邪神様に恋をして

そらまめ

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邂逅

邪神様は戸惑います

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 どうしてこうなったのだろう……

 屋敷二階部分の中央テラスから階下を眺める。
 屋敷の塀の外から麓まで民衆で埋め尽くされている、わたしの言葉をただ静かに待っていた。

 こうなったのも、領主代行を務めているロータのせいであった。
 ロータはわたしの帰還を悦び、早計にも領民にその知らせを出してしまった。
 もちろん、わたしの意を汲んでいるヒルデ等に結果叱られる事となった。
 せっかくの悠太くんとの甘い静かな暮らしは出だしから暗礁に乗りあげた形となった。

 わたしは民衆に向けて手を振ると大歓声が湧き上がる。
 歓喜で涙を流していたり、両手を組んで膝を折る者など、その姿は多岐にわたる。

 わたしは面倒になり踵を返す。
 後の事はワルキューレ達に任せればいいのだから。
 ヒルデとすれ違い様に念を押した。

「わたしの静かな暮らしを、何人たりとも侵すことは許さないから」

 ヒルデは言われるまでもないと頷いた。彼女は民衆へ向けて、わたしの意を伝え解散するよう命じた。



 わたしは自分の部屋に入るなりベッドへ倒れる様に体を預けた。

「いっそ、別の場所に移り住もうかしら……」

 わたしは枕に顔を埋めて愚痴をこぼした。

「どうして。皆、君の帰りを喜んでるのに」
「だって、わたしは悠太くんの側にいられるだけ、それだけで良いのに」
「ありがとう。そんな風に想ってくれて嬉しいよ」

 わたしは今、誰と話をしてた……
 ハッとなり枕から顔を離して、声の主を見た。

「ゆ、悠太くん!」
「驚かせちゃったかな、ごめんね」
「いえ、わたしこそ驚いたりして、ごめんなさい」

「ここにいるのは嫌なの」
「女神にとって、人々に信仰される事は良い事だけど、でも今はあまり騒がれたくない、かな」
「だよね。気軽に外にも出歩けないしね」

 そう優しく微笑み掛けて、わたしの頭を撫でてくれる。
 その頭を撫でる手に優しさと温もりを感じる。

「うん。悠太くんと二人で、一緒に遊びにも行けない」
「なんとかならないのかな。ヒルデ達から街の人達に頼んでみてもらうとか」
「頼んだらしてくれるのかな」
「五千年ぶりだから、そっとしてくれとか」
「それでそっとしてくれるかな」

 わたしの頭を撫でる悠太くんの手が心地良くて眠気を誘う。
 わたしはいつの間にか眠りについていた。



 ◇



 いつの間にか彼女は眠っていた。
 色々と疲れが溜まっていたのだろう。
 封印の件もクロノアから教えてもらった。
 俺に打ち明けるのにかなりの覚悟をしたと思う。

 マルデルに薄手の布を掛けて、俺は彼女の部屋を後にした。


 廊下に出るとヒルデとクロノアがいた。
 俺は二人に話があると、一階の居間まで一緒に来てもらった。

「マルデルは街の人達に騒がれずに暮らしたいと言っている。だからヒルデ達から街の人達に言って欲しい。彼女が気軽に出歩けるように、普通に接して欲しいと頼んでくれないか」
「悠太、分かりました。私達から領民にそう伝えますので安心して任せて下さい」
「そうは言っても、ロータみたいなバカはもういないでしょうね。あいつのせいで煩いったらありゃしないわ」
「まあ、ロータも悪気があった訳じゃないし許してあげなよ」

 クオンが居間で話している俺を見つけて膝の上に飛び乗ってきた。

「クオンは何してたの。スクルドさんの言うことを聞いて良い子にしてたかい」
「うん、スクルぅのいうこときいて、クオンいいこにしてた。えらい? ほめてほめて!」

 クオンの頭を撫でて褒めてあげた。
 まあ、スクルドから聞いていないので、あくまでもクオンの自己申告だけど。
 クオンを褒めているとスクルドが居間に入ってきた。

 スクルドは、軽くウェイブの掛かった赤いきれいな髪を腰の辺りまで伸ばしていて、普段は碧眼の瞳なのだが怒ったりすると紅くなる珍しい瞳をもった、凛としてスレンダーな美人さんだ。屋敷ではメイド長でもあり執事役もこなしている。

 俺が屋敷で一番お世話になっている女性だ。
 そしてクオンの教育係と、クオンが一番懐いたため母親役も兼ねている。そんな訳でクオンが寝る場所は、俺かスクルドの部屋なのであった。

「悠太様、あまりクオンをそうやって甘やかさないで下さい。わがままな娘になってしまいます」
「スクルぅ、わたしわがままいわないよぉ」
「だそうです。俺も程々にしますから」
「悠太様の程々はアテになりませんね。誰にでも優しすぎるのですから」

 プイッと、そっぽを向いた。
 俺、スクルドになんかしたかなぁ……

「ユータ、まさかスクルドにまで……」
「ノア、俺をなんだと思ってるんだ。誤解を招くようなことは言うな」
「まあ私はスクルドなら良いですけどね」
「ブリュンヒルドお姉様、私は悠太様が好きだなんて一度も言ってません」
「スクルドって、ツンデレなの。ユータ、とうとう来たわ、待望のツンデレキャラが!」

 何が待望のツンデレキャラだよ。

「そう言えばスクルド。貴方クオンと悠太と、三人でたまに一緒に寝ているらしいから、そうなのかも、と思って」

 ヒルデが人を珍しく揶揄っている。あまり無い光景に、つい得した気分になった。

「ブリュンヒルドお姉様! ……ただ寝かせ付けているうちに寝てしまっただけです」
「スクルぅ、ゆうたのほっぺなでなでしてたよ。ゆうたねてたのになでなでってしてたよ」

 おっと、クオンからとんだ爆弾発言が飛びだしましたぁ!
 スクルドの顔が一気に赤くなった。そして耳まで赤くなってしまった。

「スクルド、ものすごく顔が赤いですよ。どうかしましたか」
「も、もう、お姉様の意地悪っ!」

 スクルドは居間から勢いよく出て行った。

「なあヒルデ。ヒルデでもたまに人を揶揄うことがあるんだな。なんか得した気分だ」
「スクルドにだけ、ですよ。たぶんですけど」
「ゆうた、スクルぅのところにいってくるね」

 クオンは俺の膝から飛び降りて、走ってスクルドを追いかけていった。

「ユータ、今は程々にしておきなさいよ。当分はマルデル様の側にいなさいよね」
「側にいるも何も、隣の部屋でしかも繋がってるし、離れようがないけどな」
「悠太が照れてるのも珍し、くはないですね」
「ヒルデ、街の人達の説得を忘れないでくれよ。たくもう、少しは俺にも優しくしてくれよな」


 それからしばらくマルデルの事を話し合って、ヒルデはロータや街の代表達と話すために街の領主館へ向かった。
 俺とクロノアは俺の部屋で遊びながらマルデルが起きるのを待った。


 そして、今晩の食事は何故か、俺のスープだけがしょっぱかった。
 犯人はスクルドだった。俺は何もしていないのに……
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