25歳童貞処女が異世界で用事を済ませて戻ってきたら彼氏ができました★

禅乃蓮

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23-北の隊員

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 職場には先んじて正出せいでを含めた複数名の先輩たちが詰めていた。早朝から何事かあったのか普段以上に彼らはバタバタと忙しなく動き回っていたが、そんな中でも陽向ひなたが姿を見ると暖かく迎え入れてくれた。ただし直後すぐに飛んできた仕事の指示は容赦のない物ではあったが。
 陽向ひなたと、陽向ひなたのペアとしてつけられた治療班員は、依頼されるままに備品倉庫に向かいベッドシーツの替えやら補填する薬品やらをかき集めた。必要数を集めきった後ふと思いたって残量が著しく減っている備品の写真を撮る。陽向ひなたが撮っている後ろでペアは他にも残量の少ない備品がないかを探してくれていた。医療班の事務方に補填する備品を引き渡すついでに備品の残量の写真を見せると、勝手に写真を撮ったことは怒られたが、備品の発注ができていいと2人まとめて褒められた。些細なことだったが陽向ひなたには嬉しかった。
 備品の引き渡しが終わる頃には朝のバタバタが収まっていた。勤務の治療班員のほとんどが待機室に入り、皆一様にホッとした顔で適当な場所でお茶を飲んでいる。
 陽向ひなたもペアに促されて待機室には入った。ペアは笑顔で陽向ひなたと別れると仲のいい治療班員のもとに行ってしまった。陽向ひなたは所在なく、とりあえず飲み物をいただいた後は待機室の隅の椅子に腰を下ろしてそれとなく周りが話しているのを聞いていた。

 話の中心になっているのは療養室に収容されている患者のことだった。
 搬送記録なし、怪我無し、装備新品、けれど眠りの魔法を施され朝まで寝かされたままの他支部の隊員が4人。南支部の上部から彼らを起こさないよう指示が出ているとのこと。ただ、つい先ほど彼らを迎えに来た人を病室に通したのと前後して患者たちは目を覚ましたらしい。
 今は体調確認と退院手続きのためにまだ治療室にいるが、時期に帰るだろうとのこと。そしたらまた掃除だね、なんてほっこりと会話している。

(……? あの後にも何かあったのか)

 4人という人数には覚えはあっても、怪我無し&装備新品、という情報が彼らと一致しない。陽向ひなたが北支部の4人を救助した後にも別の隊員を救助することになったのだろうか。
 そんなことを考えていた時だ。
 待機室の扉がガチャリと開かれる。待機室にいた治療班員の視線を集めて縫い付けたのは喜生きおだった。

「はーい、休憩タイム終わり―」
「えー……」
「えー、じゃないの。とりま清掃と備品補填先に済ませちゃってー。それ終わり次第、数名残してあと自宅待機に切り替えるとのお達しデース」
「まじか!」
「え、残されるの誰?」
「期待にお応えして自宅待機組のお名前読み上げまーす」
「いけずーーーー!!」

 治療班員が仕事に残される側の氏名を要求したのに対し、喜生きおはわざわざ帰宅組を読み上げた。気安い間柄だからこそできる無邪気なやりとりだ。
 陽向ひなたの名前は自宅待機組の側に名前があった。喜んでいいやら残念やら胸中複雑だった。
 自宅待機という名の早上がり組の名前を読み上げ終わった後、喜生きおが付け加えた。

「なおこのままなんもなかった場合は黒檀こくたん先生が医学の講義してくれるってことなんで、受講したい奴は飯後すぐに会議室にメモとノートもって集合とのこと」
「おー、まじか太っ腹!」
「んじゃ、昼まで仕事がんばろー」

 喜生きおが声をかけると治療班員たちがダラダラと待機室を出ていった。一拍遅れて陽向ひなたも彼らに倣って部屋を出ようと立ち上がったが、喜生きおから強い視線に何かを感じその場に立ち尽くす。
 治療班員が出ていききったところで、喜生きお陽向ひなたに声をかけた。

「察してくれて助かる。志蔵しぐらよりショウに、この後すぐ事務室へ来るようメッセージを預かってる」
志蔵しぐらからの呼び出し……?)

