甘夢の旅人

霧氷

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踊り子の少女

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「マスター! おはよう!」


「っ?!」


酒場の扉が勢いよく開き、ロングスカートのブロンドの少女が入って来た。


「ソニアか、おはよう。」


「ん? あんた誰よ?」


ソニアと呼ばれた少女は、ユメに気付き尋ねる。


「あっ・・・み、宮島ユメって言います。」


「ミヤ、ジマ?変わった名前ね。」


「ち、違うんですっ!ユメが名前です。」


ユメは、この場所が外国だと思い出し、言い直した。


「ユメね。マスターの知り合い?」


「昨晩、街で迷子になっていた所をザスカロスに助けられたんだ。事情があって、此処で預かっている。」


「へぇ~、貴女東洋人よね?」


「は、はい。」


「この街に東洋からの御客人が来る何て珍しいわ。私は、ソニア。この酒場・フーの踊り子よ。よろしくね。」


ブーツの爪先で器用に一回転をし、ロングスカートを朝顔の花の様に開かせたソニア。

ウィンクして、ユメに手を差し出す。


「は、はいっ!よろしくお願いしますっ!」


ユメは、手を握り、お辞儀をした。


「東洋人は礼儀正しいのね。でも、堅苦しいのは、無しよ。ここは、西部の街、プティト・マルグリト。治安と切符の良さが売りなんだから。」


「はぁ・・・。」


「ユメ、いらっしゃい。この街を案内してあげるわ。」


「ありがとうご・・・あ、ありがとう。ソニアさ、ソニア。」


堅苦しいのが嫌いなソニア。ユメは、タメ口を聞くことにした。


「それで良いわ。行くわよ。」


ユメのタメ口に満足したのか、ソニアは笑顔で返した。


「うん!」


その笑顔に、ユメも自然と顔が綻んだ。


「あんた、笑っている方が可愛いじゃないっ!酒場にいるなら、その方がいいわ。」


「そう、かな・・・?」


ユメは、首を傾げる。


「えぇ、絶対良いわっ!」


「じゃぁ、そうするっ!」


「あっ、でも、愛想を振りまき過ぎもダメよ。男は、甘い顔をするとすぐつけ上がるんだから。」


「・・・う、うん・・・。」


ソニアの言いように、妙な説得力を覚え、ユメは頷く。


「ソニア。ユメは、ここに来たばかりなんだ。あまり変なことを教えるなよ。」


「あら、マスター。酒場なら、酔っ払いも来るのよ。甘い顔をして、この間のエンターさんの家みたくなったら、どうするの?」


「あぁ・・・確かにあれは困るな・・・。」


「でしょ。酒場の最低限の防御法も身に着けておかないと、私の見た限り、ユメのようなタイプは、狙われやすいわ・・・。」


「まぁ、この辺には、あまりいないタイプだからな。」


「あ、あの、どうしたの?」


こそこそ話す二人に、ユメは大きな瞳を震わせて、尋ねる。


「ユメをどこに案内するか相談してたの。」


「そ、そう・・・。」


「あぁ、あと、案内をするのは良いが、ユメは怪我をしているから、あまり遠くに連れて行くなと言ったんだ。」


「ありがとうございます・・・。」


ふにゃっと、顔を綻ばせ礼を言うユメ。


「(あっ、これは・・・マズイ・・・。)」


「(誰かに、付いて行かなきゃいいな・・・。)」


それを見たソニアとマスターは、様々な不安が過り、手で顔を覆うしかなかった。





「オ~ッス、マスター!」


そこへ、元気の良い声が響いた。


「っ!?」


ユメは、声のした方を振り返ると身体が強張った。


「ん? あぁ、昨日の・・・。」


「ヒィッ!?」


ユメは、悲鳴をあげ、咄嗟にソニアの後ろに隠れた。


「ど、どうしたのよ、ユメ?!」


「き、昨日の夜、酔っ払ったぁ、その人に追いかけられたのっ!!」


