ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第一部

48.誤解

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 その後、アレクシスと共にエメラルド宮に戻ったエリスは、医者が到着するまでの間に浴室で身体を温めていた。

 一旦湯に浸かった後、侍女たちによって髪を洗われ、裸のまま全身をくまなくチェックされる。
 傷の種類、位置、大きさを、ひとつ残らず丁寧に確認された。

 というのも、祭りの影響で医師の到着が遅れることを予想したアレクシスが、侍女たちにこう命じたからだ。

「擦り傷一つ見逃すな。もし悪化でもしようものなら、お前たちは一人残らず全員首だ」と。

 当然その言葉は、エリスを心配する気持ちから出た言葉だったが、これを全く逆の意味――つまり、『お前の浅はかな行動のせいで使用人が責めを負うことになるんだぞ』と解釈したエリスは、入浴中にも関わらず、終始顔が青ざめていた。

(どうしましょう。殿下のご機嫌を損ねてしまった。きっと殿下は、わたしが自分との約束を破り、別の男性と過ごすような女だと誤解している。わたしのせいで、侍女たちが首になるなんてことになったら……)

 エリスは、土手に現れたときのアレクシスの剣幕や、馬車の中での冷たい横顔を思い出し、あまりの不安に身を震わせた。


 リアムと共に、アデルとシーラを救助し終えてすぐのこと。
 突然アレクシスが姿を現したと思ったら、次の瞬間にはリアムの腕を捻り上げていた。
 それも、烈火のごとく形相で――。

 エリスはそんなアレクシスの姿を目の当たりにし、瞬時に悟った。
 ああ、この人は誤解している、と。

(確かに殿下が現れる直前、リアム様はわたしの肩を抱いていた。でもあれは、他の兵からわたしの姿を隠そうとしてくれてのことだった。お互いに、まったく他意はなかったのに……)

 きっとアレクシスは自分のことを、身持ちの軽い女だと思ったはずだ。
 誰にでも肌を許すようなふしだらな女だと、軽蔑したはず。

 だって彼は以前言っていたのだから。
 初夜のことを謝られた際、『君が"乙女ではない"と誤解していた。それであんなことをした』と。

 エリスはその意味がわからないほど馬鹿ではなかったし、ユリウスとのことで、嫌というほど思い知らされていた。
 男というのは、妻にどこまでも貞淑さを求めるものである、と。

 もちろん、エリス自身もそうあるべきだと思うし、そうあろうと思っている。
 ユリウスの婚約者であったときも、今も、みさおを破ったことはない。そんなことを考えたこともない。
 
 けれど、一度ひとたび疑われたら取り返しがつかないのだ。
 ましてアレクシスは大の女性嫌い。そんな彼に「誤解だ」と言ったって、簡単に信じてくれるとは思えない。

 それは、馬車の中でのアレクシスの冷たい態度からしても明らかだ。

(わたしが何を言おうとしても、殿下は『話なら後で聞く』と仰るばかりで、取り付く島もなかった。せっかく信頼を築けていたと思ったのに……これでは……)

 エリスは、胸に広がる暗澹あんたんたる思いに、どうにかなってしまいそうだった。

 よもや彼女は、アレクシスが自分を愛していて、それゆえに、リアムとの仲に嫉妬しているなどという考えには、全く思い当たらなかった。

 川岸でアレクシスが見せた怒りも、リアムへの牽制も、全ては自分に対する警告だと信じて疑わなかったし、アレクシスがリアムに残した捨て台詞『オリビアを妃にするつもりはない』という言葉など、誤解されたと思うショックのあまり、全く聞こえていなかった。

 馬車の中や、宮に着いてから部屋に戻るまでの間、終始腕に抱き抱えられていたことについては、『罰を与えるまでは決して逃がさない』という意思の表れであると、盛大に勘違いしていた。

 とはいえ、アレクシスがかつてないほどに殺気立っていたのは事実であり、エリスが誤解してしまうのも致し方ないことだった。


 エリスが悪い想像を膨らませているうちに、傷の確認が終わったようだ。
 いつの間にか、就寝用のドレスを着せられている。

(もしかして、これも殿下の指示かしら。まさかとは思うけど、殿下自ら傷を数えて、侍女たちの報告に間違いがないか確かめるなんておつもりじゃ……)

 そんな有り得ない可能性に思い至り、エリスはゾッと背筋を凍らせた。
 すると侍女たちは何を勘違いしたのか、エリスの手を取り、優しく声をかけてくれる。

「エリス様、ご安心を。痕の残りそうな傷はありませんでしたから」
「川に飛び込んだと聞いたときは驚きましたが、これくらいで済んでようございました」
「ですが、今後は決してこんな危険な真似はおやめになってくださいね。殿下のためにも、わたくしたちのためにも……」

「……っ」

 刹那――侍女たちの真っすぐな眼差しに、エリスはハッと我に返った。
 いけない。全ては自分の妄想だ。考えすぎる悪い癖だ。

「……ええ、そうよね。心配をかけて、ごめんなさい」

 エリスは侍女たちに微笑み返す。
 
 アデルとシーラを助けたことに後悔はない。川に飛び込んだのも、確かに勝算があったからだ。

 だが、こうして心配してくれる侍女たちのことを、自分は少しでも考えただろうか。
 自分の浅はかな行動で、彼女たちに迷惑をかけてしまうかもしれないと、想像しただろうか。

 エリスは、ぐっと拳を握りしめる。

(とにかく、殿下の誤解を解かなければ)

 浴室の向こう、寝室には、アレクシスがいるはずだ。
『身体を温めたら傷の手当てをする。それが終わったら、君に話がある』と、そう言っていたから。

(しっかりするのよ、エリス。ユリウス殿下のときの二の舞にだけは、絶対にならないように)

 エリスは覚悟を決め、きゅっと唇を引き結ぶ。
 そして侍女たちに促され、扉の向こうへと、足を一歩踏み出した。
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