ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

文字の大きさ
29 / 198
第一部

29.消えたエリス

しおりを挟む

 同じ頃、アレクシスはセドリックと共に東側の廊下を足早に進んでいた。
 その顔を、強い苛立ちに染めて――。


 ことは数分前に遡る。

 アレクシスが他国の軍事関係者と話をしていていると、マリアンヌが血相を変えてやってきた。
 そして「エリスがいなくなった」と言うのだ。

 詳しい説明を求めると、マリアンヌはこのように話した。

 お花を摘みにいって戻る途中、東側の廊下をエリスと思われる女性が歩いていた。
 その女性は、他国の衣装を着た男と一緒だった。追いかけたようとしたが、東側の廊下に着いたときには既にいなくなった後だった――と。

 マリアンヌはそれが人違いだった可能性も考慮し、会場に戻ったあと一通りエリスの姿を探したという。
 けれど、どこにもいないのだ、と。

 それを聞いたアレクシスが、今度は廊下で見たという男の特徴を尋ねると、「銀色の髪の男」だったと返ってくる。

 その答えに、アレクシスは確信した。エリスを連れ出したのは、ジークフリートに違いない、と。


「いったいあの男は何がしたいんだ。――セドリック、お前はどう思う?」

 アレクシスは、自分の斜め後ろを歩くセドリックの意見を求める。
 けれど流石のセドリックも、これには何の考えも浮かばないようだった。

「わかりかねます。ジークフリート殿下とエリス様の間に、特に面識はないはずですし」
「となると、またあいつの悪い癖か?」
「ああ、例の……」
「あの男は"他人の欲望を知りたがる"癖がある。その上、悪気なくそれを叶えてやろうとするからな。エリスから俺の情報を聞き出すなんてことは、流石にしないだろうが……厄介だな」


 アレクシスの知る限り、ジークフリートという人間は基本的には善人だ。

 性格は軽いところがあるが、人を思いやる心があるし、他人に悪意をぶつけたり、見下すといったこともない。王族にありがちな傲慢さも持っていない。

 だが一つだけ、どうにも困ったところがあった。

 それは、"他人の願いや欲望を知りたがるところ"。そしてそれが彼自身の理にかなっていると思えば、多少強引な手を使ってでも実際に叶えてしまうところだった。


(あの男は毒だ。……それも、猛毒だ)

 人間誰しも心の中に欲望を秘めている。それを、ジークフリートは叶えてしまう。
 すると叶えられた人間はどうなるか。

 望みを叶えてもらったことに恩を感じ、それが繰り返されることで次第に陶酔していくようになる。
 あるいは、一部の者は弱みを握られたと思い、逆らえなくなる。

 どちらにせよ、ジークフリートから離れられなくなるのは同じだ。

 実際アレクシスも留学中、ランデル王国で"思い出のエリス"を探しているときにジークフリートに声をかけられたことがある。
 “人探しなら僕が手伝おう。すぐに見つけてあげるよ”――と。

 アレクシスはきっぱり断ったが、それが返ってジークフリートの興味を引いてしまったのか。
 その後卒業するまで、ジークフリートにまとわりつかれる羽目になった。

 まぁ、アレクシスは徹底的に無視を続けたのだが。

 ――とは言え、これらは全て四年以上も前のことだ。今のジークフリートが当時と同じであるとは限らない。

 だからアレクシスは油断していたのだ。四年も経てばその悪癖も多少は収まっているのではないか、と。

 だが実際はこの有り様だ。
 ジークフリートの目的がわからないとはいえ、アレクシスに何の断りもなくエリスを連れ出したとなると、あまりいい状況ではないだろう。



(ランデル王国の重臣たちは何をやっているんだ。自国に閉じ込めておけばいいものを)

 アレクシスはぐっと拳を握りしめる。
 

 ――すると、そのときだった。 
 廊下の先の角から足音が聞こえ、一人の男が姿を現す。

 光り輝く銀髪に、青みがかった灰色の瞳。四年前と変わらぬスラっとした細身の体躯。
 それは紛れもなく、ジークフリート本人だった。

「……ジークフリート」

 その姿が視界に入るや否や、アレクシスは眉間に大きく皺を寄せた。
 すると向こうもアレクシスに気が付いて、意味深に目を細める。

 その唇が薄く笑み、よく通るテノールの声がアレクシスの名を呼んだ。

「やあ、久しぶりだね、アレクシス。元気だったかい?」
「…………」

 何ともありきたりな挨拶だ。もしエリスのことさえなければ、アレクシスとて普通に返事をしただろう。
 けれど、今だけは無理だった。

 アレクシスはジークフリートの眼前に立ち、あからさまに敵意を漏らす。

「お前、エリスを知らないか?」と。

 だがジークフリートは怯まない。
 どころか、どこか困ったように眉を下げ、一層口角を上げたのだ。

「彼女は僕が預かった――って言ったら、君は怒るかい?」
「――何?」

 挑発するような物言いに、アレクシスの瞼がピクリと痙攣する。
 セドリックは、いつアレクシスがぶちぎれるかと思うと気が気ではなかった。

 ジークフリートは平然と言葉を続ける。

「ああ、すまない。本当に怒らせるつもりはないんだ。僕はただ、頼まれて君を呼びにきただけ。君に会いたいっていう人がいてね。だから、そんなに怖い顔をしないでくれ」
「頼まれた? 誰からだ。エリスもそこにいるのか?」
「ああ、彼女もそこにいる。一緒に来てくれるだろう?」
「…………」

 なんだかよくわからないが、つまり自分に会いたいという者がいて、そのせいでエリスは連れていかれたということだろうか。

 正直まだ的を得ないが、これ以上尋ねてもジークフリートは答えないだろう。

(どちらにせよ、そこにエリスがいるなら行かない選択肢はない)

 アレクシスはセドリックと目を合わせ頷き合うと、ジークフリートの後を追って中庭へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...