 陽向ひなたは一瞬キョトンとしたが、すぐに思いあたる。昨日あったことを考えれば呼び出される理由は明白だ。情報隠蔽のため口裏合わせのミーティングをするのだと陽向ひなたはすぐに理解した。

「事務室? 前のとこ?」
「うん。場所解る?」
「……多分?」
「頼りないな。連れてこうか?」

 喜生きおの提案に陽向ひなたは首を横に振った。
 ここで働く間になんとか建物の名称とその内部の施設は把握しているつもりだ。迷わず行けるだろう、多分!
 それに喜生きおは自宅待機組ではない。今日もこれから忙しく仕事をするのだろうのに手を煩わせるのは気が引けた。

「そか。んじゃ、悪いけど俺仕事行っちゃうな」
「がんばれ」
「うん、ありがと」

 喜生きおは手を振ると待機室を出ていった。陽向ひなたも遅れて廊下に出る。

(たしか、宝塔の隣の建物の2階? ……3階……いや、2階であってる間違いない! はず!)

 辿りつけるかどうか危なそうな気はするが、ひとまず陽向ひなたはしっかりた足取りで宝塔の出口に向かう。
 療養室の前を通りがかった時のことだった。 

「ではお前は、南支部が隠匿していると?」
「絶対に間違いありません!」
(!)

 突然聞こえた言葉に思わず立ち止まる。治療室の中を覗き見ると、入り口から少し離れたベッドのあたりに人が集まっている。ベッドの上で身を起こす人間が数名、そのうちの1人に寄り添って立つ人物が1名、寄り添っている人物を警護するように立つ隊員が2名。
 迎えに来た人間の中のリーダーであろう男に、ベッドの上にいる男が必死に訴えているのが見える。先ほどの声は彼からのようだ。
 先ほども「他支部の4人が上からの指示でまだベッドに拘束されている」と言われていたからベッドにいるのは救助された隊員で間違いないだろう。ということは周りにいるのは彼らを迎えに来た他支部の人間で間違いない。現に迎えに来たであろう男たちに見覚えのある顔はなかった。

(……あれ?)
 
 陽向ひなたは、ベッドの上にいる男たちの顔に見覚えがあった。
 今、必死でお迎えに来た人たちに訴えているのは、確かぐったりした男を抱えて逃げていた人だ。2番目に救助した人で、「ちんちょげ」か「じんこぉ」と呼ばれている人のどちらかのはずである。
 2番目救助の男さんは真剣なまなざしで、ベッドの上からお見舞いリーダーに訴えている。

「たかが他支部隊員の救助ために支部長補佐が出てくること自体がおかしいです! なら何故彼が出てきたのか。「神の後継」と目される白い天狗が先に我々に気付き、救助のために人手がいるからと南支部、それも白い天狗の正体を知っている幹部クラスとコンタクトをとったと考えると筋が通ります」

(!)

 陽向ひなたが体を震わせる。まさか言い当てられるとは夢にも思わなかった。
 これはまずいのでは、と思い療養室外側の壁に張り付く。誰かを待っているふりをして療養室内で繰り広げられている話に耳をそばだてる。

「にわかに信じがたいな。本当に白い天狗がいたのか? 怪我で朦朧とした意識のせいで白衣の救助隊員を見間違えたとかはないのか」

 リーダーらしき男の声がなだめるようにいった。それを2番目救助の男さんが否定した。

「絶対にありえません。何故なら自分は戦闘の段階で白い天狗を見ています!」
沈香じんこう兄さんが見た白い天狗については、俺も見てます。頭の上をヒラヒラ飛び回りながら、番えた白い矢で一撃で致死者ちししゃを討伐していました。かの方がいなければ我々の生存はありえなかったでしょう」
(!)

 陽向ひなたの心臓が止まりかけた。
 今の声は覚えがない。おそらく1人目に救助した人、初めて見たときすでに気絶状態だと思っていた人だ。身動きが取れないだけで気絶していなかったらしい。あと2番目救助の男は沈香じんこうさんらしい。

「まじでー? そういえばヤバすぎて頭がパーンなってたときいきなり致死者ちししゃが減ったことあったっスね? そんとき? そんとき?」
結章きっしょう、今は黙って」

 4種類の声が出そろう。
 沈香じんこうさんを援護したのは、状況を考えて沈香じんこうさんの「最近結婚した弟」、最初に南支部に運んだ人だろう。
 白い天狗の情報に興奮しているのが結章きっしょうさん。ちょっと柄の悪い話し方ではあるが内容的には楽しそうだ。
 バリトンの落ち着いた声で結章きっしょうさんをなだめているのは最後に救助した人だ。この人の耳に残るバリトンボイスは聞き間違えようがない。

