グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

21 逃げる薔薇姫その二

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部屋に不穏な空気が落ちたが、逃げることをやめるわけにはいかない。
 窓からダミアン達が屋敷に戻っていくのを確認する。

「行くわよ、リリス」

 私はあらかじめ繋げていたゲートを開く。
 このゲートもなかなか苦労したものだ。
 この塔の魔術的綻びを何年も探り繋げたもの、ミルキも協力してくれていた。
 部屋にある花瓶から、リリスにあげた薔薇の花を手に取り回収する。
 もうここには来ないだろう。

「それじゃあ、旅に出かけまーす」

「にゃあ!」

 不安な気持ちを払拭するため、なるべく明るい声をあげる。
 リリスの手を引きゲートをくぐった。

「ミルキ、またね」


 ━━お元気で


 誰もいない部屋なのに耳にミルキの声が届く。
 その声にリリスは安心したように私についてきた。
 ゲートを抜けるとそこはもうオプスキュリテの屋敷ではない。
 遠く離れた森の中だ。
 空を見上げればまだ日は高い、幸い今日は天気がいいみたいだ。
 リリスはキョロキョロと周りを見ている。

「なにか珍しい?」

 私はそんな様子のリリスを眺める。
 ココは雪に触りたくないのか頭の上に避難していた。

「寒いのは嫌だにゃー」

 辺りは静かで何も無い、ただ静かな白い森が広がっている。

「うーん、珍しいのもあるのだけど…。
 お兄様が不安で」

「ここは、あの塔から離れた場所にあるから気づかれることはないと思うわ。
 近くに用意したソリがあるから、そこまで移動しましょう」

 私はあらかじめ用意し隠していたソリの場所に向かう。
 リリスは慣れない雪道に苦戦しているみたいだった。
 手を取ってゆっくり歩く。
 白い息がキラキラと輝き舞い上がり消えていく。
 やはり冬の雪山というだけ寒かった。
 ヘタをすると命を落とすだろう。
 とても時間がかかってソリの場所にたどり着いた。
 これなら、私が取りに行った方が良かったかもしれない。
 リリスを一人にはできないけど。
 私は風の魔法を使い雪を払う。
 この辺りの雪は粉のようで軽やかに風に舞い上がりキラキラと辺りに散った。

「よいしょっと!」

 ソリを広い場所に引っ張り出す。

「さぁ、リリス。
 ここからはこれに乗るわよ」

「ええ、フルールありがとう。
 でも、これ何も引いてくれるものがなさそうだけど…」

 リリスは不思議そうにしながらソリに乗り込む。

「これで、大丈夫なのよ」

 私は大地の精霊からもらった魔法を使う。
 地中の力を借り受けて物を造り動かす魔法だ。
 目を閉じイヌゾリを浮かべた。
 目を開くとそこには金色の大きな犬が五頭現れ、こちらの指示を待っている。

「わぁ、わんちゃんが出てきた。
 フルールは本当になんでもできるのね」

「まぁね、あとは…方向よね」

 コンパスのついたネックレスを自分のバックから取り出す。

「リリス、このコンパスは貴方を助けてくれる人のもとへ連れてってくれるわ。
 もし、私と離ればなれになってもコンパスの方向に進んでね」

「助けてくれる人?」

 リリスは首を傾げる。

「そうよ、あの人なら助けてくれるわ」

 私はリリスの首にコンパスのネックレスをかけた。
 逃げ隠れるのに最適な場所があるのだ。
 きっとリリスを助けてくれる。

「分かったわ。
 離れることはないと思うけど、もしはぐれてしまったらこの針が指し示す方向へ進むわ」

「それじゃあ、このコンパスの方向に進みまーす」

「行くにゃー!!!」

 明るく金色の犬に指示を出しソリを進める。
 雪原をゆるやかに滑る。

「わぁ、動いたわ」

 リリスは面白そうに声をあげる。
 だんだんとソリの速度が早くなる。
 粉のような雪をキラキラと舞い上がらせながら走っていった。
 しばらくすると森も抜ける。
 リリスは見える景色に心踊らせる。

「すごい!どこまでも雪原が広がっているのね」

「障害物がないのは走りやすくて助かるわ、ここは雪原に見えるけど湖よ。
 厚い氷の上に雪がふり積もって雪原に見えてるの」

「わぁ、クリスタルが出来てるわ!」

「それも氷の結晶よ。
 割れた切れ目から勢いよく溢れた水が急速に凍ったもののようね…」

「フルールは物知りね」

 リリスが目をキラキラ輝かせて景色を楽しんでいる。
 これだけでも、塔から出してあげられてよかったと思う。
 見るもの全てが珍しいみたいだった。
 この調子で順調に迷いなく走れたらきっと早く目的地にたどり着けるだろう。
 しかし、目的の方向の空を見れば厚く暗い雲がかかっていた。

「また、山に入るわ。
 天気が悪そうだから気をつけて。
 あと、あまりソリから身を乗り出しちゃダメよ。
 危ないわ」

「分かったわ、フルール」

 山に入ってしばらく経つと雪が降り始めた。
 空は先程見た時よりも雲が厚く真っ黒な雲が空を塞いでいた。
 日もそろそろ落ちてくる。

「風もでてきたわね…
 このまま進むのは危ないわ、この山さえ越えればすぐなのだけど…」

 天気が悪すぎて私は困ってしまった。

「ここの天気ってそもそも、いつもこうなのよね。
 待ってても仕方ないかも」

 結局、私はこのまま進むことにした。
 ソリには屋根がないので、走ると顔に雪が当たり痛い。
 ゴーグルはあるので目だけは保護されている。
 リリスには深くフードをかぶるように促した。
 魔法とか魔術でどうにか出来るといいのだか、そう都合よくは出来ていない。
 荒れた天気を無視しながらしばらくソリを走らせたその時だった。
 パンと何かに攻撃された。
 ソリのバランスが大きく崩れ、私たちは身を投げ出される。
 雪が柔らかいのでそこまでの痛みはなかった。
 私は素早く体勢を整える。
 投げ出されたココも毛を逆立て辺りを警戒した。
 受け身がとれないリリスは遠くに投げ出されている。

「リリス!」

 私は辺りを注意しながらリリスのもとへ向かおうとする。
 だが、リリスが倒れたその場所から人影が数人現れた。
 この人影は追っ手だろうか?それとも…
 私はすっと視線を細める。
 手に術式を施した石を持ち狙いを定めた。
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