甘夢の旅人

霧氷

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 プティ―ト・マルグリトにある酒場・フー。


別の街が、大変なことになっているとも露とも知らず、いつもの賑わいを見せていた。


いや、新給仕のユメも加わったことで、いつも以上に賑やかだ。



ソニアは、演奏隊のリズムに合わせ、スカートを翻し、ブーツでタップを踏みながら踊る。


時に激しく、時には艶やかに、様々に表情を変え、酒場の男達を魅了する。


「ソニア、奇麗・・・。」


ユメは、スコッチを届けたテーブルの脇で、ソニアの踊りを見ていた。


「ソニア嬢のダンスは、街一番さ。」


「腕っぷしも強いが、何より美人で、ダンスも上手い。この酒場の華さ。」


お客達は、ソニアを褒める。


ユメも、ソニアを見れば、お客達の言っていたことが理解できた。


「ユメちゃんも、踊ったら?」


「・・・えっ?」


突然話を振られ、ユメはすぐに反応できなかった。


「そうだよ、踊ってみなよ。」


「わ、私、怪我をしてるので・・・。」


ユメは、目線を下に下げながら断る。


「!?」


お客達も、ユメの足に包帯が巻かれているのに気付いた。


「誰だぁ!?ユメちゃんみたいな良い子に怪我させたんはっ!?」


「っ!?」


「お兄さん達がやっつけてやるから、言ってみなっ!」


「・・・だ、大丈夫ですよ・・・ソニアが、蹴り飛ばしてくれましたから・・・。」


お客達の勢いに押されたが、ユメはお客達に固有名詞は出さず、状況を説明した。


「・・・そ、そっか・・・。」


「それなら・・・。」


先程まで、殺気が漲っていた男達は、『ソニア』の名を聞いた途端尻込みし、席に座り直した。




「マスター。」


「はい、何でしょう?」


カウンター近くのテーブルに座っていた男が、マスターを呼ぶ。


「今日は、何か、変わったつまみがいいなぁ。」


「変わった、つまみ?」


シェーカーを振りながら、マスターが聞き返す。


「あぁ、何かこう、違うものが食べたいんだ・・・。」


「・・・少々お待ち下さい。」


ぼんやりとした口調で、一人酒を飲んでいるお客に、マスターはそれだけ言った。


「ユメ。」


「は、はい。」


ユメは、小走りにカウンターの前に来た。


「何を持って行けばいいですか?」


「あぁ、運ぶのはいったんお休み。悪いんだけど、ビールに合うつまみを作ってくれないかい?」


「・・・ビールに合うおつまみ、ですか?」


提案にユメは目を丸くする。


「あぁ、作れるかな?」


「・・・う~ん・・・あっ?!」


首を捻り考えると、ユメの中で何かが閃いた。


「何か思いついたのかい?」


「はい。私、倉庫に行って材料取ってきます。」



倉庫から戻ったユメの行動は速かった。


鍋に水をはって火にかけ、その中に、角を取ったえんどう豆を入れ、さらに、塩を一つまみ入れた。



「それだけいいのかい?」


「はい。後は、柔らかくなったら、取り出して少し冷ませば食べられます。」


そう言って、ユメは、早く沸騰するように、蓋を被せた。






「なんだい、これ?」


しばらくして、注文したお客の前に、緑色の山が出来ていた。



「枝豆です。私のいたところでは、ビールのおつまみと言えば、これなんです。」


ユメは、『日本の夏は、ビールと枝豆だっ!』と言っていた父親の言葉を思い出して作ったのだ。


「どうやって食うんだ?」


「こうです。」


ユメは、湯気が出ている実を一つ取り、中央を押すと、中から皮より薄い色の豆が出てきた。



「どうぞ。」


「お、おう・・・。」


男は、豆を拾い上げ、恐る恐る口に運んだ。


「・・・う、うまいっ!」


咀嚼後、男の口から出た言葉。


虚ろな目が開いた今、本心と言うのに何の疑いがあろう。


男は、もう一つ豆を口に入れ、ビールを飲む。


「くぅ~ビールに合うなっ!」


ジョッキのビールを一気に流し込み、風呂上りのように上機嫌になった。



「おい、俺にもくれよ。」


隣のテーブルでビールを飲んでいたお客が男に言う。


「あぁ、食え食えっ!」


上機嫌の男は、お客に差し出す。


「・・・うまっ!」


隣のお客も肩を跳ねさせて、賛美した。


「こっちにもくれよ。」


「こっちだって。」


「俺にも。」


声に反応したのか、次々とお客達が集まってくる。


「うめぇ~!」


「ビールに合うぜっ!!」


「やべぇよっ!!」


お客達は、初めての味に興奮し、ビールを煽るスピードを上げた。


「まだ、有りますから、ゆっくり食べて下さいね。」


ユメは、そう言って、再びカウンターの中に戻り、枝豆の追加を作り始めた。








どれくらい時間が経っただろう。


酒場に、ザスカロスがやってきた。


「・・・・・・。」


ザスカロスは、酒場を人通り見渡し、カウンターに腰を下ろした。


「マスター、サングリアを頼む。」


「あぁ。」


「今日は、随分賑やかだなぁ。」


「ユメが新メニューを作ってくれたんでね。いつも帰る時間の御客も、腰を上げないんだ。」


「ユメ、効果はスゴイなぁ。」


「あぁ、ソニアといい、新しい看板娘が出来て、良いことだよ。」


「そうか・・・そう言えば、肝心のユメの姿が見えないが・・・。」


「倉庫に、材料を取りに行ったよ。追加の注文が後を絶たないんでね。」



「ビール、バンザイッ!」


「枝豆最高~!!」


殆どのお客が酒をビールに変え、枝豆の皿を片手に飲んでいる。


「・・・・・・。」


ザスカロスは、そんなお客達を見ながら、


「(平和だなぁ・・・。)」


と、思うのであった。


その日、枝豆効果もあってか、いつもよりビールのはけが良く、予備の在庫を残し、後はすべて客の腹に収まってしまったのだった。






「ザスカロス、サングリアだ。」


「ありがとう。」


 〝ビキッ″


「っ!?」


ザスカロスがグラスを取ろうと手を伸ばすと、グラスにヒビが入った。


誰も手を触れていないのに。


「マスター・・・。」


ザスカロスは、細い眼を開き、マスターの顔を見る。



「マーシーだな・・・。」


マスターは静かに言った。


「・・・やられたのか?」


「いや、だが、怪我はしたかもな・・・。」


「・・・マーシーは、無事なのか?」


ザスカロスは、恐る恐るマスターに尋ねる。


「・・・あぁ。」


マスターは、洗い場の中に沈んでいたグラスをすくい上げ、短く答えた。


「そうか・・・。」


『無事』と言われて、ザスカロスは胸を撫でおろす。


「あいつも、そこまで柔じゃない。明日、必ず来るさ。」


グラスを見ながら、マスターは言う。


「・・・・・・。」


ザスカロスは、日々の入ったグラスに映る己の顔を見ていた。






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