「白い矢は当たるだけで致死者ちししゃを灰にしていました。普通の人間で出来る芸当ではありません。彼が「神の後継」でなくて、誰が「神の後継」だというのでしょう?」
「えwww 白い矢ライクね様じゃんすげぇ」
結章きっしょう黙れ」
「どこかで目覚めたときに白い服の誰かが沈丁花ちんちょうげを連れていくのを朦朧としたまま見ました。当時は状況が状況だっただけに山姥姿の致死者ちししゃ沈丁花ちんちょうげを拉致されたのだ思い込みましたが、今思えば白い天狗だったのかもしれません」
「私もその時の記憶がうっすらあります。細身でありながら、標準体重以上の沈丁花ちんちょうげを横抱きにして連れて行くのをみました。身体強化の魔法が使われた形跡もなかった」

 バリトンボイスさんが口を添える。救助中に覚醒していたのは最初に救助した沈丁花ちんちょうげさんだけではなかったようだ。
 いや、そもそも。

(見られてたのか……)
 
 重傷の仲間を背負い、必死の様相で致死者ちししゃの攻撃を凌いでいた彼らに上を見るだけの余裕はないだろうとタカをくくって上空から支援をしていたが、甘かった。さらに救助も目撃されてしまっている。
 ダブルでやらかした事実が露呈して陽向ひなたは臍を噛む。
 救助開始の段階で志蔵しぐらに来てもらっておくべきだったと今更ながらに思い至ったのがさらに悔しさを助長する。

「え、姫抱き? 沈香じんこう兄も姫抱きされたの? てことは皆仲良く姫抱き仲間?」
「少なくともお前はそうだったと思うよ結章きっしょう
「うわwww この年でお姫様抱っこwww 俺もうお嫁に行けないwww」
「き っ し ょ う だ ま れ。お前もう妻子居るだろ」

 後悔して気分が沈む陽向ひなたを尻目に、結章きっしょうさんは楽しそうだ。
 そんな彼に「バリトンボイスだけは背負って移動させました」と言いたいが、いらぬ口を挟んで身バレは洒落にならないので陽向ひなたは口をつぐむ。

「おれマジ今回の任務後悔してたんスよー、絶対死に番じゃんってさ。でも白い天狗に助けてもらったなら自慢にならね? すげくね? リーチ一発ツモ役満みたいな?」
「……結章きっしょう、アメいるか? お前の好きなクリームソーダ味もあるぞ」
「え、いいんすか? ちょーだいちょーだい!」

 結章きっしょうさんを黙らせるためについにリーダーさんが動いたようだ。かつん、かつんとゆったり足音が響く。

埠岳ふがく、お前は沈香じんこう兄弟が見たという天狗は見たか?」
「私が見たのは後姿だけで、かつ意識がもうろうとしていた状態です。沈香じんこうの言に引きずられ南支部の救助隊員を白い天狗に見間違えた、というのは十二分にある状況と考えます」
「ふむ。少々南支部の人間にも聞いてみる必要がありそうだな」

 かつかつ、歩く音が再び響いた。リーダーがどこかに歩いているようだ。

 バリトンボイスさんは埠岳ふがくさんというらしい。埠岳ふがくさんは直接陽向ひなたの姿を見ているが自信が持てないといったスタンスに留めるつもりのようだ。
 とはいえ、白い天狗が南支部の人間と繋がっている事実を掴まれてしまった。現場の人間だけが知っている程度なら後からどうとでもできただろうが、上役に報告されてしまっている以上、彼らが所属している支部の幹部に共有されてしまうのも時間の問題だろう。
 どうすべきか。一先ず志蔵しぐらに指示を仰ぐのが正着だろう。 
 今はとにかく志蔵しぐらの元に向かおう。そう思い陽向ひなたが壁から背を離した直後だった。
 陽向ひなたの腕を誰かが掴む。え? と思った時には思い切り引っ張られ、療養室に引きずり込まれていた。
 陽向ひなたの目の前に立っていたのはガタイのいい男。陽向ひなたよりゆうに20cmは高い身長。着ている服こそ仕立てのよさそうなダークグレーのスーツだが、身体つきが素人のそれではない。役職付きの隊員、しかも事務方ではなく実働部隊側から出世したのだろう。
 黒い髪を品よくマッシュに整え、顔には爽やかな笑顔を浮かべているが、瞳はまるでいたぶる標的を定めた獣のようなくすんだ色を宿していた。

「さっきから我々の話題がとても気になっていたみたいだし、せっかくだから一緒におしゃべりしようか」
「……」
「ね?」

 迫力のある笑顔に陽向ひなたが恐怖で固まる。陽向ひなたがカチンコチンになったのをいいことに男は陽向ひなたの腰に腕を回し強制的に歩かせた。向かったのは4人がいるベッドの傍。どの人が誰かまでは解らないが、4人はそれぞれ、気まずげに、懐疑的に、無表情に、興味津々に、陽向ひなたを見ていた。

