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見解
しおりを挟む戸板の上に転がる体温を失った人形達。
一人一人、筵を退けて、白衣を着た女二人が、その傷跡を確認していく。
そのうちの一人は、御高祖頭巾のように顔に白い布を巻いている。
最後に、他の物とは別に置かれた、黒く焼け焦げた傀儡を見る。
普通の人間が見たら、目を背けるか、逃げ出す、または気を失うだろう。
それ程、この骸の顔は、焼けただれていた。
あまり焼けていない肌は、青白く、その無残な様を、強調させた。
「ん?・・・口を開けて。」
「はい。」
御高祖頭巾の女は、もう一人の女に、指示を出している。
「親分、どうなりやすかね?」
「伝八、黙ってろ。」
「へい。」
実は、二人の他にも人がいた。
おかっぴきの久蔵と伝八、そして、同心の市ノ瀬である。
そう。ここは、番屋なのである。
この転がる遺体達は、大津屋の火事で死傷した者達だ。
「ふぅ・・・。」
御高祖頭巾の女の手が止まった。
「お藤。終わったのか?」
「えぇ、市ノ瀬様、終わりやしたよ。」
お藤と呼ばれた御高祖頭巾の女は、品のある仕草で、市ノ瀬の前に腰を下ろした。
「では、見解を聞こう。」
「まず、使用人達の大半は、刀で斬られておりやす。斬り口からして、五、六人といったところでっしゃろ。」
「そうか・・・。」
「しかし、この下男の坊と問題の大津屋槙之助の遺体だけ、先に合口で刺されおりやす。傷口の長さもほぼ同じ。おそらく、同じ合口で刺されたもんどすな。」
「では、先に殺してから、槙之助の遺体だけ、運んだということか?」
「えぇ、おそらく・・・久蔵親分、この坊の遺体は、どこにありやしたか?」
女は、久蔵に尋ねる。
「そいつが倒れてたのは、くぐり戸の横だったな。」
「そうどすか・・・。」
女は、目を細める。
「おい、これって・・・!」
「まさかっ!」
伝八ともう一人の女は、槙之助の遺体の傍で、声を上げた。
「おい、どうしたんだ?」
「親分、これをっ!」
「っ!?こりゃぁ・・・市ノ瀬様っ!」
久蔵が受け取った物を、市ノ瀬に渡した。
渡された物は、主将歪んだ平たい鉄の塊だった。
しかし、その鉄の塊には、金色の粉が付着していた。
「明らかに、偽金の残骸だろうな。」
殺された品川の大津屋は、実は、偽小判の鋳造に関わっていたとして、内定を続けていたのだ。
あと少しで、証拠を押さえられそうと言う矢先に、今度の事件。
皆が、腑に落ちないのも当然。
さらに、問題の偽小判が見つかった場所が問題だ。
「これが、槙之助に遺体の口の中から出てきたということは・・・。」
久蔵も市ノ瀬も、眉間に皺を寄せる。
お藤だけは、表情を変えずに、
「やはり、おあきちゃんの言う通り、この事件においやすなぁ。」
と言った。
「どういうことっすか?」
伝八は分からず、首を傾げながら、お藤に尋ねる。
「おかしいと思いやせんか?この遺体が、大津屋槙之助、本人やったら、何で、遺体の中に偽小判を入れる必要があるん?」
「そ、それは・・・鼬の利兵衛に盗られると思って、咄嗟にっ!」
「証拠を飲み込むことは、ようある話やけど、盗人に偽小判盗られそうやったからって、飲み込んだりはせぇへんよ。盗られたか言うて、偽物。損はせぇへんし、相手も盗人。脅されたとしても、封印も無い偽小判じゃ、銭にはなりやしません。」
「じゃぁ、一体・・・。」
「まず、この遺体が、大津屋槙之助、本人やったら、考えられることは二つや。」
お藤は、伝八の前に白い指を二本見せた。
「一つ目は、賂をもろうとった役人の誰かが、鼬の利兵衛に頼んだか、手口を真似て、証拠を消す為に口封じをした。二つ目は、今度の一件とは何ら関わり無く、鼬の利兵衛が盗みに入り、奉公人共々、大津屋を殺した。」
「手口を真似てって、うんなこと出来るわけありませんよ。第一、鼬の利兵衛が押し入った家には、必ず、『鼬』の絵を残していくんすよ。今回だって、駿河の時と同じ絵でしたぜ。」
奉行所に保管されている手配書に、『鼬の利兵衛』は、必ず『鼬』の絵を残していくという記録が残っている。
入手した絵も資料として、各奉行所に保管されいるのだ。
伝八は、その絵も同じだと言う。
「さいでっか。では、伝八さんお考えは、役人達が利兵衛に頼んだ言う方どすか?」
「頼んだと言うか、鼬の利兵衛が何も知らずに押し入ったって言う線も、捨てきれやせん。」
「そうどすが、親分はん。勘定方の役人達の動きはどうどす?」
「まだ、ありやせん。」
「大方、こちらの答えを待っているんだろう。」
