姿見だ。

「三十八、三十九、………四十!」

 バサッと布をはぎ取った。鏡にひとりの少年が映る。長身の美しい少年 ─── それは彼自身のものだった。
 しかし彼はそれを「あいつ」だと思った。自分と同じ背の高さの、同じ顔をした、忌まわしいあの者だと。

「くっ………」

 喉を鳴らしたのはこみあげた笑いを押し込めたためだった。しかし押さえきれない。次第に彼の肩は小刻みに震えていく。

「くっくっ……くっ」

 あいつだ。あいつがいる。憎らしいあいつが目の前に。いつもは手が届く位置にも近付いたことがない、けれどほら、今はこんなに近くにいる!
 彼の手が鏡面に触れ、そのまま爪を立ててカリリと音を立てる。
 触れられる、位置にいる。鏡を隔てた向こうに『お前』はいる。

(こんなに近くなら、すぐ殺せる)
(そう、すぐにだ)
「………三十九。三十八、三十七」

 夢の中をたゆたうように、彼はゆっくり足を踏み出す。

「すぐに ─── ……」

 ベッドの上に体を落とした時、既に彼はまた眠りに落ちている。
 あいつを殺せる。
 そう確認したことでこの上ない安らぎを得たように。


 また、眠りにつく──いつものように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...