「君たち南支部の人たちのおかげで、ここにいる4人は命を救われたとお聞きしました。本当にありがとうございます」
「……?」

 先ほどまでの会話を聞いていたと知っていながら男は白々しい礼を述べる。陽向ひなたが困惑して男の顔を見上げるが、男の表情は変わらないまま爽やかな恐怖の笑顔をはりつけていた。
 相変わらず腰には男の腕がかかり、片腕も捕まえたままだ。

「この4人が運ばれたときのことを聞きたいのだけれど、君はその時どうしてたのか教えてくれる?」
「え……う……」

 いや普通に怖くて声が出ない。陽向ひなたは腕から男の手を外そうともがいてみるが、男の手は外れるどころかまるで手錠でもはめられているかのように陽向ひなたの腕に絡みついて離れない。掴んでいるというより、指で作った輪の中に陽向ひなたの腕を捕らえているのだが。

「はな……し、て」
「暴れないで? 我々はしゃべりしたいだけですよ?」
「ネオンさんさすがに……」

 困惑しているのは陽向ひなただけではないようだ。声からして沈丁花ちんちょうげさん――最初に救助した人――がネオンと呼ばれた陽向ひなたをやんわりと拘束している男を制止しようとする。

「せくはらじゃね?」

 無邪気な声で結章きっしょうがネオンの心臓をぶち抜いた。
 さすがにセクハラ呼ばわりされて傷ついたのか、ネオンが陽向ひなたから両手を離す。

「これは失礼」

 表面だけとはいえ謝罪したネオン。陽向ひなたは距離を取ったうえで謝罪を受け入れる意味で小さく頷いた。
 陽向ひなたはネオンを止めてくれた結章きっしょうに目礼を送る。結章きっしょうは白い歯を見せニッと笑って片手を上げた。陽向ひなたはネオン警戒のために結章きっしょうから視線を外したが、視界から外れきる直前、結章きっしょうが目を見開いたのを捕らえていた。気にかかるが今はネオンを警戒しておかないと何をされるかわかったものじゃない。

「改めて聞きたい。この4人が運ばれたときのことを教えてくれないかな? もし関わってないのだとしたら当時どんな様子で南支部はどんな雰囲気になっていたかだけでもいい」
「え、と……」
「おや? ここにいるということは君は治療班員なのですよね? 4人も怪我人が搬入されたのですよ? しかも昨日。覚えているでしょう?」

 詰問じみた問いに陽向ひなたはたじろぐ。距離がとれたことで恐怖は和らいだが、それでもネオンという存在がもつ威圧感に陽向ひなたは気圧される。

「ぜひ、教えてください」
「あ、の……」
「ん~~、俺も詳しく聞きたくなっちゃった」
「? 結章きっしょう?!」

 突然の翻意に驚いて結章きっしょうを呼んだのは声からして埠岳ふがくだったようだ。陽向ひなた結章きっしょうに目を向けると、結章きっしょうの目とばっちり視線がぶつかる。

(え……)

 先ほど見た柔和な笑顔からは程遠い、真っ直ぐに射抜くような目で結章きっしょう陽向ひなたを見ていた。彼はベッドから降り陽向ひなたに向かって歩いてくる。まさかの奇行に焦った埠岳ふがくらしき男がベッドを降りる。

「ねね、詳しく聞きたいから北支部いかね? 大丈夫、俺が常葉ときわさんに掛け合ってお休みもぎ取ったげるからさ」
「おい、結章きっしょうやめろ」
「近寄んな!」

 埠岳ふがく結章きっしょうの肩を掴んだ。瞬間、結章きっしょう埠岳ふがくを振り払う。あまりの結章きっしょうの剣幕に埠岳ふがくが呆然とする。

「……結章きっしょう?」
「後で説明すっから、岳兄がくにいは離れてて」

 結章きっしょう埠岳ふがくをベッドのほうに押しやり、再び陽向ひなたに近づいてくる。怯えて下がろうとする陽向ひなたの手を取ると、目を真っ直ぐに見た。

「な、北支部行こう? 絶対俺が何とかすっから」
「なん、と、か?」
「うん、何とか」

 先ほどまでのおちゃらけムードから一変、結章きっしょうは決定的な何かをぼかしながら陽向ひなたを勧誘する。それでも陽向ひなた結章きっしょうに対し恐怖を覚えないのは、尋問して何かを聞き出そうとしているネオンと違い、結章きっしょう陽向ひなたを思いやって真摯に説得しているのが解ってしまうからだ。
 結章きっしょうが「何を」ぼかしているのかは気になる。だがそれ以上に初対面の相手になぜそこまで心配されているのか陽向ひなたには解らなかった。陽向ひなたは緩く首を横に振り結章きっしょうからも距離を取る。

