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断案と緩衝 3
しおりを挟む綺麗だなと、思っていた。
素直に深度を増して行く涙が複雑に光を弾く。
それを刻みつけるように一度目を閉じてひとつ息をつき、敬吾はもう一度その瞳をまっすぐに見つめ返した。
「………いいよ」
逸が息を呑む。
敬吾がゆっくりと言葉を選ぶ間に、逸は上がる呼吸を落ち着かせようと必死だった。
「……そりゃ当然考えたよ、自分の子供欲しくないかって言ったら全然欲しくないとは言えないし、親にも申し訳ないとは思ってる」
「………はい」
「けど……」
敬吾は無意識に逸の拳を指でなぞる。
関節が白く浮き、冷たくなるほど強く固められていた。
「けど──それを採るってのは、お前と別れるってことだよな」
逸の拳がさらに強張る。
痛々しいそれを慰めるように手の平で包み、敬吾は伏せていた視線を上げた。
覗いた逸の瞳は泣き出しそうに潤み切り、眉根はきつく寄っていた。
「──それは嫌だ。まあ、秤にかけたってことになるけど──、……ドライ過ぎか?」
敬吾が上目遣いに伺うと、逸ははっとしたように愁眉を開いて首を振る。
それを見て微笑み、敬吾は逸の頬を撫でる。
その手がいつもより温かい気がした。
「……他の何よりお前がいい。っつってんだから俺なんかとか言わねえでどんと構えてろっつーの」
「…………………っ」
──胸が詰まって何も言えず、逸は力いっぱいに敬吾を掻き抱いた。
最初は面映そうに苦笑していた敬吾もさすがに苦しげに顔を歪めるがものも言えない。
それほど強く抱きしめて、膨れすぎた感慨をどうにか吐き出すと体の震えるような心の底からの安堵が広がった。
「っけーごさん…………っ」
「んー、………」
僅かに緩んだ逸の腕の中、潰れてはいるが微笑ましげに敬吾が唸る。
柔らかく頭をたたかれながら、逸は叫び出してしまいそうな歓喜の波が収まるまでそうして敬吾を抱き潰していた。
やっと気が済んだのか腕が解けると、今度は飽かず唇が降ってくる。
さすがに赤面してしまうほど唇を啄まれ、頬にも瞼にも口付けられて敬吾は最早なされるがまま。
眩しそうに顰められた眉間にも口付けて、逸はやっと落ち着いたように笑った。
この恋人が、本当に自分のものになる。
大手を振って、伴侶だと言っていいのだ。
周囲の気温が一度も二度も上がったような気さえした。
「──じゃあ敬吾さん、あれももしかして知ってました?」
「んん?」
「俺昔、敬吾さんが寝てると思ってプロポーズして……そしたら敬吾さん、うんって言ったの」
うっとりしたような逸の声とは裏腹に、敬吾は訝しく眉根を寄せる。
「あれは嬉しかったな………」
「………………」
「……………あれ」
「……………んん?」
「んん…………?」
体を離して逸が久しぶりに敬吾の顔をきちんと視界に収めると、それはもう完全に冷えた瞳をしていた。
「……………いつ。」
「えっ………お姉さんの結婚式の後くらい……」
「そんな前?へー」
「…………」
「全っ然っおぼえてねえ」
「全っ……………」
「て言うかそれほんとに俺うんつった?唸ったかなんかしたんじゃね?」
「待って敬吾さん俺ものすごい浮かれてたのに死にそうですおねがいやめて」
断案と緩衝 おわり
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