「な、何なんすかっ?分かっているなら、俺にも教えて下さいっ!」
伝八は、三人の顔を見回し、子どものように正解を求める。
「まだ、はっきりしたことは、見えてへんのやけど、伝八はん。もし、あの遺体が、槙之助や無かったら、どないします?」
「はぁ?槙之助じゃなかったら、誰だって言うんすかっ?」
「もし、遺体が槙之助や無いと考える場合は、三つ。一つ目は、秘密を知っている大津屋を逃がす為に、役人達が、鼬の利兵衛を偽り、用意しておいた別の遺体と共に、奉公人共々皆殺しにした。二つ目は、大津屋と役人の間に不和が起き、大津屋自身が消される前に、鼬の利兵衛を偽り、自分が死んだことにした。もちろん、これも、別の遺体を用意する必要がありますがな。」
「・・・じゃぁ、三つめは?」
「三つめは・・・確証があらへんから、まだ話せやせん。」
「何すか、それっ!」
「伝八、今の時点では、どれをとっても証拠が少なすぎる。出来るだけ、多くの手がかりを集めるんだ。」
「へ、へい、市ノ瀬様。」
伝八は、腑に落ちないようだったが、市ノ瀬に言われたのでは頷く以外無かった。
「市ノ瀬様、そっちの首尾は?」
「勘定方の役人達は、お奉行を通して、探りを入れてもらっている。」
「では、引き続きお頼みします。久蔵親分はん。」
「へい。」
「すんまへんけど、小さな町医者か、無縁仏を弔ってくれはるお寺さん回って、盗まれた遺体が無いか、調べてくれはれん?」
「かしこまりやした。あっしに、お任せを。」
「あと、伝八さんをお借りしてよろしいでっしゃろか?」
「そりゃぁ、かまいませんが。こいつに何か?」
「うちの権助と組んで、調べて欲しいことがありやす。」
「へぇ、何なりとっ!」
一人蚊帳の外とになっていた伝八。
ご指名とならば、すぐにやる気を取り戻す。
「うちの権助と一緒に、駿河に行ってくれなんし。」
「駿河にっすか?」
「へぇ。頼めますか?」
瞳しか見えていないというのに、いや見えていないからこそ、その瞳の中に自分の姿が写れば、身体から力が抜けていく。
「・・・へ、へいっ!んじゃ、さっそくっ!」
我に返った伝八は、勢いよく返事をした。
「うわぁ~!雨で前が見えねぇ~!」
入口を開けた伝八は、降り出した雨に顔をしかめた。
「では、わっちらもこれで失礼を。」
「この雨の中を帰るのか?」
「わっちらは、これからが稼ぎ時やすからね。それとも、市ノ瀬様がおいでになりやすか?」
「・・・俺が、か?」
市ノ瀬は、細い目を大きく見開き、聞き返す。
「冗談どすよ。」
「フッ。太夫になっても、その性格は変わらんな。」
「市ノ瀬様っ!」
「あぁ、すまん。お深。」
もう一人の女は、お深だった。
普段滅多に声をあげない、お深があげたのだ。
雷より効果があっただろう。
伝八は、入口の所で、直立になった。
市ノ瀬は、悪びれもなさそうに、手を前にやって謝る真似をしただけだった。
「ほんに、その性格。与力さんになっても、変わらんのですなぁ。」
太夫と言われた御高祖頭巾の女は、しなやかに伸びる指を市ノ瀬の肩に這わせ、耳元で唇を動かす。
市ノ瀬は、目線を送るだけだ。
「た・・・お藤さん。お迎えやす。」
「はいな。」
市ノ瀬の傍から、風が通り抜けるように離れたお藤は、お深から渡された傘を指し、
「ほな、皆はん。また、お会いいたしましょう。」
「失礼致します。」
お藤とお深は頭を下げて、雨の中を歩き出した。
見送りに出た伝八は、二人の背中を目で追った。
少し行くと、辺りに季節外れの霧が現れ、二人の影は、その中に、溶け込んで行ってしまった。
「えっ、えぇぇ~!」
伝八は、濡れるのも構わず、外に飛び出し、二人の後を追ったが、霧が晴れたそこには、誰もいなかった。
「伝八、どうした?」
「・・・親分、俺、狐につままれたみたいっす・・・。」
「何言ってやがる。」
「だ、だって、消えたんすよっ!お藤さんとお深さんがっ!」
「人間が消えるわけねぇだろ。」
「でもっ!」
「何、気にするな、伝八。」
「市ノ瀬様・・・。」
食い下がる伝八に、市ノ瀬が声をかける。
「あいつは、昔から隠れるのも消えるのも、形を変えるのも得意でな。誰にも気づかれず、その姿を変えていく。ある意味、狐のような奴だ。」
「い、市ノ瀬様・・・。」
額に冷や汗をかいた伝八が、顔を引きつらせながら、市ノ瀬を見る。
当の市ノ瀬は、その視線を受け流し、軒下出て空を見上げた。
厚い黒雲が一面に敷き詰められている空に、どこか雲の薄い箇所は無いかと、探すのであった。
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