「い、かない」
「なんで? 自分がどういう状況下にあんのか解ってないの?」

 ひどく心配そうな顔で結章きっしょう陽向ひなたの顔を覗き込んでくる。そんなこと言われても何のことを言われているのか解るわけがなく、陽向ひなたは後退った。が、陽向ひなたの背中が何かにぶつかる。退路を塞ぐように立っていたのはネオンだった。相変わらず腹の底が見えないサイコパスな笑顔を浮かべている。

結章きっしょうはね、こんな奴ですが非常に優秀なのですよ」                                        
「ゆうしゅう」
「そう、優秀。その結章きっしょうがここまで言うのです。きっとあなたには何かあるのでしょう」

 だから、北支部でゆっくりお話ししましょう?
 ネオンが陽向ひなたの耳元で囁く。途端、心臓に虫が這うような怖気が陽向ひなたの体中を駆け抜けた。
 視界が狭まっていく。身体がガタガタ震えだす。まるで陽向ひなたの意思を無視して陽向ひなたの身体を命令通りに動かそうとするような、そんな強制力が働いている。
 
(こ、れ……)

 昨日見た。志蔵しぐらが3人目と4人目を救出する際に眠るよう命令したのと同じ魔法だ。ネオンが陽向ひなたに打ち込んだのだ。

「おいで?」

 ネオンが静かに命じる言葉にどくん、と、強く心臓が脈打つ。視界がぶれる。
 陽向ひなたは頭を大きくブルブルと横に振った。

「うわああああああ」

 奇声一発、陽向ひなたはネオンを突き飛ばすと、何も見ずに弾かれたように廊下に向かって駆けだした。
 廊下に出る直前くらいで陽向ひなたは誰かに両肩を掴まれた。その誰かを振り払おうとして腕の主をギッと睨み上げると、逆に相手からは氷のように冷たい目で刺し貫かれた。

「療養室で暴れるやつがあるか!」

 陽向ひなたを受け止めたのは黒檀こくたんだった。その後ろには喜生きお正出せいでがいる。
 陽向ひなたに気付いたのだろう、喜生きお陽向ひなたの傍に寄ってきた。
 
「あれ? ショウ? なんでまだここにいんの?」
「き、お」
「……!」

 陽向ひなたの様子がおかしいのに喜生きおはすぐ気づいた。当然黒檀こくたんが気づかぬはずもなく、黒檀こくたん陽向ひなたの額に手を当てて何かを呟く。すると陽向ひなたの中で渦巻いていた強制力が霧散する。
 黒檀こくたん陽向ひなた喜生きおに引き渡した。

「連れて行け」
「はーい。ショウ、上からの呼び出しを放置とはいい度胸だ。怒られに行くぞおら」
「や、やだ~」

 喜生きおは強引に陽向ひなたの手を引っ張ってぐいぐい歩き出した。むずがる子供のように抵抗の声を上げ引かれていく陽向ひなたを、苦笑する正出せいでと白け顔の黒檀こくたんが見送る。正出せいでは先に療養室内に入り、黒檀こくたんの目が陽向ひなたの背を追い続けた。
 陽向ひなた黒檀こくたんに向かって口だけ動かす。てんぐ、と呟くと、黒檀こくたんはあきれ果てるような顔をして誤魔化しつつ小さく頷いてくれた。

 宝塔を出たところで喜生きおは歩調を緩めた。あくまで隣を歩き雑談している風を装って話しかけてくる。

「何言われた?」
結章きっしょう、優秀」
「……は?」

 喜生きおが目を丸くする。

「北支部、常葉ときわ、説得する。行こう? かな?」
「……何? 結章きっしょうは優秀だから北支部に行こう、常葉ときわさんは説得するから? ……ショウ、結章きっしょうとかいうやつにプロポーズでもされたの?」

 いまいちニュアンスが掴み切れず、喜生きおは推測で状況を組み立てる。陽向ひなたは首を横に振った。

「天狗、南支部……」

 陽向ひなたがそう口にすると、喜生きおは呆れた顔であー……と納得の溜息をついた。

「おけ。とりま親父のところ行こ」
「ん……」
「まぁ誤解させたままにしとく方も悪いわな……」
「……?」

 喜生きおがポロリと呟いた言葉に陽向ひなたが首を傾げる。

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