蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

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ゆるやかなる、

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「タツミはあなたが書いた結末に付け加えをしたのよ。やがて弟は兄を殺したことを悔いて自分を責め、最期には兄を殺した手段と同じように自分に蠍の舌を使って死んでいく。現時点であなたはもう「兄」に、タツミは「弟」に替わっていたから立場はそのまま使ったの。
 そして弟の最期の台詞で劇は幕を閉じるのよ。それはね、」

「黙れ!」

 突然達弥はナイフを振り回した。死角からすぐそこまで近付いていた坂本の腕をかすめる。

「坂本!」

 手をのばそうとする結珂を、達弥は再度抱き直す。

「今更そんなこと……! あいつがおれを憎んでいると思ったから、あいつが次に好きになった女をおれも取ろうとした。おれが聖香の時に味わった思いをあいつにも味わわせてやろうと……」
「お前、自分の気持ちにも気付いてないのかよ」

 あえぐような達弥の言葉に、水をさしたのは坂本だった。

「……お前と閏の……いや、タツミの本当のことを聞いてもまだどっかついていけてねえ。お前らの親友のはずだったおれがお前らが苦しかったことにも入れ替わってたことにも気付かなかった、そのことは確かにショックだ。でもおれの感情なんかあとでいい、お前と彩乃さんが話したことが真実だとして、 ─── いや、推測の前にひとつだけ聞いておきたい。賀久達を襲ったのはお前か、達弥……いや、ウルウ? 凪が言ってた、賀久を襲ったのは『閏』に見えたって」

 達弥の頬がぴくりと痙攣する。かわりに答えたのは彩乃だった。

「病室にいたタツミはやってないわ。だってあたし、事件が起きたその日の夜は病室に泊まりこんで、ずっとタツミと喋ってたもの」
「 ─── だったら、どうした」

 歯の奥からうなるように、達弥は肯定する。
 ナイフで破かれた袖をそのままに、坂本は言った。

「お前が本当にタツミを憎んでたんなら、どうしてあの三人を襲ったりした?」

 坂本の言葉に、結珂ははっとする。

「もしタツミを憎んでたなら、タツミに怪我をさせた賀久達に仕返しなんて頭はないはずだぜ。お前は本当は、ちゃんとタツミが好きだったんだ。昔のように、兄として」

 達弥はかぶりを振る。小さく、小刻みに。
 ふるえるように。

「違う ─── そんなはずはない。いや、絶対に違う。だっておれは ─── 」
「違うならなんで高村と天神林を殺した? なぜ賀久を襲った?」
「いちゃいけないと思ったんだ! あんなヤツらなんか!」

 泣き叫ぶように、ついに達弥は言葉を吐いた。

「あいつらがタツミに怪我させたって聞いて、その夜苦しみが頂点に達したんだ。気がついたら、高村の首をしめて ─── 」

 たまらずに結珂は、首に回された達弥の腕をぎゅっとつかんだ。震えを感じる。心の震え。達弥の思いが痛いほど伝わってきてたまらなかった。

「致命傷の場所を舌にしたのは、あくまで『蠍の舌』に抵抗してのこと? ……あなた、自分が考え出したものを本当は後悔してたのね?」

 彩乃の瞳がいとおしげに細まる。達弥は否定しなかった。できなかった。彼女の言葉によって初めて、自分の気持ちが「そう」と知ったのだ。
『蠍の舌』 ─── 小学生のとき、想像の中でそれを使って兄を殺した。現実にも『蠍の舌』があればどんなにいいかと、何度思ったか知れない。
 でもいつからか、それを自分が作ったものだと否定するようになった。否定したいと思うようになった。
 たぶん、兄が ─── タツミが自分と罪を入れ替わったときから。

「そんなはずはないと思ったんだ」

 達弥の腕の力がゆるむ。わざと結珂を逃がすように、そうして体の力を抜いた。

 カラン、

 ナイフが床に落ちる。

「今までのことがあったから、代わりに罪をかぶったのも憎しみに基づくものだと信じてた。でも、どこかで ─── おれは甘い夢を見てた。もしかしたらタツミはおれを本当に助けようとしてくれたんじゃないかって……昔のように。昔おれがおとなに怒られるようなことをしたら、いつもかばってくれた。それと同じように」

 自ら結珂から離れていく。入れ代わりに坂本が結珂のところへ。守るように肩を抱きしめる。

「タツミの気持ちがどっちかわからなくて、……苦しかったんだ」

 達弥はそして、小さくあえぐ。顔色は青冷めを通り越して、白に近い。坂本はふと眉をひそめた。
 結珂を離した直後から、達弥が脇の辺りをかばっていることに気付いたのだ。

「達弥、……」
「彩乃」

 尋ねようとする坂本の言葉を遮り、達弥は義姉を見た。昔好きだった女の子とうりふたつの彩乃を。

「本当に、タツミは自分からは何も?」
「話さなかったわ。 ─── あたしがあなたを好きだって告白しなかったら、きっと永遠に喋ってくれなかった」

 彩乃は初めて、歩み寄り始める。

「入れ替わってたのが分かったのは、あたしがウルウ、あなたを好きだったから」

 彩乃の告白を、達弥は聞いていた。じっと相手を見返して、その瞳にあるのが真実かを見極めた。
 ひとつ、小さくため息をついた。あまりの寒さに身を縮めている、そんなかっこうだった。

「 ─── おれが意地をはらなければ、タツミはおれを好きだと言ってくれた? 小さい頃のように兄として笑いかけてくれた?」
「タツミはそのつもりだったわ。ずっとよ」

 彩乃は近付いてくる。部屋の半分、落ちたクッションのそばまで来た彼女に達弥はかぶりを振った。

「来ちゃ、駄目だ」

 静かに、さとすように。彩乃の歩みが止まる。

「……誰も近付いちゃ駄目だ。もう、……傷つけたくない」

 だれも。

「達弥…… ─── お前まさか」

 坂本は自分の推測が正しいかどうか確かめようとする。まさかという思いが強くて、足がすくんだみたいだった。
 そんな優しい親友に、達弥は視線を向ける。それはもう彼が知っている「達弥」が時折見せた、そして中学一年の時まで知っていた「ウルウ」の目だった。

「志輝、……せめてお前に……どうしておれは話さなかったんだろうな。どうしていつも、どうして、」

 どうしておそいのだろう。
 どうしていつもておくれになってしまうのだろう。

 達弥はふと振り返った。何かの気配に気付いたように、導かれるように。

「 ────── 、」

 開いた唇に言葉はなかった。
 瞠目した彼がそこに見たものは、ゆるやかにまた降り始めた明け方の雪だった。
 脇をかばうのも忘れ、バルコニーのガラス戸をもどかしく開け放つ。外へ出る。

「達弥くん!」

 かばっていた脇、そこに時間の経過で服を通してにじみ出た朱を認め、結珂は声を上げた。

「彩乃さん、救急車を ─── 」

 言いかけた坂本は、自分が行ったほうが早いと気付き、結珂を置いて部屋の出口へ向かう。階段を降りたすぐのところに電話があったはずだ、そこへ向かおうとした。

「達弥くん!」

 再度、結珂の声に坂本は振り返る。

  ─── ふりかえる。
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