5 / 36
踊り子の少女
しおりを挟む「マスター! おはよう!」
「っ?!」
酒場の扉が勢いよく開き、ロングスカートのブロンドの少女が入って来た。
「ソニアか、おはよう。」
「ん? あんた誰よ?」
ソニアと呼ばれた少女は、ユメに気付き尋ねる。
「あっ・・・み、宮島ユメって言います。」
「ミヤ、ジマ?変わった名前ね。」
「ち、違うんですっ!ユメが名前です。」
ユメは、この場所が外国だと思い出し、言い直した。
「ユメね。マスターの知り合い?」
「昨晩、街で迷子になっていた所をザスカロスに助けられたんだ。事情があって、此処で預かっている。」
「へぇ~、貴女東洋人よね?」
「は、はい。」
「この街に東洋からの御客人が来る何て珍しいわ。私は、ソニア。この酒場・フーの踊り子よ。よろしくね。」
ブーツの爪先で器用に一回転をし、ロングスカートを朝顔の花の様に開かせたソニア。
ウィンクして、ユメに手を差し出す。
「は、はいっ!よろしくお願いしますっ!」
ユメは、手を握り、お辞儀をした。
「東洋人は礼儀正しいのね。でも、堅苦しいのは、無しよ。ここは、西部の街、プティト・マルグリト。治安と切符の良さが売りなんだから。」
「はぁ・・・。」
「ユメ、いらっしゃい。この街を案内してあげるわ。」
「ありがとうご・・・あ、ありがとう。ソニアさ、ソニア。」
堅苦しいのが嫌いなソニア。ユメは、タメ口を聞くことにした。
「それで良いわ。行くわよ。」
ユメのタメ口に満足したのか、ソニアは笑顔で返した。
「うん!」
その笑顔に、ユメも自然と顔が綻んだ。
「あんた、笑っている方が可愛いじゃないっ!酒場にいるなら、その方がいいわ。」
「そう、かな・・・?」
ユメは、首を傾げる。
「えぇ、絶対良いわっ!」
「じゃぁ、そうするっ!」
「あっ、でも、愛想を振りまき過ぎもダメよ。男は、甘い顔をするとすぐつけ上がるんだから。」
「・・・う、うん・・・。」
ソニアの言いように、妙な説得力を覚え、ユメは頷く。
「ソニア。ユメは、ここに来たばかりなんだ。あまり変なことを教えるなよ。」
「あら、マスター。酒場なら、酔っ払いも来るのよ。甘い顔をして、この間のエンターさんの家みたくなったら、どうするの?」
「あぁ・・・確かにあれは困るな・・・。」
「でしょ。酒場の最低限の防御法も身に着けておかないと、私の見た限り、ユメのようなタイプは、狙われやすいわ・・・。」
「まぁ、この辺には、あまりいないタイプだからな。」
「あ、あの、どうしたの?」
こそこそ話す二人に、ユメは大きな瞳を震わせて、尋ねる。
「ユメをどこに案内するか相談してたの。」
「そ、そう・・・。」
「あぁ、あと、案内をするのは良いが、ユメは怪我をしているから、あまり遠くに連れて行くなと言ったんだ。」
「ありがとうございます・・・。」
ふにゃっと、顔を綻ばせ礼を言うユメ。
「(あっ、これは・・・マズイ・・・。)」
「(誰かに、付いて行かなきゃいいな・・・。)」
それを見たソニアとマスターは、様々な不安が過り、手で顔を覆うしかなかった。
「オ~ッス、マスター!」
そこへ、元気の良い声が響いた。
「っ!?」
ユメは、声のした方を振り返ると身体が強張った。
「ん? あぁ、昨日の・・・。」
「ヒィッ!?」
ユメは、悲鳴をあげ、咄嗟にソニアの後ろに隠れた。
「ど、どうしたのよ、ユメ?!」
「き、昨日の夜、酔っ払ったぁ、その人に追いかけられたのっ!!」
ソニアの背に身体を預け、震える声で叫ぶ。
それを聞いたソニアは、目を吊り上げ、
「フォッシュ!」
