僕たちの3年間

禅乃蓮

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13-泣かずば撃たれぬ雉なれど

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 トヨがボールを運べるようになった頃、時を同じくして個人の強化目的だった練習からチームワークやセットアップの練習へと変わった。
 一人一人をつぶさに観察し悪癖を矯正させていく瑠璃の指導は的確だった。松原5兄弟を始めとした瑠璃組みだけでなくトヨにも指導がなされる。バスケ部員全員が着実に実力が上がっていくのを当人たちが骨身に染みて感じていた。
 土曜日の休みが徹底される代わりに日曜日には他校との練習試合がガンガン詰められていく。
 チームの部員を鍛え上げながら他校とも連携を取りしかも両校ともに必ず何か学びを残して練習を終えられるよう取り計らう。涼しい顔でそれらをセッティングする瑠璃の手腕は凄まじいものだ。

(ほんと、瑠璃はすごいな)

 チームメイトの3-on-3を待つ間トヨが横目でこっそり瑠璃を見た。彼女の顔は真剣そのものでプレイから目を離さない。代わりにアイリがチームメイトたちに細やかなフォローを行い、くるみがシュート率やパスミスなどの記録を付けていく。
 去年までのダラダラした練習とはまるで違う、勝つための練習プログラム。
 そう実感させられればさせられるほど練習に熱が入る。何よりこのチームで勝ち上がりたいという愛着が湧く。
 だが同時に、彼女にかかる負担が気になっていた。

(瑠璃って、26なんだっけ)

 妙齢の女が高校生のお子様のために本気で監督を務めている。性別の違いからどうしても理解しあえない場所もあるだろうのにその辺の苦労を絶対に部員に見せない。
 それがどれだけ精神的なものを削っているのか。

(ホント、大人ってすごいな)

 小さな体の彼女にバスケ部の行く先が預けられている。その重責を背負ってなお屈せず進む彼女を、トヨは素直に尊敬していた。
 すっと視線に体格のいい男の身体が割り込んでくる。
 おうおういい胸筋だな、と思いながら筋肉を辿って顔を見あげると、冷たくトヨを見下ろす蘇芳の目と視線がかち合った。

「す、おう?」
「先輩、瑠璃の胸、見過ぎです」
「ち、ちがっ!!」

 蘇芳がボソリと呟く。
 否定の声が大きくなりかけて咄嗟にトヨは自分の口を塞いだ。

「そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ、なんで瑠璃見てたんです?」

 蘇芳にだけ聞こえる声量でしっかりと否定する。すると信用できないとばかりに蘇芳がやたら突っかかってきた。バスケ一筋練習男・蘇芳のこういう休憩警察は、正直トヨは面倒くさかった。
 何より、練習を軽視して女にうつつを抜かしていたような言われにトヨはムッとした。瑠璃を見ていたのは事実だが女としてみていたわけじゃない。

「お前に関係ないだろ」

 トヨは冷たい声で切って捨てた。
 トヨの言葉を聞いた瞬間、蘇芳が目を瞠った。そして。

「……そうですね」

 悲し気にそう呟いて、蘇芳は視線を3-on-3中のメンバーに戻した。

(……?)

 いつも自身に満ち溢れている男の珍しい態度がトヨには気になった。
 3-on-3が終わり瑠璃がオーダーを1-on-1に変える。プレイヤーとして指定されたのは蘇芳とトヨだった。なんとなく気まずさを引きずったままの1-on-1の結果は散々なものとなった。

「お前ら……予選が近いって、理解してるか?」

 蘇芳のシュートにより幕を引いた1-on-1のあと、顔をしかめた瑠璃からの総評は一言だった。
 トヨと蘇芳はともに明後日の方向を向きながらスミマセンとしかいえなかった。

「練習終了! 集合!!」
「うっす」

 瑠璃の号令に部員が瑠璃の元に集まる。瑠璃はちゃんと全員が集まったのを確認し、座るよう指示を出した。
 いつもは集めた後はすぐに挨拶をして終わるところだ。普段とは違う命令に、座った後、トヨは直次と顔を見合わせた。

「ちょっとイヤな話が回ってきたから共有しとく。特に部活後に自主練してる奴は聞いとけ」

 瑠璃の前置きを聞いて、体力づくりのため近所のランニングを続けているトヨは自分も該当するなと思い耳を傾けた。

「どこぞのインフルエンサーが無責任に放送したネット配信の影響で、運転下手のバカどもがうちの地区に来るかもしれないとのことだ。特に人通りの絶えた20時以降に目を付けているらしい。もしこのへんの時間に外練してる奴がいたら、できたら近場の公園の中に切り替えるか、ジムに切り替えてほしい」
「あ、その配信見てました」

 アイリが手を上げた。

「この地区なら人が少ないから、普段運転しない人たちのいい路上練習になるだろうって言ってました! うわって思ったので覚えてます」
「私も見ました。20時っていったら遠方組はまだ帰宅途中ですよね。正直、怖いです」

 アイリの発言にくるみが追従する。
 瑠璃はマネージャー2人の言葉に頷いた。

「ということだ。この地区の学校連名でインフルエンサーに抗議をしたし、警察の巡回も増やしてもらうよう連絡してある。正直、お前らの仕上がりは非常にいい状態だ。これならウィンターカップから全国制覇を狙ってもいいかもしれないってくらいに。だからくれぐれも怪我なんてしてくれるな。いいな?」
「……!」

 瑠璃が返事を求めている。
 だが部員たちは皆それどころではなかった。
 今、瑠璃は何と言った?

(え、今、瑠璃、僕たち褒めた……?)

 トヨが直次を見る。直次も呆然と瑠璃を見ていた。

「返事!」

 瑠璃の叱咤がとぶ。褒められた衝撃で呆然としていた部員たちはハッとして口々に返事した。
 
「んじゃ、解散」
「お疲れさまでしたー」
「おつかれさまっしたー」

 解散を宣言されてもすぐに帰れるわけじゃない。部員たちは手分けしてボールを片し、床にモップをかけ、体育館を区切る防球ネットを空けに走る。アイリとくるみは部員たちからビブスを受け取って洗濯場に持っていく。
 皆がテキパキ動いているようには見えた。だが皆、内心では浮かれているのが解る。大っぴらに喜ばないのは瑠璃が行動を監視しているからだ。
 片付けが完了したところから体育館の外にある部室に引き上げていった。体育館に誰もいなくなったのを確認し、瑠璃は体育館を施錠した。

 バスケ部員たちは部室から体育館の電気が消えるのを息をひそめて窺っていた。
 そして瑠璃が帰路についただろうのを見計らい。

「おおおおおおおおおおおおお聞いたか? なあ聞いたか?!」
「褒めたよな! あの人間違いなく俺らを褒めたよな!!」
「すげぇええレアだぞレア!!」

 トヨ含め部室にいた部員たちが狂喜乱舞し始めたのだった。
 青藍だけは部室の端によって小さくなり耳を塞いでいた。

「俺たちすげえええ」

 誰かが吼えた。
 直後、部室のドアがバン!! と開かれた。騒いでいたメンツがハッとしてドアを見ると、そこには笑顔の瑠璃が立っていた。背後ではマネージャーたちがクスクスと笑っている。
 騒がしかった部室が沈黙する。

「静かにしろ? さっさと帰れ?」

 青筋立てた迫力のある笑顔で瑠璃が命じる。

「は、はい」

 怯えた子犬のように縮こまり、部員は小さな声でお返事したのだった。
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