ソニアの背に身体を預け、震える声で叫ぶ。


それを聞いたソニアは、目を吊り上げ、


「フォッシュ!」


「・・・えっ!?」


叫んだのとほぼ同時に、緑色の閃光がユメの前を走った。



 ‶ゴッ″



「ぐへぇっ!?」


しかし、気付いた時には、フォッシュの顔面にソニアの後ろ回し蹴りが炸裂していた。


その動きは素早く、緑色の閃光の正体は、ソニアが履いているロングスカートの色だ。



 ‶ダンッガラガラッドンッ″


フォッシュは、小さい呻き声を上げ、近くにあった棚まで吹っ飛んだのだ。


棚の中にあった、瓶や皿が落下したが、奇跡的に割れることは無かった。


「す、スゴイ・・・。」


ユメは、目を丸くした。


スポーツにおける格闘技は、テレビで観たことがある。


しかし、ソニアが履いているロングスカートで蹴りをくり出すのを見るのは、アニメや漫画の中だけの話だと思っていユメは、生まれて初めてみる光景に目を逸らすことは出来なかった。


「フォッシュ、起きなさいっ!」


蹴りを入れても、ソニアの怒りは収まらないらしい。


フォッシュの胸倉を掴み、顔を上に向かせる。


「・・・く、苦、ちい・・・。」


「あんた、昨日は見回りだって、お酒飲まなかったじゃないっ!何で、それが酔っぱらって、ユメを追いかけてんのよっ!」


苦しがるフォッシュをよそに、詰め寄るソニア。


「・・・き、昨日、ロバートさん家に言ったら、ポーカーやってて・・・勝ったら酒奢ってくれるって言うから・・・。」



「また、賭け事したの! それでも、保安官見習いなの!」



 ‶ガンッ″



「ゴホッ!!」



ソニアは開いていた方の手で、フォッシュの顔面に拳を叩き込んだ。


フォッシュは、顔から床にダイブした。


「フォッシュ、何か言うことは?」


倒れているフォッシュの上に腰を下ろすソニア。


「・・・す、すみましぇん・・・。」


フォッシュは、腫れた頬に涙の滝が顔中に流しながら、謝る。


「フンッ。あんたには、罰として一ヶ月間、酒場の掃除よっ!」


「えぇ~! この酒場、俺の部屋よりはるかに、ひろっ・・・グヘッ!」


文句が出かけたのを、ソニアの拳が沈静する。


「賭け事なんてするからよ。ほら、さっさと起きて、ユメに謝りなさい!」


ソニアは腰を上げ、フォッシュの襟首を持って立たせた。


フォッシュは、覚束ない足取りで、固まっているユメの前に行き、


「ご、ごめんね・・・えっと、ユメちゃん・・・。」


「・・・だ、大丈夫。フォッシュさん、悪い人じゃないみたいだし・・・。」


腫れた顔に鼻血を垂らしながら謝るフォッシュに、ユメはそれ以上何も言えなかった。


「さ、サンキュ~っ!」


フォッシュは、安堵の表情を浮かべる。腫れていて分かりにくいが。


「ユメ、甘いわよ。」


「でも、ちゃんと、謝ってくれたから・・・。」


むしろこれ以上何か言えば、フォッシュの身が持たないとユメは思ったのだ。


「・・・まぁ、ユメが良いならいいわ。フォッシュ。ユメは東洋から来た大事な御客人よ。手なんか出したら、炭鉱に埋めるからね。」


「手なんか出さないよっ!俺、まだ死にたくないっ!」


「ならいいわ。さっ、行くわよ。」


親指を立て、扉を指す。


「行くって、どこへ?」


「これから、ユメに街を案内するのよ。」


「えっ、俺、顔の治療してから・・・。」


「そんなの唾でもつけとけば、治るわよっ!」


「そ、そんな~っ!!」


叫ぶフォッシュをしり目に、


「ユメ、行きましょうっ!」


「えっ、でも・・・。」


「大丈夫。少し経てば追いかけてくるわ。」


フォッシュに聞こえないように耳打ちをしたソニアは、ユメの手を引いて、酒場を後にしたのだった。






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