「・・・えっ!?」
叫んだのとほぼ同時に、緑色の閃光がユメの前を走った。
‶ゴッ″
「ぐへぇっ!?」
しかし、気付いた時には、フォッシュの顔面にソニアの後ろ回し蹴りが炸裂していた。
その動きは素早く、緑色の閃光の正体は、ソニアが履いているロングスカートの色だ。
‶ダンッガラガラッドンッ″
フォッシュは、小さい呻き声を上げ、近くにあった棚まで吹っ飛んだのだ。
棚の中にあった、瓶や皿が落下したが、奇跡的に割れることは無かった。
「す、スゴイ・・・。」
ユメは、目を丸くした。
スポーツにおける格闘技は、テレビで観たことがある。
しかし、ソニアが履いているロングスカートで蹴りをくり出すのを見るのは、アニメや漫画の中だけの話だと思っていユメは、生まれて初めてみる光景に目を逸らすことは出来なかった。
「フォッシュ、起きなさいっ!」
蹴りを入れても、ソニアの怒りは収まらないらしい。
フォッシュの胸倉を掴み、顔を上に向かせる。
「・・・く、苦、ちい・・・。」
「あんた、昨日は見回りだって、お酒飲まなかったじゃないっ!何で、それが酔っぱらって、ユメを追いかけてんのよっ!」
苦しがるフォッシュをよそに、詰め寄るソニア。
「・・・き、昨日、ロバートさん家に言ったら、ポーカーやってて・・・勝ったら酒奢ってくれるって言うから・・・。」
「また、賭け事したの! それでも、保安官見習いなの!」
‶ガンッ″
「ゴホッ!!」
ソニアは開いていた方の手で、フォッシュの顔面に拳を叩き込んだ。
フォッシュは、顔から床にダイブした。
「フォッシュ、何か言うことは?」
倒れているフォッシュの上に腰を下ろすソニア。
「・・・す、すみましぇん・・・。」
フォッシュは、腫れた頬に涙の滝が顔中に流しながら、謝る。
「フンッ。あんたには、罰として一ヶ月間、酒場の掃除よっ!」
「えぇ~! この酒場、俺の部屋よりはるかに、ひろっ・・・グヘッ!」
文句が出かけたのを、ソニアの拳が沈静する。
「賭け事なんてするからよ。ほら、さっさと起きて、ユメに謝りなさい!」
ソニアは腰を上げ、フォッシュの襟首を持って立たせた。
フォッシュは、覚束ない足取りで、固まっているユメの前に行き、
「ご、ごめんね・・・えっと、ユメちゃん・・・。」
「・・・だ、大丈夫。フォッシュさん、悪い人じゃないみたいだし・・・。」
腫れた顔に鼻血を垂らしながら謝るフォッシュに、ユメはそれ以上何も言えなかった。
「さ、サンキュ~っ!」
フォッシュは、安堵の表情を浮かべる。腫れていて分かりにくいが。
「ユメ、甘いわよ。」
「でも、ちゃんと、謝ってくれたから・・・。」
むしろこれ以上何か言えば、フォッシュの身が持たないとユメは思ったのだ。
「・・・まぁ、ユメが良いならいいわ。フォッシュ。ユメは東洋から来た大事な御客人よ。手なんか出したら、炭鉱に埋めるからね。」
「手なんか出さないよっ!俺、まだ死にたくないっ!」
「ならいいわ。さっ、行くわよ。」
親指を立て、扉を指す。
「行くって、どこへ?」
「これから、ユメに街を案内するのよ。」
「えっ、俺、顔の治療してから・・・。」
「そんなの唾でもつけとけば、治るわよっ!」
「そ、そんな~っ!!」
叫ぶフォッシュをしり目に、
「ユメ、行きましょうっ!」
「えっ、でも・・・。」
「大丈夫。少し経てば追いかけてくるわ。」
フォッシュに聞こえないように耳打ちをしたソニアは、ユメの手を引いて、酒場を後にしたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる